ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

挨拶は礼儀です。ありがとう ありがとうございます すみません thank you merci だんだん

いきものがかりが放牧から約2年で集牧、紅白歌合戦でそのスタートを切るとか。

先日ちょうど「ゲゲゲの女房」を、ものすごく遅ればせながら、一気見しました。あの主題歌「ありがとう」は、見事にこのドラマの夫婦を語ってくれています。

ゲゲゲの女房」は、低迷していた朝ドラ復活のきっかけになったと聞いたことがあります。実在の人物と戦争体験は高視聴率の法則だそうですが、やっぱりその通りなのかもしれないな、と思うほどとても面白かったです。

 

さて「ありがとう」です。

こんなツィートを見かけました。

作家の平野啓一郎です。

@hiranok
「ありがとう」というお礼の言葉が、thank youやmerciみたいな気軽に使える言葉にならないか、とよく思う。飛行機でCAから飲み物を渡された時、電車で席を詰めてもらった時、ドアを押さえてもらってた時、……「すみません」だと微妙に違っていて、「ございます」を付けるとtoo muchなことが色々ある。

 

私自身も同様の事をずっと考えていましたし、書いてもきました。街なかでの日本人がまりに「無言」なので、なんでだろう、と気にかかったのがきっかけでした。

「無言」というのは、様々な状況で「声をかけない」ということです。

そこで、非力の私ですが、ひとり身勝手にキャンペーンをはったことがありました。ブログの最後に「ありがとう」「ごめんなさい」「すみません」を言おう、と。

ギスギスした社会は、これだけでもかなり緩和されると思ったからです。

 

日本人は、平気で人を押しのけますよね。身体がぶつかっても、バッグや荷物がぶつかっても、「ごめんなさい」「すみません」「失礼」も何も言いません。うっかりしますとわざとぶつかってきたり、ぶつけてきたりする人もいます。

よほどイライラが募っているのでしょう。社会に抵抗しているのかな?同情はしますが、でしたら自分と同じ市民に当たるよりも、政治家に当たったほうがいいと思います。選挙で権利を行使していますか?家庭で、会社で満足していないなら、それはそこで解決しましょう。他人に怒りをぶつけても何もはじまりません。これは社会の仕組みの問題でもありますので、そちらも変革の余地がありますが、ここでの話題とは別になります。

 

西洋の人々が全員そうだとは言いませんし、私の体験も今ではずいぶんと古い物になっている可能性は十分にありますが、彼らはちょっとでもぶつかったりすると「Excuse me 失礼」と言います。余談になりますが、女性尊重や敬老も日本より徹底しています。子どもから大人まで。

 

こういったことは「習慣」なので、家庭なら生まれたときから、教育機関なら幼稚園から教えていけばいいだけのことです。今現在周囲の大人たちができていないので、時間はかかると思いますが、それこそ国をあげて進めればなんてことはないでしょう。

「気分の悪さ」が連鎖して、朝から晩まで日々積み重なっていくよりも、「気分の良さ」が連鎖していく方がずっと心地よいのは万人に共通ではないでしょうか?

それとも日本人は、どんな声掛けも「うるせぇ」的精神構造にすでになってしまっているのでしょうか?感謝や詫びは損だと思いますか?「自分さえよければいい」は、巡り巡って自分にも降りかかってくるはずです。

「優しく」されて嬉しくない人はいないはず、だと私は思っています。

 

「すみません」だと微妙に違っていて、「ございます」を付けるとtoo muchなことが色々ある。

これなんですよね。習慣、教育、礼儀もさることながら、言葉、日本語という言語にも問題があるかもしれません。

私も「すみません」の多用はあまりよくないと感じています。とはいえ、私も思わず知らず使っています。便利なんです。「すみません」には「ごめんなさい」「ありがとう」「道を開けてください」などなど多様な意味が含まれていますので。また、そのように使ってきたのだと思います。いつからそうなったのか、その辺りは学者の論文に譲ります。

「すみません」が発しているエネルギーのひとつに、自分を低める要素があると思うので、「すみません」を多く口にする人は、どうしてもマイナスのエネルギーになりやすいだろうな、というのは占い師としても思います。現在放送中のテレビドラマ「結婚相手は抽選で」の主人公がまさにこれです。

 

とはいえ、平野も言うように「thank youやmerciみたいな気軽に使える言葉」が日本語の標準語にないのです。「ありがとう」と、例えば店頭とか窓口とかで言うと偉そうに聞こえませんか?気取ってる風にも見えちゃうかも。かといって「ありがとうございます」と言うと丁寧過ぎてしまいますし。

私は、レジなどでは「お世話さまです」と声を掛けています。黙ってお釣りや商品を受け取るよりはずっといいと思って。本当は「thank you merci」 と言いたい。

気軽に使えないので、日本では無言の人が多いのかもしれませんね。

 

余談ですが、関西の語尾を上げる「ありがとう」は、使いやすそうです。「ございます」がついていなくても、相手の立場や年齢を選ばずに使えそうです。友人が関西の人で、使っているのを傍らで聞いていた時期がありました。大げさでなく、気軽に感謝の気持ち、労いの思いを伝えることができます。

さらに余談ですが、「おはようございます」も同様ですよね。「ございます」を付けるのがなんかうざったいですよ。誰にでも「おはよう」でいいなら、もっとみんな気軽に挨拶するかもしれません。その点「こんにちは」「こんばんは」は言いやすいですね。

 

「言葉」には人の気分や態度を変える威力が良くも悪くもあるので、いわゆる明るい社会づくりには大事です。

最近はマンションで声を掛けるな、つまり「おはようございます」も言うな、というルールがあるそうですが、逆ですよ。知らない人には付いていくなという注意の延長なのでしょうが…。そんなマンション、街で育った子どもたちが大人なる社会って、どんな社会なんだろう。恐ろしいです。世にも奇妙な物語で書けそうですね。

 

「ありがとう」は上から目線ぽくなるし、かといって「ありがとうございます」は丁寧過ぎるし、と考えると、「すみません」はもしかしたら気軽に使える挨拶言葉なのかもしれません。

いずれにせよ「ありがとう」でも「ありがとうございます」でも、「習慣として浸透」してしまえば、違和感なく使えるでしょう。

いっそのことthank youでも。すでによく使ってませんか?「ありがとう」だと照れくさいけど「thank you」なら言えるみたいな。

なんなら「だんだん」でもいいかも。「だんだん」とは、「ゲゲゲの女房」でも使われていました。島根県での「ありがとう」だそうです。

 

あ、すみません、

「ごめんなさい」「失礼」の浸透もよろしくお願いします。こちらは思いやりです。