ねことんぼプロムナード

タロット占い師のetc

「君の好きは無敵」①〜せっかく熱狂を上手に語ってくれたのに結末が安易すぎて滅〜ドラマへの嫌悪

 これは、まんまと作者の思惑に乗せられた?

 と思って、9話まではエキサイティングだったのに…

 10話(最終話)でステレオタイプにまとめたのはなぜ?誰のため?

 そもそも私、この瀬尾深月というキャラクターが好きになれない。

 

「君の好きは無敵」TBS 2026年7〜9月 火曜よる10時

脚本/宮本武史 青塚美穂

出演/松本若菜 佐野勇斗 小野花梨 藤井 隆 

   本郷奏多 白石加代子 金田 哲 髙嶋政伸 他

 

 私は「M!LK」ファンである。

 彼らは近頃たくさんテレビ出演しているので、チェックするのがたいへんだ。いっぺんに視聴できないので、録画する(出演箇所だけ見ようという魂胆もある)のだが、録画リストがどんどん増えて、映画とかドラマとかも録画しているし、なんなら保存してある作品もあるので、空き容量がなくなっていく。どんどん観て、どんどん消さないとっ!…これは私の最近の(バカげた)悩みである。

 

 私はいわゆる箱推しで、しかもグッズを買ったり、イベントやコンサートに出向いたりするわけではない。テレビやネットで楽しんでいるのみのファン。

 蛇足情報ですが「モナキ」も好きです。

 今年(2026年)はどうでしょう。「M!LK」と「モナキ」が、暗いニュースばかりのテレビを明るくしてくれた年ではないでしょうか。

 ただ、ふと最近思うのです。あまりに出演番組を追いかけすぎていると、それらを視聴することに多くの時間が取られてしまって、別のこと、人生ですべきことをする時間が少なくなってしまっているな、と。

 タロットカードで言えば、「No14節制」の「無駄遣いするなよ」という助言を無視している状態にはまっている。時間と精神の無駄遣い。

 これは良くない傾向です。これまでたゆまずやっていたことに集中する時間を減らしてはいけない。とはいえこの熱狂も、(私の場合)ずっと続くわけではないだろうということを考え合わせると、いっときこういう時があっても「イイじゃん」、と思ったりもする……のだが…。

 

「熱狂」ってこういうことなんですよね。

 すなわち「好き」という感情の強さが有り余ってしまうとき、人の心は「束縛」されてしまう。その状態は、決して良いことではありません。

 タロットカードで示すと、その様子は「No15悪魔」のカードのエネルギー。カードにはいろいろな意味があるが、この熱狂と束縛は、悪魔カードが仕掛けてくる代表的なエネルギーです。

 熱狂のなかにあるとき、あなたの目の前にあるものは、とりとめもなく素晴らしいもに見えるでしょう。それを否定する人の気が知れないし、なんだったら、否定してくるヤツに速攻で憎しみを抱くこともあるでしょう。

 こんな状態にある人は、悪魔にとっては好都合。簡単に操れるから。

 熱狂のなかで人間は、時間やお金や思考の無駄遣いをしてしまうかも、いや、「かも」ではなく、明らかに、してしまいます。

 それこそ、「好きすぎて滅」にならないようにしたいものです。

 

 さて、「君の好きは無敵」。

 松本若菜も以前から好きで、応援している俳優。ゆえに、期待を込めて観はじめた。

 楽しみつつ視聴していたが、中盤あたりからとても腹が立ってきた。

 何に…だろう?

 

 実はまず、初回から気になっていたことがある(同じことをとあるドラマ評論家も言っていた)。「顔芸」、これが…どうも…。こんな演技(演出)必要か?

 初回はそれでもまだ、シャイニングのパロディーだと分かるシーンもあって、双子の少女も出てきたりして、スティーヴン・キング好きの私としては、愉快に観た。

 が、これが2週目3周目と続いていくと食傷気味になるし、すでに俳優としての名声を獲得している松本に、いまさらこの演技をさせるのか?その必然性は何だ?

