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ドラマ「わたしのお嫁くん」〜威張っている人、意地悪な人がいない世界を哲学してみた

い〜いドラマだったぁ〜。

 

「わたしのお嫁くん」2023年4〜6月フジテレビ 水曜夜10時

原作/柴なつみ 脚本/橋本夏

出演/波瑠 高杉真宙 竹財輝之助 古川雄大 仁村紗和 前田拳太郎 中村蒼 ヒコロヒー 他

 

 なんというか、これまでのどのドラマよりも平和でフラットな世界が描かれていたように思う。

 あらゆるシーン、あらゆる登場人物が、これまでのドラマではなかった展開、様相を示してくるのである。それは決して裏切らない。いや、別の言い方をすれば裏切ってくる。すなわち、定番的に予想される展開とは違うので。

 

主要登場人物(数字は年齢)

速見穂香32(波瑠)

山本和博26(高杉真宙

山本正海40(竹財輝之助

山本薫35(古川雄大

赤嶺麗奈26(仁村紗和

花妻蘭23(前田拳太郎)

古賀一織35(中村蒼

高橋君子32(ヒコロヒー)

 

 速見は、大手家電メーカー営業部で成績No1の優秀社員。山本はそんな速見の後輩。

 山本は速見に密かに思いを寄せている。

 ある日、ひょんなことから山本は速見の部屋を訪れることになり、そこで片付けられない散らかり放題の速見の部屋を見てしまう。

 山本は速見の部屋を整理整頓し、美味しい食事もつくってみせる。最強の家事力の持ち主である山本に、速見は「山本くんがお嫁にきてくれたらいいのに」と言ってしまったところから「お嫁くん」の物語がはじまる。

 同居することになった二人。

 山本の兄たちは速見の品定めをし、禁止事項を約束させる。山本の兄である正海と薫も完ぺきに家事をこなす。離婚して忙しくしていた母に代わって家事をし、年の離れた弟を親がわりに育て、溺愛してきた。山本の家事力はこの兄たちに仕込まれた。正海は和食、薫は洋食のエキスパートで、文字通り性質も全く違う。兄たちの心配は、速見の家事力よりもむしろ、速見が弟の上司だという点にあった。つまり弟が上司からの命令を断れないのではないか、というような。

 

 速見と山本の同居生活、これが社会風刺になっている。このドラマは、ラブコメディであると同時になにげに社会派コメディでもあるところが、なんといってもすごい。あからさまに主張してくるのではなく、なにげに。

 世間的に言えば、この二人は男女が逆転している。だから「お嫁“くん“」なのである。速見は、家事(掃除洗濯炊事)を丁寧にやってくれる山本に対して、自分は何もお返しできないと悩むエピソードがあったが、そのとき自分は夫の立場だから、お金のことは全部任せてほしいと提示したりする。

 世間一般では、夫が稼いで妻を養ってやる的な価値観がいまだはびこっているかもしれない。でも速見と山本は、山本がやってくれる家事へのお礼として金銭的な協力を申し出る。といってもお金を渡すとかではなく、使いやすい家電や調理器具をいっしょに探して購入したりする。速見の「こんなことくらいしかしてあげらない」といった心持ちがなんとも優しいではないか、というかジェンダーレスだ。世間一般的には、逆の雰囲気ではないか?夫は食べさせてやって何でも買ってやるんだから、妻は家事くらいしろ的な。家事くらいというほど家事は簡単なことではないのに。

 味噌汁のだしをとるのに早朝から鰹節を削ったりして、会社で疲労を隠せない山本。速見は、だしの素で十分であることを証明して家事への負担を減らすように促す、というエピソードもあった。今どき鰹節を削っている妻はほとんどいないだろうが、一方でこれは家事の大変さを象徴してくれたひとつの良い例だった。ここでは、速見が山本の苦労(山本は好きでやっているのではあるが)を慮って、楽にすることを提示するという配慮を見せる。世間一般的には、おそらく夫は妻の苦労を知らない、気づかない。

 家事は誰がやってもいい。得意な人がやるのが一番いい。あるいは、できるときにできる人がやればいい。そもそも家事は日々の生活だ。生活なくして仕事もない。

 夫が仕事に集中できるように嫁をもらえ、という風潮は今でもあるだろうか。あるとしたら、それは時代錯誤、男尊女卑、家父長制の類いであろう。

 

 そういえば、このドラマには「威張っている人」はひとりも出てこなかった。「意地悪な人」もいなかった。

 そう、上にも書いたが、このドラマはある意味でドラマの定番を裏切ってくる。すなわち、穏健な視聴者の実はこうあってほしいを裏切らない。いや、ドラマの定番を期待している人にとっては裏切りかもしれないが。

「ドラマの定番」とは、横暴な人や意地悪な人が主人公を窮地に追い込む「あれ」である。それは上司だったり、同僚だったり、近隣の人だったり、友人だったり、親だったり…。

 このドラマでは性悪なやつがどこにもいないのである。

 山本の兄たちがいわゆる姑根性的な人なのかな、赤嶺が山本を好きで速見を追い詰めるのかな、花妻が速見を好きだから一騒動起きるのかな、速見と山本の同居について上司からあれこれ言われるのかな、古賀も速見を好きそうだから……というのが、私がドラマを観ながら嫌だなそうなったらと反応していた一部始終。いつものドラマなら、これらは刺激的展開の十分な要素だ。

 でも、そんなぐだぐだどろどろは全くなかった。

 

