予想に反して素晴らしいドラマだった。
「この素晴らしき世界」フジテレビ2023年7〜9月/木曜夜10時
脚本/烏丸マル太
出演/若村麻由美 木村佳乃 マキタスポーツ 平祐奈 中川大輔 猫背椿 沢村一樹 他
いったいどんなドラマなんだろう、とおそるおそる(?)観はじめた。そもそもタイトルが何のことを言っているのか奇妙に感じていた。
スーパーマーケットでパートタイムで働いている主婦・浜岡妙子(若村麻由美)が、ある日突然、女優の若菜絹代(若村麻由美)の替え玉を依頼される。絹代は疾走してしまったのだ。妙子は絹代に容姿も声もそっくりだった。
平凡な日常をなんとなく過ごしながら、夫の生活態度にいささか不満も覚えていた妙子は、支払われる礼金の額に魅了されて、戸惑いながらも替え玉を引き受ける。
そこから、面白おかしく、さらには謎も匂わせながら、物語は小気味よく展開していく。不倫騒動の記者会見の評判が良かった妙子(若菜絹代)には、コメンテーターの仕事まで舞い込む。
ネット情報によると、当初主演は鈴木京香だったが体調不良で降板したとき、ドラマの撮影は延期となる方向もあったそうだ。が、若村麻由美が引き継いでくれることになって共演者たちも安堵した、とか。脚本の烏丸マル太という人物は、プロデューサーの鈴木吉弘。同じプロデューサーの水野綾子と監督の平野眞と相談しながら書いた。30年間あたためてきたシナリオらしい。ただし30年前には、主人公は20代の設定だった。
コメディなんだけど、最終話の回収を観るとかなり社会派と言わざるを得ない。
加えて、ジャニーズ事務所問題と奇妙にシンクロしている。
芸能プロダクション曼珠沙華の社長・比嘉莉湖(木村佳乃)は、創業者である父親が倒れたため、その後を引き継ぐことになってあれこれ奔走している。古株たちは莉湖のことをまったく評価していない。
若菜絹代の疾走もさることながら、プロダクションは別の訴訟問題も抱えており、実はてんてこ舞いだった。
そんななかで、ドラッグパーティーで死亡したタレントの真相をつきとめていくことになる。ドラッグを与えたのはあるテレビ局のディレクターだと分かったが、みんな遠慮してそれを口にできない。見て見ぬふりをするしかない。
操り人形でいることがいやになった女優の氾濫と、いち主婦の目から見た正義の発動が相俟って、古き悪しき習慣を打ち破っていくという物語、というふうに私は理解した。
このドラマの真骨頂は、夕方の報道番組内で発信することになった若菜絹代(妙子)のメッセージにある。そしてこれは、ドラマの方向性とその全てを物語っている。ゆえに、その絹代と妙子からのメッセージをここに記載することは、「この素晴らしき世界」のドラマについて語るにあたって必要なことと感じ、以下に抜粋する。
若菜絹代の人生はひとりの男性によってつくりあげられました。若菜絹代の成功とともに、その人物も大きな力を手に入れた。
私の人生をつくったのは國東統次郎(堺正章)という人物です。彼はその権力を維持するために、結果として多くの人を傷つけ、自由を迫害し、さまざまな悪事に手を染めることとなった。
若菜絹代の地位と名声は、その不正な力でつくりあげられ、不正な金で買われたものとなりました。私は國東さんを恨んでいるわけではないです。
こうした事実は明らかにされる必要がある、と絹代(妙子)は続ける。若い世代にこうした間違った歴史が引き継がれてはならないから、と。
この世界をもとに戻すために、私は私自身の手で私の人生を一度壊してしまう必要があると気づきました。
それでは本題に入りましょうと、ある殺人事件についての真相を語りはじめる妙子(絹代)。帝都テレビのディレクターが犯人であることを暴露する。
被害者女性が所属していた芸能事務所と帝都テレビがその事実を認識しながら結託してそれを隠蔽したのです。國東統次郎氏が各方面に圧力をかけて真実を隠蔽したのです。
私たちおとなはこの世界に生きる若い人たちが希望を失わないようにこの世界に絶望しないようにできる限りのことをしなくてはなりません。
なにもせずにこの世界を引き渡していくような無責任はきっぱりと否定しなくてはなりません。
この世界には悪意のある人間が存在します。
だけど、私たちの問題は、多くの人たちがそれに気づいているのに実際には何も変えられないことのほうだと思うのです。
正しさが口をつぐみ、良心が言葉を飲み込んでしまってきたこと、私たちひとりひとりの個人と世界との間にある得体の知れない何か、人間関係、職場、社会、学校、規則、ときにそれは友人や家族なのかもしれない。
私はずっと考えてきてようやく気が付きました。そういう得体の知れないものに気を取られて、若い人たちがこの世界の本当の姿を見ることができなくなっているとしたらそれは、不幸なことなんだと。
そういうよく分からない何かに、自分を合わせていく必要なんてないんです。
人は誰でも、自分の人生の選択をする権利を持っています。その権利を奪うことは、たとえそれが親であっても許されない。そうでなければ、その人はその人の人生を生きたとは言えない。
分かれ道にさしかかったとき、どちらの道が正しいのか、その答えは誰にも分からない。だから自分で決めなくてはいけないのです。自分で必死に考えて、自分の直感を信じて、自分自身で答えを決めて歩き出さなくてはいけないのです。
