ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「毒親と絶縁する」〜親の呪縛を解こう!〜

ついに。

実は私も……

 

毒親と絶縁する」古谷経衡著 集英社新書

 

2019年3月。古谷さんがツィッターとメルマガで、親から受けた仕打ちと決別について書いていた。

とても興味深かった。なぜなら私自身、実家とは絶縁して久しいからだ。

その後どうなったのかなぁ、あれから何も発信がないなぁ、と思っていたら、2020年10月、なんとずばりそのもの「毒親と絶縁する」というタイトルの書籍が出版された。

「お〜」という感じ。

 

ここには、著者の両親、祖父母らの分かる範囲での生い立ちから、著者の誕生とその信じがたい身の上話が詳細に書かれている。

これはかなり壮絶だ。壮絶だけど、子どもというのはそんななかでもなんとか適応して生きていこうとする。虐待やモラハラを受けている世の中の子どもたちの大部分がおそらくそうだ。

だが、そんななかでも古谷さんはとても強い人だと思った。あれこれ思考を巡らせて、計画して、工夫して、大学を卒業し、自分の道を歩んでいく。

そして文筆家になって、知的な発信をしてくれている。

細かい内容についてはぜひ本をお読みいただきたい。

 

私はタロット占い師という仕事をしている。親子関係の相談は多い。いや、多いというと語弊がある。相談の第一声が親子のこと、というのはむしろ少ないからだ。仕事や恋愛の相談について対話しているうちに、親子関係の不具合が相談者さんの口から出てくることもあるし、カードが語ってくれることもある。カードは正直で、本人が隠していたり、気づいていなかったり、忘れていたりすることを教えてくれる。そして、前に進めない理由や、悩みの本質が「そこ」にあることが判明する。なので占い師としては、親子関係の相談が多い、と感じてしまうのかもしれない。

 

古谷さんほど激烈ではなくても(比較はできないだろうが)、家族や親子関係の問題が自身の人生にマイナスな影響を与えていたり、それこそ「呪い」のようになっていたりすることは、多かれ少なかれ誰にでもあるものだ。

家父長主義的環境では、子どもは常にビクビクしていなければならない。それを昔からしつけとかなんかと言っていたりもする。日本だけではない。西洋にも同様の様相はある。親が子どもをコントロールしたがる支配欲。養育でも教育でもない。しかも「しつけ」ってなんだ?しつけなくいい。思いやりの心を伝えればおのずと品位は身につく。この話題は別の機会に。

 

親から受けた物理的精神的体験がトラウマや呪縛となって、現在の自分の行動や生き方にプレッシャーとなっている場合もある。

兄弟姉妹がいる場合、自分だけ可愛がられなかったという記憶を持ち、その傷から抜け出せずにいる人もいる。

実家ではお菓子を食べさせてもらえなかったというある女性は、結婚して親から自由になって、思いっきりお菓子を食べまくったという話もある。とても分かりやすい例だと思う。

 

この問題の一番やっかいなところは、相談にのってくれる人がまずほとんどいない、というところだ。

今でこそ、虐待を通報するシステムもあるが、例えば学校で誰かに話せば、まずは信じてもらえなかったりする。長じてから過去の経験や現在の親への思いを話すと、親不孝だとか、親は大切にしなくちゃとか、あなたのためを思ってなんじゃない、などと物理的、あるいは精神的に傷を受けている当の本人のほうが悪者にされてしまう。

 

私の場合、自らの境遇の哀れさに気づいていなかった。塾で英語を教えていた(のちに家庭教師になる)生徒の家にお呼ばれして行ったときにとてもショックを受けたのだった。え?親子ってこんなにやわらかい関係なんだ、と。ここから私の苦しみが始まった。気づかなければよかったのだろうか。いや、遅かれ早かれいつかは気づくことになるだろうし、こういったことを考え抜いてきたので、同じような悩みを抱えている人を助けたい、と占い師になった。

私が60歳になったら、あなたとあなたの家族から教えてもらった私を救ってっくれた素晴らしいことを話すね、と中学生の彼に言った記憶がある。話せる機会はあるのだろうか。

私の体験談をここに記すと膨大になってしまうので細かいことは書かない。いずれ機会がもしあれば書きます。

 

私の場合、夫が良き理解者だった。子どもを嫌っている親もいる、ということに同意してくれた人だ。私の母は私のことが嫌いなんだということが分かった、と言うと、必ず誰もが「自分の子どもが嫌いな親なんかいない」と言う。「親には感謝しないと」と言う。特に宗教だなんだとやっている人たちは、思いっきり彼らなりの善意を押し付けてくる。え?お釈迦様だって逃亡(出家)したじゃん。

 

占いをしているとき、親子仲の不具合に悩んでいる人には、親から逃れる方法のひとつとして、結婚して自分の家庭、家族をつくる(当たり前だけど親との同居ではだめですよ)という手段があることを勧める。もちろん、十分余力のある人は一人暮らしをすればいい。程度により、また時と場合により一概ではないが、究極的にも応急的にも、親から逃げるには家を出なければならない、出たほうがいい。

 

7年ほど前のことだが、私がちょうど親子関係についてあれこれ書いていた時期、私の占いを頼ってわざわざ長野から東京の私を訪れてくれた相談者さんがいた。親のみならず、兄弟姉妹との関係に負担を感じていた。ずっとお話をされていて、ほとんどカードをひかなかった。もう彼らとの付き合いをやめよう、自分の家族を大切にしようと決めていいものかどうなのかの確認に来られたようだった。もちろん私は背中を押しました。