 え?何も起きないの?つまんないじゃん。

 いやいやそうじゃない。私たちはドラマのネガティブな展開にものすごく洗脳されているのだ、と私はあらためて思った次第。

 ちょっと嫌な誰かが出てくれば、かき回される、いじめられる、傷つけられる、否定される…、そんな流れが染み付いている。そんなドラマばっかりだったから。

 悪い人が一人も出てこないドラマや小説じゃだめなんだ、とある人が言っているのを聞いたことがあるけれど、確かに起承転結ということを念頭に置くと、それは手っ取り早い構成、表現のテクニックになるのかもしれない。

 加えて、実社会のなかではそんなにいい人ばかりいるわけじゃないし、いやむしろなんだったら悪い人のほうが多いかもしれないし、不幸の連続みたいなことはいくらでもあるし…という見方もあるだろう。

 確かにそうかもしれない。過酷なことはいっぱいある。悪人が成功して、善人が虐げられる、正直者がバカを見る、そんな世の中であることは否めない。

 さらに見方を変えると、そんなドラマばかり観ていたら、そんなふうになってしまう。みんな(視聴者)がそういう世界を信じてしまっているわけだから。実際に私自身も、上に書いたような次の展開を予想しながら視聴したりしていたわけなので。

 いつもと違うパターンがそこに現われることが新鮮だったし、嬉しかった。気持ちが楽だった。

 とくに速見の上司である佐々木部長(伊藤正之)の部下たちへの態度、接し方、話し方が、大変良かった。叱ったり怒鳴ったりしない。いつも笑顔。その姿を観ていたら、なんだかとても安心した。どれだけ実社会ではそうではなくストレス過多なのか、ということを逆に自覚した。

 え?お花畑?そんなことないと思う。

 こういう穏やかな世界が、本当の、本来あるべき世界なのだと私は思っている。なぜいつもギスギスしていなければいけないのか。なぜ誰かが誰かに威張っていたり、パワハラ的でなければいけないのか。それは何かが、どこかが間違っているはずだ。

 まさにフラットな世界を見せてもらった。

 

 速見の相談相手である花屋の君子も、おだやかな人だ。

 私は君子が言ったひとことが忘れられない。山本家と速見と君子でキャンプをしたときのこと。薫のことを「くせの強い人だけど、あんがいいい人なのかも」というつぶやき。そうなんだよね。山本の兄二人は、両方ともかなり個性的なのだが、基本的には筋の通った善人なのだ。

 

 速見が病気で会社を休んだとき、山本は出張でおらず、そのことを知った正海と薫、さらに赤嶺と花妻がマンションにやってきて世話をしようとするエピソードがあった。全員が全員のやり方で速見のためにおかゆをつくったりする。それはついに競争に発展してしまい、最後には帰宅した山本に、病人の世話に来て悪化させてどうするんだ、と叱られてしまうのだが、速見のことを思っての行動だったわけでなんとも微笑ましい、と言っては速見に申し訳ないが。

 以後、この4人が集まると、愉快なシーンが展開されて面白かった。

 ちなみに、赤嶺が山本と速見を引き離そうとしているのは、山本を好きだからではなく、速見が赤嶺の「推し」だから。大ファンらしい。

 花妻もいっときは山本に恋の宣戦布告をするが、さまざま状況を理解して、次第に応援に回っていくようになる。

 

 簡単に言うと、仕事はできるが家事はまったくできない速見のことを、よってたかって心配してくれる会社の人々と家族たち(速見の両親も祖母も、早合点だけどとてもいい人たち)の物語、とも言えなくない。そう考えると速見はとても幸せな人だな。

 

 話は戻るが、あまり心地の良くない展開にいまいましい思いをしながら観るドラマよりも、善人が騙されて悪人が勝つドラマよりも、良い人ばかり登場して、ほっとできるドラマのほうが、視聴者の精神を安定させるのではないか、と私は思っている。ひいては、それが社会に優しさや思いやりを広げてくれる。

 ドラマや映画の影響というものをバカにしてはいけない。

 戦争中には人々を駆り立てる映画をつくる、人の心を優しくするものは見せなかったりしてきたという過去の事実もある。

 ドラマや映画を観て、犯罪を犯す人もいる。

 じゃあ、善人ばかり出てくるドラマや平和なドラマばかりを観て、実社会ではそんなことないわけだから、簡単に騙される人間になってもいいのか、という意見もあるだろう。刺激的で衝撃的なドラマを観て、免疫をつけておいたほうがいい。たしかにパニック時への対処法などや、宇宙人と遭遇したときの心構えなど、映画やドラマから学ぶことは多い。

 とはいえ、私は「わたしのお嫁くん」のようなドラマが増えてくれることを期待している。

 

「わたしのお嫁くん」は、会社の支店開設にともなって、古賀とともに山本が福岡へ行くことになるところで終わる。

 山本は家事のできない速見をひとり置いて福岡へ行くことをためらう。が、速見は、山本がやりたいことをしてもらいたいと、背中を押す。

 山本は総務部から誘われていた。山本が総務部へ行けば、重宝に使われて、いずれ総務部長になる、その姿が見えると速見は言う。総務部長なんていいじゃん、と思うかもしれないが、山本がやりたいのは企画開発。だったら、福岡へ行ったほういい、と。

 これもまた、互いを思い遣るすばらしい選択だ。

 週末は東京へ帰ってきて家事をする、という山本。

 遠距離の二人になる。

 またここで、新しい展開や問題提起もできそうだ。

 シーズン2はないのかな。

 FODで特別編を観ることができる。遠距離になった1年後。観たい!

 普通にテレビで放送してくれ。

「わたしのお嫁くん」a la TsuTom ©2023kinirobotti