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「転職の魔王様」〜あなたの人生このままでいいんですか?〜自分に合わない仕事してませんか?

 おもしろかった!

 

「転職の魔王様」フジテレビ(カンテレ)2023年7〜9月/月曜夜10時

原作/額賀 澪 脚本/泉澤陽子 小峯裕之

出演/小芝風花 成田凌 石田ゆり子 おいでやす小田 白洲迅 山口紗弥加

 

 原作は経済小説なんですね。PHPから出版されてますものね。なるほど。

 カンテレは世直し的ドラマで最近がんばっているようにみえる。「エルピス(2022年10〜12月/主演・長澤まさみ)」もそうだった。世直し的というのは、すなわち、世の中の不条理を描くという意味で。

 

 私は小芝風花のファンなので、面白いかどうかは分からないが、とにかく第1話から観た。いきなりけっこうよくできたドラマだと思った。原作が良質なのかもしれない。だとしても、ドラマ脚本・演出ともによく仕上がっているように思う。

 原作のほうが良いか、ドラマのほうが良いか、それは原作を読んだことがないのでなんとも批評のしようがない。

 

 小芝風花演じる未谷千晴(ひつじたにちはる)は、上司のパワハラが原因で大手広告代理店を3年足らずで辞めた。心身ともに疲弊していた未谷。叔母の洋子(石田ゆり子)が経営する転職エージェント「シェパードキャリア」で転職活動をはじめようとする。

 未谷は、キャリアアドバイザーの来栖嵐(成田凌)の面談を受けることになる。

 来栖は「転職の魔王様」の異名を持つ、手厳しいアドバイスで有名なアドバイザー。一見すると冷徹に見えるが、その慧眼は見事に相談者たちの本音を見抜く。

 未谷も、弱々しく周囲の目を気にするばかりで「本当に自分がしたいことは何なのか」ということに気づいていないのを来栖に見抜かれる。

 

 このドラマの基本理念は「本当の自分」(この言葉、最近ちょっと手垢がついてしまっている風もあるが、嘘か本当かで言えば本当なので使うしかない)。

 各話のゲスト求職者、転職希望者たちは、みなどこかで本当の自分と向き合っていない。いや、たいていの人がそうなんだろう。ゆえに苦しむ。

 じゃあ、本当の自分って何だろう。本当に自分がしたい仕事って何だろう。

 転職の魔王様、来栖の言葉を借りれば、「自分に合っている仕事」だ。

 来栖は「合わない仕事は人を殺す」とまで言う。

 過激な言葉ではあるが、その通りなんだろうな、と思う。人々は、それでも我慢して合わない仕事をし(なければならず)、心身を削りつづけ、思考能力を奪われている、というのが現代社会。

 

 合わない仕事には2種類あるのではないだろうか。

 ひとつは、環境。もうひとつは、仕事そのもの。

 本人は、本当のことに気づいていないかもしれない。気づいていても抜け出せないのかもしれない。気づいたことを意見しても聞き入れてもらえないこともあるだろう。パワハラに耐えながら、それが修行だなんて言われたりすることもある。

 自分に合わない仕事をしていると「うまくできない」ということもある。合っていないだけなのに、能力がないなどとけなされたり、結果が出せずに自己不信に陥っていったりする。自分に合っている仕事をすれば「できる」のに。

 そんななかで心を病んでしまう人もいるだろう。心身とも憔悴する。それはすでに殺されている、ということだ。

 そんな憔悴しきった人たちが大勢、毎日、満員電車に揺られている。暗い顔をして。

 そもそも、人間というのは満員電車という環境に非常なストレスを感じる生き物のはずなのだ。満員電車に乗って通勤しなければ生きていけない(お金が得られない)ので、みんなできるだけそのことは意識から除外しようとしているのかもしれない。でないと、この世で生活していくことはできない。

 人間には健全な空間が必要なのだが、電車内では見知らぬ人間と極めて近い距離にいなければならない。いわゆるラッシュアワーでは接触せざるを得ない。実はこれはとても気持ちの悪いことだ。これによる疲労はたいへん大きい。

 その上、会社のなかでは解釈労働を強いられる。自分の思うようにはできない。解釈労働の得意な人は出世するのかもしれないが、解釈労働は決して心地の良いフレーズではないと思う。それは「思いやり」という配慮の行為であれば、十分に平和な概念となるが、組織内の解釈労働は、すなわちパワハラを誘導する。

「解釈労働」とは、著書「ブルシット・ジョブ」で有名な人類学者デヴィッド・グレーバーが名づけた行為。

力なき者は、力を所有する者の顔色をうかがわなければならない。

(石岡丈昇「タイミングの社会学」P32)

 

 各話のゲストが転職するにあたって抱えている問題を明瞭にし、そして良き方向へと導く。その役割を担うのが来栖と未谷。

 来栖の態度が極端ゆえにコメディードラマとしても成り立っているのだろうが、社会派コメディーと名づけてしまうには、いささか内容がシビアで重い。逆に言えば、来栖の単刀直入さ加減と未谷のまごつく様子が、重たい物語に喜劇の要素を加味してくれている。

 魔王様こと来栖の冷徹で無機質な物言いには、初回で視聴者も威圧されるのであるが、その来栖の見立てが正解であり癒やしでもあることが物語終盤で分かる。すなわち2話目からは、来栖がゲスト相談者の何を見抜いてどのような助言をするのかが楽しみになる。

