「ヒロインは、なぜ殺されるのか」
田嶋陽子著 KADOKAWA
フェミニズム視点の深い映画考察。
この本の概要を知ったとき、なるほどなぁ、と感心した。
ただの恋愛ドラマ、人生ドラマ…などなどと思って観るのと、フェミニズム的にどうなんだ?という視点をしっかりと入れて観るのとでは、映画やドラマの内容はずいぶんと違って見えてくる。
私は、ただの恋愛ドラマが嫌いなので、まずその類いのドラマは見ないのだが、田嶋先生の視点を借りて観ると、新しい発見のあるドラマや映画がありそうだ。
読みすすめていくと、著者の観点はなかなかシビアだ。
そして、途中まで読んで、ふっと私の心を過った映画があった。
それは、フジテレビ問題が起きたとき、フジテレビの番組を見ていると必ず流れてきた広告「知らないカノジョ」である。このCM、それはそれはしつこかった。
ちょっと観てみよう、そう思って本を置き、配信で観た。思った通り、この映画も「ヒロインは、なぜ殺されるのか」だった。
田嶋陽子著「ヒロインは、なぜ殺されるのか」に倣って、「知らないカノジョ」の批評をしてみる。
「知らないカノジョ」2025日本
原作/フランス映画「ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから」
監督/三木孝浩 脚本/登米裕一 福谷圭祐
出演/中島健人 milet 桐谷健太 中村ゆりか 眞島秀和 風吹ジュン 他
フランス映画のリメイク版だそうだが、私はそちらを観てないので、あくまでも日本映画のみの批評となる。
[物語]===
大学生の神林リク(中島健人)は小説家志望。講義中に執筆していたところ、小説ノートを教授に取り上げられてしまった。それを奪還すべく夜の大学へ忍び込む。無事に取り戻すも警備員に見つかる。逃げ込んだ講堂で、女学生がひっそりと舞台で歌っているのに出くわす。歌手を目指している前園ミナミ(milet)。リクは一目惚れする。
だが、そこで警備員に見つかり、二人は逃亡。ミナミは、構内にある金網にあいた穴からリクを逃がしてくれた。
逃げる途中で、小説ノートを落としてしまっていたリク。翌日ミナミが、大学でリクを見つけて届けてくれる。そこから二人は恋人になり、結婚する。
8年後、リクのSF小説「蒼龍戦記」はベストセラーとなり、すっかり多忙な作家大先生に。続編を執筆中のリクは、ミナミを突き放すような言動をし、喧嘩に。
そして翌朝、リクが目覚めるとミナミは家にいなかった。
打ち合わせのために出版社へ行くと、リクは出版社の社員としてこき使われる立場になっていた。
そんななか、シンガーソングライター前園ミナミの大きな宣伝広告を街で見かけるリク。戸惑いながらもミナミを見つけ、ファンにサインをしているところへ近寄ると、「お名前は?」と尋ねられて唖然とするリク。
ようやくリクは気づく。自分は出版社の社員で、ミナミは大スターとなっている。そんなパラレルワールドに迷い込んでしまったようだ、と。
様々な誤解を経て、友人の力も借りつつ、リクは編集者としてミナミに近づいていく。
そして、自分がどれほど横柄で傲慢になってしまっていたか、ミナミが自分の夢を諦めてまでリクを応援し続けていたこと、などなどを知り、リクの心に深い反省の思いが湧き上がる。
最後は二人が夫婦である世界に戻る。
が、そこはまた、元の世界とは違う景色、もうひとつのパラレルワールドだった。
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これね、CMを見た時点で、「ああ、クソ男が反省する物語か」ということは何気に想像できた。それゆえ、「ヒロインは、なぜ殺されるか」を読んでいるときに、ふと脳裏を過ったのだ。腹の立つほどCMを見せられていたが、こうして探求の一助になったことは、大変ありがたい。
出会ってから結婚して……リクがパラレルワールドへ迷い込むまでが、思い出の映像のようにスラスラと進むので、その描き方は非常に良いと思った。パラレルワールドのほうが主題なので当たり前で、ほめるまでもないのだが。
その8年間に、ミナミが歌手としての夢を諦め、リクに尽くしてきた様子がよく分かる。リクが傲慢になってしまっている描写からも、これは…ちょっと…よくない状況だなぁ、と誰もが十分に想像はできる。
どうして女は、男の夢のために自分の夢を諦めて、男に尽くさなければならないのか?加えて、女にそこまでさせた男は、自分の夢がかなったとき、なぜ女を不必要な存在として扱うのか?