 佐野はまだしも、と思ってはいたが、佐野の演技にも次第に嫌気が差してきた。7,8話くらいから、佐野が演じる瀬尾、この人物はいったいどんな人間なんだ?と疑いはじめてしまった。

 天才を描いているのは分かる。…にしても、もう少し演出的にどうにかならなかったのかな。

「マイダイアリー」(2024年テレビ朝日)(中村ゆり、出演してたんだよね。大好きな俳優でした。鈴木亮平も言ってたけど、ほんとうに悔しい)でも、佐野は天才を演じていた。こちらは挫折して日本の大学に戻ってくるという人物だったので、瀬尾とは真逆の、自信を失って心を閉ざしているおとなしい青年だった。

 どちらもたぶん人が苦手で、周囲の人々の愛情で次第に心を開いていく、という心理的流れは似ていると思うが、なにしろ瀬尾は、声がでかくて自信過剰でノンデリ。

 これがずっと最後まで続くので、ついに9話目を視聴のさいには、どうしよう観たくないな、という気分に私は襲われていた。妙に不快なのだ。

 

 瀬尾のキャラクターなのか、それを演じている(演じなければならない?)佐野なのか、どちらに不愉快を覚えているのか分からないが(一体化しているのだろうから、佐野の演技は成功していると言えるのかも)。けれどもついにはなんだか、佐野が可哀想に見えてきてしまった。言い換えれば、可哀想で見ていられないから観たくない。

 すごく一生懸命なのだろうと思う。演技だって決して下手ではない。

 けれども、こんな役ばかり、演技ばかり続けていたら、俳優としての今後によろしくないのでは?とすら思ってしまうほど(大袈裟かもしれないがファンとしての憂慮)。

 実のところ、佐野に関しては、これ、いい役だったよねぇ、という役が私には今のところ思い当たらない。と、偉そうに言っているが、数えるほどしか佐野出演のドラマや映画を観ていないので、全部見てから言えよ、かもしれない。俳優としてもすでに10年選手だし、賞も獲得しているわけですから。でも…。

 たとえば、上にも書いた「マイダイアリー」(私は兵藤るり作品ファンです)の役も、私としては今ひとつの印象だった。何かこう、物足りなさをいつも感じる。「マイダイアリー」で言えば、むしろ望月歩のほうがいい役だし、うまさが目立つ。

「テッパチ」(2022年フジテレビ)も、役柄としては理不尽な目にあう同情すべき人物で、なんでこんな風に描いたのかなと作者への不満も残りつつ、どちらかというと、登場人物のなかではいちばん好きな人物だったのだが…。

「ひとりでしにたい」(2025年NHK)も良かったです。

 ここで蛇足エピソードをひとつ。

 2025年はM!LKが紅白に出場したわけだが、そのとき、「ひとりでしにたい」の佐野がM!LKのメンバーだと知らされ、どの人だ?と歌唱の最中いっしょうけんめい探したのだが、どれが佐野か分からなかった。ところが最近では、EBiDANの「Yes! 東京」の映像を見ると、あの大勢のなかで、逆に佐野しか分からない。という、トンチンカンな状況があった、ということを記しておく。

 

 役に恵まれる、ということもまた、俳優にとっては必要不可欠な要素である。受動的なこともあれば、主体的なこともあるだろうが。

 

 上記に輪をかけて、気に入らないのは本郷奏多。

 本郷の演技も私は好きではない。いや、注目していた俳優のひとりだった、「カムカムエヴリバディ」(2001年NHK朝ドラ)までは。

 佐野の大声の演技と本郷の語尾で息を吐く演技は、デイブ・スペクターが以前言っていた、日本人の下手クソな演技、というのに当てはまる。アメリカの俳優のセリフの言い回しは、ごく自然なのだという。たしかにそうかもしれない。私はネイティブではないのでナチュラルには分からないが(上手い人とそうでない人くらいは分かる)、あちらのドラマを見ると、けっこうぶつぶつ喋っている。

 いやいや演技だけではない。本郷が演じる「MERRY」の大三島社長、これがもっぱら嫌なヤツなのである。ゆえに、こちらも腹立たしい。こんな営利主義で冷徹な人間が、かわいいキャラクターを扱っているということが解せない。いや、世間はそんなもん、なのかもしれないが、それにしても、ここまでしなくても……。

 瀬尾と大三島の二項対立。こういった大騒ぎは、民放ドラマで視聴率を取るには必須条件なのだろう、ということは分かる。

 

