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「人生はどこでもドア リヨンの14日間」稲垣えみ子著〜臨場感あふれる思索と実行の旅

 面白くて、すらすらいっきに読んだ。

 

「人生はどこでもドア リヨンの14日間」

稲垣えみ子著 東洋経済新報社

 

 私は旅エッセイが好きだ。とくに海外もの。「リヨン」に惹かれて読む。フランス。

 

 著者が朝日新聞社を退社して3年、かな?53歳。

 海外で暮らしてみたいという子どもの頃からの憧れを行動に移す。

 あれこれいろいろ考えた末、何の準備もせずに旅立つことに。しかも、日本にいる自分と同じ生活をしようという珍しい試み。

 もちろん、宿泊場所は決めていかなければならない。エアビーアンドビーで素晴らしい民泊を見つけた。

 民泊といっても、オーナー(ホスト)の家屋は、各部屋に分かれていて(すなわちアパート)、著者の宿泊する部屋の上下には住民がいる。ヨーロッパによくあるタイプの家だと思う。

 私も今でいうところの民泊をヨーロッパでしたことがあるが、本当に普通に家族が住んで生活している家だったのでびっくりしたことがある。玄関の鍵を渡されてその家族と同じように家に出入りする。著者も鍵がなかなか開けられなくて苦労した、と書いているが、私も同様の経験をした。なんで外国の家の鍵って簡単に開け閉めできないのだろう。たぶん日本人にはコツ(仕組み?)が分かっていないだけ、なのだろうが。

 

 初日から飛行機が遅延したりして、ホストとの待ち合わせ時間にどんどん遅刻していく。けれどもホストも、そこはしっかり飛行機運行情報を確認してくれていた。

 

 著者の描写によると、かなり素晴らしい物件のようだ。そこに14日間、滞在する。

 観光に来たわけではない。日本での超ミニマム生活と同じ生活をしようというのだから、アフロえみ子おそるべし。

 起床して、一杯の白湯(日本と違うのはティファールの湯沸かし器を使う)、歯磨き、ヨガ……。

 ちょっとびっくりしたのですが、著者は歯磨き粉を使わないそうだ。え、大丈夫なのかな。それに、歯磨きの前に白湯飲んじゃって。就寝中の口の中の雑菌は……?いたって健康そうだし、粗食がやっぱりいいのかな。

 

 このアパートの近くでは、大きなマルシェが開かれる。稲垣の目的のひとつはマルシェ。ゆえにこのアパートを選択した。マルシェで食材を買って、自炊する計画。

 それプラス、カフェやマルシェで人間関係を育みたい。日本でもそうだったように。

 初日はうまくいかない。淡々とした応対のなかでカフェで注文し、マルシェで買い物をする。

 でも、本当にすごい、アフロえみ子。カフェでお茶するのは誰でもできるけど、いきなりフランスのマルシェで日本とはいささか違った様子の野菜だのなんだのを買って、アパートのキッチンで調理して、おいしくいただく。料理に慣れているだけではなくて、そもそも料理の才能があるんだと思う。私にはとても無理。

 カフェでは、滞在7日目に、ついに「常連」となる(認定される?)。その日は、なかなか注文を取りに来てくれない。辛抱強く待っていると「マダム!プティ・クレムでいいの?」と遠くから大声で店員に聞かれる。前回も接客してくれた明るく元気な女性。ウンウンと頷く著書。気を良くしてパソコンを開き、原稿を書く。

 店員や店によっては2度目でも3度目でも初めてのお客様扱いだったそうだが、にしても、ヨーロッパって、よく覚えていてくれるんだね。まあ、日本でもそうかもしれないけど、よほどの常連にならないと……というところはあるのでは。加えて、日本人には、上記のような馴れ馴れしい店員はまずいない。一様に親切だけど、良くも悪くも節度?なのかな。

 ところで、常連客には伝票を持ってこない、ということだけど……そうなんだ。それは知りませんでした。私がヨーロッパのカフェでよくやっていたのは、伝票にある料金にチップを加えてテーブルに置いて店を出る、ってやつ。あ、今は電子マネーか。

 余談になるが、私も、あるいっとき週3くらいで行くコンビニがあったのだが、そこの店員さん(外国人)に覚えてもらったみたいで、今日は寒いね、などと声を掛けてもらうようになったことがあった。なんだか嬉しかった。

