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60歳からのわがままタロットセラピー18「オカルトを楽しむ」①〜本物?偽物?〜

60歳からのわがままタロットセラピー

=やりのこさないために=

=ご都合主義シニアのアジール

 

 私は占い師なので、オカルト、スピリチュアルを否定する立場にはありません。

 なかには、スピリチュアルな占いは好きではないとか言いつつ、自分が占うときにはカードに手を当てて深呼吸しましょうみたいなこを相談者さんに言っている不合理な占い師もいて驚いたことがあります。そもそも占いはスピリチュアルであることから大なり小なり逃れることはできない、と私は思っています。

 同時に、そういった世界についてある程度の知識がある身としては、スピリチュアルの「危険性」ということについても重々承知しています。それらについては「オカルトリテラシー」ということで別のところで書いていた経緯もあります。

 またこちらでも、「タロットエッセイ」や「占いとおせんぼ」で、これからも追々書かせていただく予定でおります。スピリチュアルの世界にはどうしても要注意な事々が多々ある、と言わざるを得ないからです。

 ゆえに私は「健全性」ということを10年以上前から提示させていただいてきました。

 

 私はタロット占い師です。タロットカード自身がそもそも霊的なものではありますが、今よりもっとスピリチュアルな活動をしていたときもありました。けれども現在はそういった活動はほとんどしていません(「ほとんど」と表現したのは、タロットカードを使って相談者さんたちと向き合っているときにはいわゆるインスピレーションというものを受け取っていないと断言することはできないからです)。

 私がタロットカードという占術を選択した一番大きな理由は、危険性が少ない、と判断したからです。例えば自らの霊能力やインスピレーションのみを使って活動していれば、自分の心の状態によって良かれ悪しかれ何か見えないパワーに操られてしまうということがないとは言い切れません。というよりもその危険性がとても高い。ここまでの私の人生のなかで、自分も含めて周囲のスピリチュアルな人々を見てきた経験から、そこは見逃してはいけない部分だと思っています。

「タロットカードを使用する」ということは「タロットカードに教えてもらう」ということだと私は思っています。そのスタンスは危険が少なく、健全で、しかも自分を守ることもできるのです。「謙虚」な態度で活動できるというところが、何よりも危険から遠ざけてくれるのだと思います。逆に言えば、自分の能力のみを頼りにしている(と思い込んでいる)とき、人間は傲慢になっていくという悲しい性質をおそらく誰もが持っていますし、それは占いや、いわゆるスピリチュアルに限ったことではありません。

 

 そんなこんなで実は、なかなかに危ない感じのするオカルトな人たちを周囲に見てきたものですから、いっとき霊能、超常現象、オカルト、スピリチュアルといった類いを忌み嫌っていた時期が私にはありました。

 オカルト、超常現象というのは、UFOやUMAなどとともに、テレビ番組でもよく取り上げられる企画です。昭和時代には超能力、予言、霊現象などを扱った番組がたくさん放送されていました。心霊写真から体験談、超能力まで、私も子どものころから好きでした。怖いのに見てしまう。

 テレビ番組で取り上げるとはいえ、超常現象というのはその真偽が曖昧なのです。真にも偽にもどちら側にも確証がないのです。そして、私の経験(拙くはありますが)から言わせていただきますと、そのほとんどが「偽」あるいは「勘違い」なのです。

 NHKで放送している「幻解!超常ファイル ダークサイドミステリー」という番組がありますが、ここでは民放のように情報を垂れ流したり、煽ったりするだけではなく検証してくれます。全てを視聴してきたわけではありませんが、たいていの現象、出来事には説明がつきます。日本だけではなく海外の事例についても、過去のフェイクまでさかのぼってしっかりと解明してくれます。つまり、世に言われている超常現象の99.9%は偽物なのだな、ということが分かります。

 

「偽」のなかにも種類があります。故意なものと無意識(勘違い)のものです。

 無意識なものは致し方ないとしても、故意に誰かを騙す目的であるものは言語道断です。カルト教団系で詐欺犯罪に認定されるものもありますが、騙された方も納得していたということもあり判定が難しいということもあります。極端なことを言えば、神社で買うお守りだって、どうでしょう?それは何らかの効力を魔法のように本当に発揮しているのでしょうか?これも語りはじめますと長くなりますのでまた別の機会に譲りますが、神社のお守りは風物や慣習的側面もありますのでとりあえずは置いておくとしても、例えば安物の壺を高額な値段で買わされた、などという胡散臭い話を聞いたことがあると思います。壺はこういうとき例あげられる定番商品となっています。もっと細々したいわゆるグッズで大儲けしている団体や組織だってあります。

 いずれにしても、故意の偽はしてはいけないことです。

 

 私は、オカルト、スピリチュアルというのは、UFOや異星人も含めて100%まがい物や勘違いだとは思っていません。手垢のついた言い回しでたいへん恐縮ですが、今の科学では説明のつかない不可思議な出来事は何かしら、あります。

 セレンディピティシンクロニシティといった意味のある偶然も、すでに脳科学的にあれこれ解説されてはいますし、これからますます明確に解明されていくかもしれませんが、単純に考えてかなり神秘的と言った方がしっくりきます。その不可思議な出来事に助けられた、という経験を持つ人は相当数いるはずです。

 スピリチュアル、そしてそれを信じるという意味からも、これはタロットカードNo2「女神官」のエネルギーです。

 

 さて、タイトルにあります「オカルトを楽しむ」。なぜ「60歳からのわがままタロットセラピー」で「オカルトを楽しむ」なのか?