 物語はこうだ。

 やり手の経営コンサルタント草壁杏奈(松本若菜)は、超大手コンサル会社を早期リタイアし、アルバイトで食いつないでいたとき、キャラクターデザイナーの瀬尾深月(佐野勇斗)から仕事を依頼されるも、その仕事ぶりに疑問を持ち失敗。その償いとして、瀬尾の仕事を手伝うことを申し出る。偏屈な瀬尾と本当は有能なコンサル草壁が、世界的大人気キャラクターを生み出そうと奮闘?を開始する。

 実は瀬尾は、「MERRY」所属のデザイナーだったが、自分が生み出したキャラクター「まんぷくもる子」を、大三島社長(本郷奏多)の独断で<シニカルモルコ>というキャラに変えられてしまい、激怒。3年前にMERRYを退社、という経緯がある。瀬尾は大三島を心底憎んでいる。

「MERRY」には、大三島のやり方に不満を持っている社員もいて、そのなかから、プランナーの廣瀬(藤井隆)とキャラクタープロデューサーの佐々岡(小野花梨)が、「デザイン瀬尾」へ加わる。

 キャラクターを世に出してヒットさせようとする様子が、コミカルに描かれていく。

 

 そんななかで、上記のように、この瀬尾の性質が、どうも腑に落ちない。人を寄せ付けない雰囲気やキレるときの様子など、ことさら大げさに描いているのであろうが、いくら天才だといっても、ここまで手に負えないのは、私としてはいただけない。芸術家には、いまだにこういう昭和的な性質の人は実際いるのかもしれないが…。破天荒、という表現で許されてしまうのか?その才能ゆえに?そうした風潮は、ぜひ、変えていきたいものだ。ドラマの影響力は大きい。

 

 廣瀬と佐々岡、すなわち、藤井隆と小野花梨が、このドラマを引き締めてくれている。とくに序盤では、藤井隆が存在していなかったら、このドラマは終わっていたかもしれない。少なくとも私は離脱していたかも。

 あるドラマ評論家が言っていた。「君の好きは無敵」は、佐野勇斗を見るためのドラマ(にしかすぎない)だろう、と。私は、藤井隆を楽しみに、毎週観ることができた。

 

「好きは無敵」なので、「好きということの大切さ」と、「好きなことがあれば強くなれる」というような物語を描くのだろうな、という想像はしていた。

 草壁は、

趣味もなければ推しもおらず、「かわいい♡」とか「好き!」とは無縁で生きてきた。

(TBS 番組ホームページより)

  そんな草壁が、瀬尾を手伝っていくうちに、瀬尾が生み出したキャラクターを「かわいい!」と感じ、「推し」「好き」という感情を理解していく、という流れ。

 一方で、プライベートでは、草壁は麦くん(金田哲)という男性と暮らしている。が、彼は、自分の「好き」を追って(筋肉アイドルになること)、なんと弁護士も辞め、草壁の元から去って行ってしまう。

 

 私が嫌悪するシーンは、

 繰り返すが、瀬尾の傍若無人ぶり。

 そして、草壁が突然好きに目覚めて、瀬尾がデザインしたキャラクターに、「かわいい♡」と顔面いっぱいの表現で夢中になっていくのが、受けとめにくい。ドラマ後半では、瀬尾がそんな草壁から突如としてキューピッドの矢を撃たれてしまう。やっぱり「かわいい♡」と。

 あまりにも脈絡がない、唐突。

 とはいえ、「好き」という状態は突如として瞬時にやってくる。アイドルだろうと、マスコットキャラクターだろうと、音楽でも絵画でも、そして恋に落ちるのは、一目惚れという言葉もあるくらい、まさしく瞬間である。ゆえに、そこを描写しようとするとこんな風になってしまうのかな。

 

 けれども、偶然と必然の問題は大きくて、ドラマというのはそもそもフィクションなのだ。人は、ノンフィクションの実人生の偶然は受けとめても、ドラマや小説のなかには必然性を求める、と言っている研究者もいる。

 この話は長くなるのでやめよう。

 

 ②へつづく

「君の好きは無敵」 瀬尾深月(ツトムスタイル)

©2024kinirobotti

 

 

✿✿✿

ツトムとは?

癒し系ドラム缶型ロボットです

©2026kinirobotti