という疑問が、「ヒロインは、なぜ殺されるのか」という田嶋陽子の著書に符号するのである。ちなみに田嶋陽子は、日本における「女性学」の先駆者。法政大学教授、参議院議員を歴任。
この映画のなかで、ヒロインであるミナミは死なない。けれども、リクは思いのなかで殺している。それは、リクが、小説のなかでミナミの分身を死亡させたことから分かる。そのくだりを書いて満足した時点で、リクはパラレルワールドへ飛ばされた。
リクの小説「蒼龍戦記」のなかで、主人公・ガロアスはリクであり、バディである女性・シャドウはミナミ。それは、あの夜の大学で警備員から逃げているときの二人と、小説のなかの勇者二人が重ねられていることからも分かる。これは、リクのなかのある種の妄想ではあったわけだが。
リクは、シャドウの死亡は、ガロアスが成長して次のステージに進むためには必要な流れだ、と言っていた。
すなわちそれは、ミナミは自分がここまで成功するためには必要な存在だったけど、これ以上発展するためには、ミナミではなく別の存在が必要だ、と言っていることと同じだ。
■女は男のインスピレーションのために存在しているのか?ファム・ファタール。
大学で出会ったばかりのとき、ミナミはリクの小説の続きを読みたがった。リクは、ミナミの歌を熱くほめた。
ミナミがリクの小説に相棒が出てくるといいんじゃないかとアドバイスすると、リクは、自分もそう思っていたと興奮する。
「前園さんと出会ってビビットきた。こんなヒロインを求めてたって」
「読ませてね」とミナミが言うと、
「一人目の読者になってほしい」と答えるリク。
良き理解者であると同時に、自分にインピレーションを与えてくれる存在と出会った瞬間だった。
その後、仲良く暮らしていく二人。リクの小説をコンテストに送り、出版され、結婚。売れっ子になって忙しくなったリクは、傲慢な顔つきになっていく。ミナミは寂しそう。自分の曲をレコード会社に送ろうとするが、やめる。
ミナミに冷たくなるリク。新作に夢中になり、話しかけてくるミナミに「邪魔だ」と暴言を吐く。
そして、その新作のなかで、ガロアスのバディであるシャドウを殺してしまう。
「やるべきことがある。ガロアスは旅を続けることを選んだ」と、ガロアスは傷ついたシャドウを置き去りにして行ってしまう。
まさにこれは、「ヒロインを殺した」瞬間だった。
のちにリクは友人・梶原(桐谷健太)に、なぜ殺すのか?と尋ねられて、ガロアスが前に進むためにシャドウは「死ぬ必要がある」と答えている。
リクは、新作を書くのに苦労していた。すなわち、新しいインスピレーションを求めているのだろう。だから、ミナミから離れなければならない、と潜在意識で感じているにちがいない。
リクは、パラレルワールドのほうで、新人女性作家・金子ルミ(中村ゆりか)を編集者として発掘して育てるが、元の世界では、その女性作家のとの出会いはなかった(そこまで描かれていなかった)。ルミは担当編集者であるリクに思いを寄せるようになり、付き合いを迫ってくるが、リクは無碍に断る。すると、ルミはリクに性被害を受けたと週刊誌に嘘の情報を流す。
これは、もしかしたら、元の世界がそのまま続いていたら、リクはルミと浮気をしたかもしれない。それは、インスピレーションを与えてくれる新しい存在として。
世間を見渡すと、作家とか俳優とか、いわゆる芸術の分野で、そういうことは多いように思う。「〇〇は芸の肥やし」とは昭和時代には堂々と言われていたが、今はどうだろう。平成時代に「不倫は文化だ」と言った俳優もいたが。
お笑い芸人が、売れない時代を共にがんばって過ごしてきた恋人や妻と、売れっ子になったあとに別れて、芸能人など有名な人と再婚するということが意外とある(もちろん、ずっと添い遂げる人もいる)。それも、上記と同種の心の動きではないだろうか。
自分の知名度に合った妻に変えなきゃ、というエゴと思い上がり根性がそうさせる、ということもあるだろう。
作家は必ず最後に<ファム・ファタール>を殺します。