 繰り返しますが私は、オカルトやスピリチュアルにのめり込むことへの警鐘を鳴らし続けてきました。常に慎重に慎重にを心がけて占いにも取り組んできました。慎重過ぎて面白みに欠けているかもしれないな、と思ったりすることもありました。

 その私が、今まさに「余生」というものと対面したときオカルトを楽しもうと思ったのです。いや、楽しんでいる自分がそこにいて驚いたのでした。

 私の心に次のような矢印が浮かんできました。スピリチュアル親密→敬遠→回帰。完ぺきに離れたわけではないのはご案内の通りです。

 深く関わっていた状態から遠ざかって、そして再び戻ってくる。遠ざかっている間は、客観的視点から観察していた。いったん距離を置いたことで、冷静に受けとめたり、考えたりするスキルや感性がより深く身についたように思います。こういった心の態度を、これからの私の強みにしていきたいと思っています。

 オカルトに対して第三者目線を持って遠ざかった後に舞い戻ってくる、なんてことはあまり聞かないことかもしれません。オカルトなんてものは一度否定的目線を送ったなら、そこから肯定的回復をするのはなかなか難しいものだと私も思います。

 戻ってきたと言っても、手ぶらで戻ってきたわけではありません。ワンクッションを置いたあとの感覚は、それ以前の感覚とはひと味もふた味も明らかに違ったものになっていると私は感じています。

 そのワンクッション後のさらに先の感覚が、「わがままにオカルトを楽しんじゃおう」という提案なのです。

 

 スピリチュアル(能動的にも受動的にも)については、引き続きその危険性を発信していくことにかわりはありません。ですが同時に、だからといって敬遠、あるいは嫌忌の視線ばかりを送るのではなく、どうせあと少しで死んじゃうんだから楽しもう、面白がろうということなのです。すなわち、注意し過ぎるがゆえに真っ向から批判的目線をただただ送りつけるのではなく、ということです。ただし、スピリチュアルについて多くを知り得ていない人にとっては、注意し過ぎることは極めて大事です。騙されないために。

 

 慧眼を持ってオカルトを楽しみましょう、という提案です。とはいえその慧眼も、独善的なものかもしれないという自分への疑心も同時に持ち続けることは大事です。なぜなら、オカルトの真相は誰にも分からないのですから。それゆえ霊能者を名乗る詐欺もまかり通ることができるのです。

 客観的で冷静な視点とは、偏らない視点です。これはタロットカードで言いますと「No8正義」のエネルギーです。

 

 人生も晩年になりまして、だんだんと気張る気持ちも少なくなるなか、先日超常現象を扱うテレビ番組を見ていて「あ、楽しいじゃん」と思ったのでした。こんな風にオカルトを楽しめるのは久しぶり、いや初めてかもしれません。良くも悪くも気を張りつづけていたようです。

 社会問題に関わるようなことは楽しみで片づけることはできませんが、これまでの知識を総動員して(No1魔術師のエネルギー)、ファンタジーにゆるりと浸ってみるのもいいかなと思ったのでした。

 

 このような心持ちは「夢中」「熱狂」に近い気分でもあります。上に書きましたスピリチュアルを信じる「No2女神官」と、熱狂のエネルギーでもある「No15悪魔」という2枚のタロットカードの合せ技(No14節制)とも言えるのかもしれません。

 

 そもそも私の場合は、心霊写真にしても、UFOにしても、超常現象にしても「然もありなん派」です。そんな私からしますと、最近の超常現象映像は明らかな作り物がほとんどで(その多くは商売になっている)、それらを不思議な映像としてただ垂れ流しているという番組のコンセプトが、1%でも本物が混じっていると信じている私からすれば、残念でたまりません。

 検証しないのであれば、番組のコンセプトをしっかりと示すべきだと思います。もちろん視聴者はそれほどバカではないだろうし、この程度のものは作り物だと分かって楽しんでくれるはずだという一方的な期待の混じった善意の解釈が制作側にはあるのだろうと推測できます。でもそれって、どちらかと言えば、オカルト現象にも視聴者にも、両方に無礼な態度のような気がします。検証を示すほどの能力も知識もなく、民放にはNHKのように調査にかける予算もない、ということなのかもしれません。とても安易な番組づくりです。エンタメなんだからそこまで真剣にならなくてもいいじゃん、ということなのでしょうか。

 

 もちろん昔だって似たようなことはあり、ネッシーにしても、妖精や霊魂、UFOの写真にしても、21世紀になってから作り物でしたと本人が明かすという事態にもなっています。

 しかしその告白も、実はどこまで本当か分かりませんが……。

 

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