 このリヨンのカフェ、朝から客でいっぱいだそうで、カフェの常連というのはフランス、いやヨーロッパの文化なのかもしれない。

 そして、あれこれ工夫しながら、マルシェでもどこでもフランス人と笑顔で触れ合うコツを掴んでいく著者。

 花を買って手に持っているだけで行き交う人々に笑顔を向けられる、って書いてあるけど、本当?そんなことあるんだ。

 アフロヘアーも髪飾りも、褒めてもらえるようになった。実は日本でも、稲垣はアフロにしてからモテ期が来たという。

 服装は毎日同じ服を着るようにした。周囲を眺めるとそうだから、と。そうなんだ。

 

 なにはともあれ、たいへん充実したリヨンでの14日間だったことが、文面からありありといきいきと伝わってくる。

 なによりやっぱり、観察眼が鋭い。元新聞記者だけある。これはどの本を読んでもいつも感じる。

 

 ちなみにタイトルにある「どこでもドア」は、もちろん「国民的SF漫画の中でも不動の一位を誇る人気アイテム」のこと。

コレといった能力がなくたって、つまりは言葉ができなくても、旅慣れていなくても、特別に魅力的な性格の持ち主なんかじゃなくても、そして何の準備もしなくても、いつでもどこでも夢の「海外暮らし」ができる(略)。

(P8)

 という意味。

(これができれば)私の人生の可能性は飛躍的に広がるじゃありませんか!

(P8)

( )内は筆者による。

 その結果がどうなったか、を綴ったのがこの一冊。

 十分に立証されたのではないだろうか。

 

 以下に、この本からピックアップした稲垣えみ子の名言を載せた。

 これらは、実際の「旅行」のことから大きく広がって「Life Lesson」になっている。

 いつもやっていることを一生懸命にやる。さすれば確実に人生はバージョンアップしていく。そしてさらに次の挑戦(場所)で、自分にできることをする。さらにバージョンアップする。そして次に……と人生の旅を続けていくだけ。それはどこでもできる。そしてそれが人生。

「人生はどこでもドア リヨン14日間」 ©2024kinirobotti

 

 お時間あればどうぞ。でも実際に本を読まれたほうがより感慨深いと思います。

 ↓

 私が独断と偏見で選んだ稲垣えみ子名言集

旅に出たからといって、日々興味を持っていないことに急に興味が持てるわけじゃないんだよね。当たり前だけど。

(P25)

地味な暮らしとはすなわち、日々代わり映えのしない簡単な暮らし。朝早く起きて、同じ時間に家事(炊事・洗濯・掃除)と仕事をして、同じ時間に寝る。実に単純。だからいいのだ。だってこれくらいなら自分の力で何とかやりきることができる。キラキラした素敵なことなんて何一つ起きなかったとしても、ちょっとした努力さえすれば、少なくとも毎日綺麗に整った清潔な場所で、こざっぱりとした身なりをして、美味しいものを食べて、そして世間様のために汗をかく(仕事をする)ことができる。

 考えてみれば人生、それで十分なんだよね。

(P35)

そう、今にして思えばわかる。私は本当のところ自分が何をしたいのか、自分でもよくわかっていなかったのだ。だからこそ、ただただ懸命にキリのない情報を集めまくっていたのである。

(P53)

自分の力で自分を満足させることができたなら、何を恐れることがあるだろう?何もない生活に究極の救いを見出した『方丈記』にもそう書いてある。何かが足りないとか何かに認められたいとか思い煩う必要なんてないのだから。

(P132)

人はいつも、明日は当たり前に来るはずだと思っている。でも確実に今日ですべて終わるのだとわかっている時、人は何をするのだろう。私は今日、そんな局面に立ったのだ。で、全く思いがけないことに、「お世話になった人に感謝を伝えよう」と思ったのである。

(P268)

お金を払ったんだからサービスを受けて当然みたいな態度を取ってしまうと、お金はとても冷たい道具になってしまう。お互いに「お金以上のこと」をどれだけやるかが大事なのだ。

(P280)

必要なのは語学力でも情報でもコネでもお金でもなく「自分」だったのだ。大したことのない自分、ダメな自分。地球の裏まで行ったからといってそんな自分がひっくり返るなんてことはない。いつもやっていないことが旅行したからといってできるわけじゃない。それを認めればよかっただけのことなんだ。で、どこへ行こうともいつもやっていることを一生懸命やればよかったのである。

簡単なことだ。

 

でも、その簡単なことが難しい。それが旅なんだと思う。

(P287〜288)

だから繰り返すけど、いつもやっていることを一生懸命やればいいのだ。すくなくとも「やろうとする」ことはできる。それができれば十分ではないか。だって、旅が終わった時には自分は確実にバージョンアップしているのである。そんな自分を抱えて次の旅に出る。そうしたらまた自分はバージョンアップする。そうなれば絶対日常が変わる。人生が変わる。

(P289)