(…)
いらなくなったオモチャは処分されるのです。
(P70〜71)
田嶋はそう書いている。
ミナミは、「強くて美しくて、男を魅了して惑わす」というタイプの女性ではないので、厳密には「ファム・ファタール」とは違うかもしれない。が、リク的には、シャドウを殺した時点で、それだった、と言っても過言ではないだろう。
自分を刺激してくれない女性はもう用無し、邪魔なのである。
(…)<ファム・ファタール>ですが、結局、男にすれば、退治しなければならない動物であり怪物であっても、男はそこからエネルギーを得て生きる糧にしている(…)。
(P131)
という怖い表現もある。
■女の才能への嫉妬・女の自己犠牲・女が夢を諦める
嫉妬?そんなことはない、応援している、と言う世の男性は多いだろうが、無意識に女性の成功を望まない男性は非常に多い(無意識の男尊女卑が横行)。
リクは、ミナミの歌を応援していた。しかし、どうだろう、二人の生活のなかで、ミナミだけが成功していったら…。それが、パラレルワールドだったわけだが(二人は他人だが)。
ミナミは、どうして自分の歌を送付するのをやめたのでしょうか?
おそらく、リクのことを考えて、でしょう。
リクの何を?リクに小説に集中してもらいたい、という純粋な気持ちからなのだろうが、一方で、ミナミ自身がもしスターにでもなったら、リクはそれを本当に喜んでくれるかどうか分からない、という漠然とした女の勘のようなものが働いたのかもしれない。そういう推測も成り立たないことはないだろう。
21世紀もすでに四半世紀が過ぎ去ったが、女に内助の功を求める男は依然として多い、ように思う。まだまだ男尊女卑、父権制の内面化は引き継ががれているようだ。
ミナミは、路上ライブなどもやってきたが、それでもおそらく、プロの評価を受ける機会はなかなかないだろうから、自分の実力、才能がどれほどのものであるかのか、自分自身で知ることはできていないはずだ。かつてほめてくれて、応援してくれていたリクは、自分のことばかりに夢中だし。
でもたぶん、私はリクを応援しなければならない、とミナミは思っている。それが女の役割だ、と教育や情報により内面化されている。
ミナミは甲斐甲斐しく料理をつくってリクの健康や生活を見守ってきた。リクはそれを普通のこと、当たり前のことだと思っていた(たいていの人がそうなのだが)。
パラレルワールドでの次のシーンは、象徴的だ。
リク)料理得意なんだし、自分で作ったりはしないの?
ミナミ)料理は苦手。ほとんど外食ばっかで、自分のためにつくることはないかな。
「料理は苦手」と言われたリクの脳裏に、小説を書く自分の横で甲斐甲斐しく料理をするミナミの姿が過る。
そして、つぶやく。
リク)きみは料理が好きなんだと思ってた。
それから施設にいるミナミの祖母・前園和恵(風吹ジュン)を訪ね、リクは反省の弁を述べる。
ミナミがオーディションに送らなかった録音を見つけたけど、ずっと知らないふりをしていた。自信がないのかと思っていたが、自分を犠牲にして僕のことをずっと支えてくれてたのに…。だからバチが当たったんだ、と(パラレルワールドのこと)。
前の世界で夢を諦めたのはミナミの他にもうひとりいた。このミナミの祖母・和恵。和恵は、ミナミの両親が亡くなったあと、ミナミを育てるために、歌手の道を諦めた。
田嶋が言うように、女にはいろいろ役目がある。仕事、妻、母。男は夫だけど、でも極端なことを言ってしまえば、自分の夢だけを追いかけていればそれでいい。誰にも文句は言われない。家庭を守れ(金銭的に)とかは言われるかもしれないが、それでも、生活のことや子育てのことは、どうしても女性の役割となる。そして、夫の世話。
女性が外での仕事や夢を持っていれば、そのために使える時間は極めて少ない。
ここでいちばんの衝撃は、上にあげた「料理が好きなんだと思ってた」というリクのセリフだろう。このセリフにすべてが詰まっている。もちろんミナミだって、愛する人のために苦手な料理も頑張っているという自負や喜びはあったであろうが。
