この回はたいへん意義深い物語だった。
「Get Ready!」日曜夜9時TBS
第4話
ゲスト/美村里江
天才彫刻家の古賀洋子(美村里江)は、脳腫瘍を患っている。大学病院では、腫瘍摘出は不可能で余命は半年と告げられる。
仮面ドクターチームのジョーカー(藤原竜也)が、次の患者として洋子を選び、自分たちなら腫瘍を取り除くことができると話す。6億円で手術を依頼する洋子。
しかし、MRI画像を確認した執刀医のエース(妻夫木聡)は、洋子が後天性サヴァン症候群であると見抜く。まったく頭角を現していなかった洋子。5年前、突然作品が認められ、世界でその才能が高く評価された。腫瘍が現れたと推測される時期と一致する。洋子の才能は、腫瘍によって脳が傷つけられて発症したサヴァン症候群によるものだったのだ。
命を選ぶか、才能を選ぶか、自分で選択するようにエースは言う。
洋子は彫刻(作品)の鼓動が聞こえると言う。腫瘍を取ったらそれが聞こえなくなる。それは嫌だ。
多く画廊を経営する一族の息子で自分のマネジメントをしてくれている恋人、を失うのも怖い。二人は洋子の才能でつながっているのかもしれない。
恋人は手術を受けるように強くすすめるが、洋子は、生きていてほしいのは今の私でしょう、と言う。けれども、彼は才能ではなく、洋子に生きていてほしいと真剣に願っていた。
洋子は、決断する。才能を選択した。
エースは、腫瘍の一部を切除し、一時的に神経と視野の症状を回復させる手術をおこなった。
洋子は、一芝居うって、恋人と別れた。弱っていく自分に付き合わせるのは申し訳ない、と。
そして、最後の作品を完成させる。
洋子のいない展覧会。車椅子に笑顔で座る洋子の大きな写真パネル。命を賭した芸術家の最後の魂が、なんとも穏やかだ。「死を見つめる獣」は、気迫のエネルギーそのものだった。
自分で選べば後悔はない、と言うのは容易い。なぜなら、自分で選んでも後悔することは多々あるので。
洋子だって、腫瘍を完璧に摘出して生きていくことはできた。才能だって全くないわけではないだろう。それなりの作品は残せたかもしれない。
けれども、どの程度どうなるのかは、全く売れなかった彫刻家時代を経験している本人が、残酷だが一番分かっていたのだろう。ゆえに、特別な才能が失われてしまった自分の命を生き永らえることを放棄した。たとえそれが恋人と生涯寄り添える人生だったとしても。
すなわち洋子は、恋人との人生よりも、自分の命よりも、なによりも才能、彫刻を選んだわけだ。大好きな彫刻を。
彫刻が好きなら、たとえ天才的才能がなくても、生きていれば好きなことを続けることはできる、と私などは思ってしまうかもしれない。
けれども、洋子は脳腫瘍という病気によって、言ってみれば才能を授かってしまったわけで…そこからは元には戻れない、のだろうな…。
「アルジャーノンに花束を」では、知的障害を持つ青年が、臨床試験の被験者として脳の手術を受ける。すると手術は成功して、青年はIQ185の天才に変身する(性格に問題が生じるが)。しかし、この手術は完璧ではなかった。時間の経過とともに、知能は再び失われていく。
この場合、天才青年は知能が失われる前にこれから天才の自分が失われるという認識を持つが、失われたあとの青年は知的障害者なので、おそらく無自覚であろう。むしろ周囲の人間たちの戸惑いのほうが大きいのかもしれない。
洋子の場合は、本人がいずれにしても明確な意識を持っているがゆえに、一度体験した素晴らしい人生と自分自身の才能と世間の称賛を失うことに耐えられないかもしれない。
いや、この物語のなかの洋子は、そうした下世話な価値観からではなく、たとえ病気が原因だったとしても、そこからやってくる作品の鼓動を聞くという創作のプロセスに喜びを見出している、そんな自分を最後まで貫き通したい、そうした自分を生きていきたい、と思った。
病気も自分の人生、それによって授かった才能も自分自身、誰でもない自分であることには間違いない。
そして、人はそれを「運命」と呼ぶのかもしれない。
洋子の選択は、壮絶で尊い芸術家の「それ」だったのだろう。
洋子が、脳は不思議だ、と言っていたが、ある種のギフト(才能)というのは努力や頑張りとは別の次元にある、という視点もこのドラマは語っているのかもしれない。
エースが日に日に弱っていく洋子のもとへお金を返しに来るシーンがある。あの手術だと5千万円で十分だと言って、残りの5億5千万円を返却に来る。洋子は、受け取らない。自分にはもう必要ないから、と。死にゆく自分にお金は必要ない。確かにその通りだし、悟りでもある。洋子の決意と覚悟がここからも滲み出る。もしかしたらこの訪問には、最後のチャンス、すなわち洋子の心変わり(腫瘍をすべて摘出する)を促そうというエースの意図もあったのかもしれない。
人生は選択の連続だ。自分で選択しても後悔することはあると上に書いたが、ジェーン・スーが次のように書いている記事を目にした。
何事も、先に決まっている正解はありません。50年近く生きてきて、自分が選んだほうを自分で正解にしていくしかないのだなと我が身を振り返りしみじみ思います。
(毎日新聞「人生相談」2023年2月3日)
全体的に良い出来のドラマでもそうでないドラマでも、ピカイチの回があったりするものだ。あるいは、結局この回だけが傑作だったよね、というようなこともある。
「Get Ready!」の第4話は、その種のエピソードではないかと私は思う。
例えば「死神くん(2014年テレビ朝日/主演 大野智)」は、第1話だけがよかった。「フラジャイル(2016年フジテレビ/主演 長瀬智也)」は、第5話が傑作だった。
人の心に深く残るエピソードには、個別的にこれからも注目していきたいと思う。
洋子を演じたゲストスターの美村里江は、最近こうした良い役回りに当たることが多いような気がする。「家庭教師のトラコ(2022年日本テレビ/主演 橋本愛)」では新聞記者で幼い娘の母親だったが、この役もたいへん良かった。「MUI404(2020年TBS/主演 星野源 綾野剛)」第4話でも、たいへん見どころのある女性を演じていた。いずれも自分の意志をしっかり持とうとする一生懸命な女性である。