 基本的に悪い人は出てこない。一部、転職希望者の会社の上司などにいただけない人物がいるが、「シェパードキャリア」にやってくる相談者たちは、みな、他人を思いやっている優しい人々だ。思い悩んではいるが、決して誰かを恨んだりしているわけではない。仕事ができるからと威張っているわけでもない。何をしよう、つかもう、変えようとして、その方法が分からずに苦しんでいるだけだ。

 各話がそれぞれ深い意味とテーマを持っている。その全てをここに書くことはかなわない。ぜひ配信などで見ていただきたい。

 来栖自身のこれまでの人生、仕事の経緯について明かされる場面も、なかなか見応えがある。

 

 いくつもある来栖の名言から、私がとくにグッときたもの。

自分の強みは自分では気づきにくい。

人間、得意なことは無意識にできてしまう。

だからこそ、自分と向き合う必要がある。

 そうかもしれませね。何気なくできていることを自分の得意や長所だと意識していないことも多々あるのではないでしょうか。ゆえに、自分自身を知ることがとても大切になってくる。

 

どんなに滑稽でも、どんなにくだらなくても、

あなたがほんとに望んだら、それが正解です。

あなたの正解は、あなたにしか分からない。

 これは本音を言うことの重要さを来栖が未谷に問いかける場面(だったと記憶している)で発した来栖の言説。くだらなくても、世間的に立派にみえなくても、自分が本当にやりたいこと、それが正解なんだと言い切っている。私たちは、本音を隠すようにと教育される。そうした人々の集団が、日々満員電車に揺られている。それでいいのか?それが幸せの姿なのか?

 そこまで大きなことを考えなくても、まずは自分自身、各々が「本当に望む正解」を選択していくことが、世の中を変えていく一歩なんだろう。

 

 2023年夏シーズンのドラマでは「本当の自分」「好きな仕事」について触れるドラマが他にもあった。

 

「この素晴らしき世界(フジテレビ)」では、大女優・若菜絹代が主婦・浜岡妙子(若村麻由美二役)の口を借りて、これまでの自分の人生はあやつり人形だったと告白して、それではいけない、変えていこう、と情報番組でメッセージを発信する。

 

ハヤブサ消防団テレビ朝日)」では、映像作家の立木彩(川口春奈)が、努めていた会社の理不尽さを指摘して、この場所こそカルトだと叫ぶ。

 

「シッコウ!!〜犬と私と執行官〜(テレビ朝日)」では、主人公の吉野ひかり(伊藤沙莉)が「なんでこの仕事をしているのか?好きだから?」と友人に問うシーンがあった。「好きなだけじゃやっていけない。使命…かな」とその友人は返答する。このやり取りは深い。このテーマで本が一冊書けそうだ。

 簡単に言うと、この友人の言葉は真理かもしれない。

 好きなこと、というと語弊があるかもしれないが、まずは、嫌いで苦手でできないことを仕事にするよりも、好きなこと、得意なこと、できることを仕事にしたほうがいいに決まっている。もちろんたまたま頼まれてやった仕事が上手にできちゃって本業になったということもあるだろう(むしろそのほうが多いのかもしれないが、そのテーマはまた別の機会にゆずる)。

 でも、好きなだけでは確かに続かないのかもしれない。「使命」と吉野ひかりの友人は言った。それは私をはっとさせた。はっきりとした「使命感」ではなくても、何かしらそれに似た感覚(私がやらなきゃ、私ならできる、私にもできる、どうしてもやりたい…)を得ているとき、人はその仕事を続けるのだろう。

 このテーマはまたゆっくりと考えていきたいと思う。

 

 第1話で来栖が未谷の前職である大手広告代理店に赴き、未谷の元上司に向かって「あなたのやっていたことはパワハラですよ」と言い放ったシーンは痛快だった。

 

あなたの人生このままでいいんですか?

 これは、来栖が発する普遍的な問い掛けである。

 

追記①

 環境は良いのに仕事が合っていない、ということもあるだろう。とくに悩ましいのは、好きな仕事、合っている仕事をしているのだが職場環境が良くない、という場合ではないだろうか。仕事と上司、同僚、社風…。どちらに重きを置いて選択するか…。

 でもきっと、どちらも好条件(100%ではないが)の仕事は必ずどこかにあるはずだ。そして、もし既存の仕事のなかに満足できる物、場所がないのなら、自分でその仕事、場所をつくるしかない。それは多くの学者や知識人も語っていることである。

 

追記②

 来栖と未谷が実は3年前に偶然出会っていた、というエピソードがある。来栖はどん底のとき、未谷は大手広告代理店に就職が決まって希望に燃えているとき。来栖のほうは未谷のことをもちろん覚えていて、そのうえで第1話の流れがある。明るく元気だった未谷が、3年後、別人のようになって来栖の前に現れた。

 けっこう良いエピソードなのだが、私としてはちょっと解せないことがある。未谷はその話を来栖から聞くまで来栖のことを全く覚えていなかったのだ。そんなことってあるだろうか?あんなに近くで長い対話までして。しかもその男性(来栖)の足が悪いことも分かっている。記憶がなくなるほどそれほど未谷は浮足立っていたのか、その後の苦難によって記憶が薄れてしまったとでも?なかなか納得できない展開だった。どんな効果を狙っているのか分からないが、むしろ取ってつけたようなエピソードになってしまっているようにも見えた。

 そこだけちょっと残念でした。

 

 シーズン2を望みます。

「転職の魔王様」来栖(成田凌)と未谷(小芝風花)a la TsuTom ©2023kinirobotti