ときに間違いを犯すこともあるでしょう。そのときも逃げ出さずに向き合って、責任を背負って、自分の足で進むことが大切なんです。自分で後悔して、自分で苦しんで、自分で喜び、涙して、生きていくべきなんです。
そうやって生きてきた人だけが、そうやって生きた人だけが、本当に気づくことができる、本当の心で感じることができる。
そしていつかきっと、誰もが同じ思いになることができたら、どんなにか良いでしょう。この世界は、本当に、素晴らしいのだと。
素晴らしいメッセージ。
若い奴らがこの世界をだめにしているなどとほざいていた大御所たちが糾弾され、その若いディレクターやADが妙子(絹代)のスピーチに拍手を送った。
そしてこれ、今(2023年)起きているジャニーズ事務所問題と奇妙に見事に重なる。加えて、芸能プロダクション曼珠沙華の社長を演じているのは木村佳乃。東山紀之の妻だ。こんなシンクロってあるんだろうか、と思わず知らず問いかけてしまうくらいの秀逸なシンクロだ。
「若菜絹代の地位と名声は、その不正な力でつくりあげられ、不正な金で買われたものとなりました。私は國東さんを恨んでいるわけではないです」
ジャニーズ事務所のこれまでの仕事の仕方もたぶんこんな感じだったのだろうと推測できる。そして、恨んではいない、という絹代。ジャニーさんに感謝しているというジャニーズ事務所のタレントたち。
「間違った歴史が引き継がれないように、この世界をもとに戻すために、私は私自身の手で私の人生を一度壊してしまう必要がある」
ジャニーズ事務所も一度解体すべきだ。なぜなら妙子(絹代)が言うように、そのままだと歴史は引き継がれてしまうから。新会社を設立したとしても、ジャニーズとは全く違う人々によって運営されるのでなければ、引き継ぎは行われてしまう。なぜなら、そこで働いていた人たちは、そのやり方しか知らないし、そのやり方で成功したという感覚を持っているからだ。
「その事実を認識しながら結託してそれを隠蔽した」
ジャニーズ事務所とマスメディア各社の構図そのものだ。
「この世には悪意のある人間が存在する」が、
「問題は、多くの人たちがそれに気づいているのに何もしないこと」
「正しさが口をつぐみ、良心が言葉を飲み込んでしまってきたこと」
「私たちひとりひとりの個人と世界との間にある得体の知れない何か」「それに気を取られて、若い人たちがこの世界の本当の姿を見ることができなくなっているとしたらそれは、不幸なこと」
奇しくも井ノ原快彦は、記者会見の席で「何だか得体の知れない、それには触れてはいけない空気というのはありました」と発言している。
「得体の知れない」この表現のシンクロは気味が悪いほどだ。
「そういうよく分からない何かに、自分を合わせていく必要なんてない」
「人は誰でも、自分の人生の選択をする権利を持っている」
自分の人生は自分で選択していかなければならない。
誰かに選んでもらったり、選ばされたりするものではない。たとえ親であっても先生であっても。もちろん、良い助言には耳を傾ける価値はある。が、ときに良くない助言をする人もいる。助言を聞き分けるもの自分自身。
皆がそれぞれ自分の足で歩み、尊重し合って生きていける、そんな素晴らしい世界になったらどんなに良いか、と私も思う。
妙子(絹代)のメッセージは、芸能界という特殊な世界にだけ通じるものではない。私たちが生きる、生活するあらゆる世界に言えることだ。
「得たいの知れない何か」を「人間関係、職場、社会、学校、規則、ときにそれは友人や家族なのかもしれない」と妙子は言っていた。
いわゆる忖度だったり、世間体という戒律だったり、世の中には人を束縛する要素が溢れている。そしてそれはちっとも優しくない。
絹代(妙子)のように気づいた人たちから始めなければならない。
このドラマは、いち主婦・浜岡妙子の大冒険というコメディドラマを装いつつ、実は若菜絹代のマネージャー室井セシル(円井わん)の復讐劇という壮大なドラマがはじめから仕組まれていた、ということが最終話で判明し、回収される。ドラッグパーティでディレクターに殺されたタレントは、セシルの姉だったのだ。
円井わん、これからが楽しみな俳優だと感じた。
妙子の夫を演じたマキタスポーツも良かった。ぐうたらぶりにはイライラさせられたが、でも実は新しい感覚を取り入れていこうとしている様子が健気だった。
朝ドラ「ひよっこ」で夫婦役だった木村佳乃と沢村一樹(若菜絹代の夫)が、再び共演。この二人も適役だったのではないだろうか。
西村まさ彦など悪役の面々の演技力は抜群として、その他若手俳優たちもみな清々しくて好感が持てた。それぞれ応援していきたいと思わされるほど。
猫背椿は、相変わらず素敵なコメディ俳優だ。
主題歌が小田和正なんだけど、このオープニングの雰囲気「恋ノチカラ(2002年フジテレビ)」を彷彿とさせる。深津絵里主演で、私の大好きなドラマのひとつだ。これには猫背椿も西村まさ彦も出ていたなぁ。
そう思っていたら、プロデューサーが鈴木吉弘。すなわち「この素晴らしき世界」のプロデューサー+脚本と同じ人物。なるほど。
視聴率はなかなか厳しかったようだが、ぜひ配信などで観てほしいドラマだ。
主演は若村麻由美でよかった、と私は思っている。