リクは、パラレルワールドで、ミナミの「ほんとう」を知って、ミナミを苦しめていた元の世界の自分自身を振り返ることになったわけだ。
■最後 3つ目の世界
そして、元の世界、いや、別の世界へ戻ってきた二人は、仲のよい夫婦。リクは小説家として、ミナミは歌手として成功している。
この世界は、パラレルワールドでミナミがリクに語って聞かせた、自分が望んでいる「しあわせ」だ。
リクが書き直した小説は、使命を捨ててシャドウを助け、共に二人で旅を続ける結末となっている。
■もうひとつの物語
田嶋陽子流フェミニズムとはまったく関係ないのだが、「映画・知らないカノジョ」には、もうひとつの物語、テーマが隠れていた、と私は思っている。
それは、リクの書いたSF小説ばりの、すなわちゲームや映画の冒険物語によくある「姫救出」である。
ミナミは、プロデューサーの田所(眞島秀和)に拘束されている、と考えることができる。恋人ということになっているが、少なくともミナミのほうにはまったくそういった意味での愛情はない。
実は、田所にも愛情はないように、映画全体を通して、見える。田所の心中にあるのは、ミナミを使って儲けることのみ。
けれども、ミナミは田所に逆らうことができない。自分をプロデュースしてくれている人だものね。
そこに突然現れた王子様?勇者?
パラレルワールドでは、スーパースターになったミナミは、歌手としての自分の意味を見失いかけていた。そんな自分の「ほんとう」を、リクが思い出させてくれた。
二人は、元の世界で警備員から逃げ、パラレルワールドでは、田所というラスボスから逃亡する。
それもまた、ひとつの物語として筋が通っていた。
田嶋先生のフェミニズム視点で「知らないカノジョ」を論評してみました。
最後は、3つ目の世界がハッピーエンドだったのは、どちらかが犠牲にならなければならない世界ではない世界を描いている、ということで否定はしません。
が……、というところでしょうか。
姫奪還、という視点が入ったことで、ご都合主義的要素は消える、かな?

「知らないカノジョ」 恵介(桐谷健太)とリク(中島健人)
(ツトムスタイル)©2026kinirobotti
恵介は、この物語で唯一ホットさせてくれる存在
✿✿✿
ツトムとは?
癒し系ドラム缶型ロボットです

©2026kinirobotti
「ヒロインは、なぜ殺されるのか」面白いです。ぜひご一読を。

「ヒロインは、なぜ殺されるのか」©2026kinirobotti
追伸
「ヒロインは、なぜ殺されるのか」のなかの「突然炎のごとく」という映画評のなかにこうある。
その強烈な自我がどう生かされたかというと、結局生かす場所がなかったから、(…)。
カトリーヌが最後に「子どもを産む」ことにこだわるのは、(…)もう彼女はそこにしか自己実現の道が残されていなかったということです。
カトリーヌが子どもを産むという女の生物学上の特徴を利用する以外、自分のアイデンティティを確立できない、そのギリギリの時点に追い込まれたことを示しています。それもだめならあとは死ぬ以外ありません。
(P88)
この箇所を読んで、「虎に翼」(2024年朝ドラ 脚本/吉田恵里香 主演/伊藤沙莉)の森口美佐江(片岡凜)を思い出した。
美佐江は強烈なサイコパスだった。高校生のときに問題を起こして裁判官の寅子(伊藤沙莉)と出会う。のちに寅子は、美佐江と瓜二つの娘と出会うが、そこで美佐江の日記を読むことになり、美佐江の深刻な胸中をあらためて知る。
そこには、美佐江が特別な存在になりたかった自分について書かれていた。加えて、アイデンティティを求めて出産したことも書かれていた。しかし、子どもを産んでも、何も変わらなかった。愛情も湧かず、さらに苦しむことに。
そして、車に飛び込んで、自死を選択しました。
まさに、田嶋先生が書かれている映画評のなかの文言、そのままだ。