 

男性からも女性からも、結婚や子どもを持つことについての同じような悩み相談をよく受けていた時期があった(時期によって特徴的な相談が重なるのは何でだろう。社会的なことなのか、私の学びなのか)。それは「自分に子どもが育てられるのか」という相談である。すなわち、自分が虐待されて育ったので、自分も自分の子どもに同じことをしてしまうのではないか、という不安だ。怖くてしょうがない、と訴える人もいた。

自分は大丈夫かなと思っているということは、自分が「やられた嫌なこと」を自分で理解できているわけなので、親を反面教師として受け止めることができている。ゆえに、大丈夫だ。きっと子どもに理解のある親になれる。自分がしてほしかったことをしてあげればいい。もちろん、子どもにはそれぞれ個性があるので兄と弟が欲していることは違う、ということも敏感に感じつつ。古谷さんも子育て中。

 

子どもを持つということに関するもうひとつの興味深い感覚がある。話を聞いていると、本当に自分自身が子どもを育てたいと思っているのかどうなのか、ということだ。そこに親の存在が見え隠れしていることがある。親に孫を見せてあげたい、きっと喜ぶだろうというのは親に対する尊い気持ちだと思う。が、その根底に横たわっているのが、親への承認欲求であることがある。親を喜ばせてあげたい気持ちは大切だ。だが、例えば子どもは欲しいけど仕事が…といったように天秤にかけて悩んでいるということは、悩みの本質をずらしながら親にいまだ支配されているということを奇しくも証明してしまっている。よくよく話を聞いていくと、どうやらいささか毒親の気配が漂う。

結婚も子どもも、親のためではない。

 

新聞の人生相談にも、親子関係、夫婦関係の相談は多い。夫婦の場合はすぐに離婚して自分の人生を歩んでくださいという回答が多いが、親や家族については、回答者によって違う。もちろん相談者の背景によっては同じ回答者でも回答の様子は変わってくるが、独立を勧める人と改善や理解を勧める人に、回答者の特徴がやや分かれている(あくまでも私が購読している新聞の人生相談です)。

 

私がとても思うは、とりあえずいったん離れること。家賃や生活費の問題が解決できないのなら、そうできるようにがんばりながら無視して暮らすこと。けれども、同じ家にいれば、無視するのは難しい。

どんな親でも親は親、家族は家族であることは間違いない。なので、例えば独立して連絡を取らない、接触しないという選択を躊躇する、というのが実情。なぜなら、自分を親不孝だと思ってしまうから、他人から親不孝な娘、息子だと思われたくないから、だ。

親の支配、呪縛を解くのは、実はなかなか難しい。本人はまさかの親を悪者になどしたくない。親子関係の世間体が無意識に働いている。悩みの理由をあれこれ本人なりに分析して話してくれるが、でもその悩みの根底に親の影があるよね、というのがタロット占い師として私が見てきた感想である。

タロット以外の占いだと、先祖供養してないでしょう、墓参りしなさい、とか言いそうで怖い。そういうふうに占っている人をそばで聞いていたことがある。ますます呪縛がきつくなりそうだ。

 

私がとても辛かった時期に救われた言葉がある。

時には、あなたの血のつながった家族があなたの本当の家族ではないことがあります。あなたの両親、兄弟、親類が、あなたを理解しないこともあります。あなたに愛と思いやりを示さない場合もあるでしょう。あなたを拒否し、残酷に扱うかもしれません。あなたには非人間的に扱われても仕方ないような負い目はありません。家族であろうと何であろうと、その人達の虐待的行動のターゲットになることによって、借りを返す、といったカルマ的な責任はあり得ません。誰かを虐待し、傷つけるのは、虐待する人の選択や自由意志による行為です。虐待が当然だということは、絶対にありません。

 

もっと成長すると、あなたは自分を本当に愛してくれる友人や知人に囲まれるようになります。(…)

こうした友人や知人はあなたの本当の家族となります。

(…)身体的なものであれ、精神的なものであれ、(…)虐待を合理化してはいけません。

(「魂の療法」P151〜152)

 

ある日うつらうつらとラジオを聞いていたら、臨床心理学者の信田さよ子の言葉がふと耳に飛び込んできた。正確な文言は覚えていないが、意味としては

「子どものころに受けた事々の責任は100%親にある」

というような内容だった。すなわち、子どものあなたには一切責任はない、あなたは悪くない、ということだった。こんなに明瞭に断言してくれる人がいるんだ、と心がすっきりしたのを覚えている。

虐待死した女の子の事件もあったが、彼女はもう悪いことはしません、いいこになります、と言ったり書いたりしていたと報道された。たいていの子どもが、親の愛を得ようとして、こう言うのだ。

 

俳優の東ちづるも母親との関係を悩んでいて、いっしょにカウンセリングを受けたりしたともう随分前だが、どこかで読んだ。結局母親のカウンセリングはあまり上手くいかなかったように書いていた。先日仲良くテレビ番組に出ていた。仲直りできたのか、ちづるさんが許したのか、絶縁はしていないようだ。

タレントの伊集院光も、家族との関係はあまりよくないようで、もう長いこと家に帰っていない、と以前言っていた。今はどうなのかな。

作家の小川糸も、母親との確執について、思い出をさまざま綴るなかで書いていた。そのなかに

血縁というのは、ときにに厄介で、手ごわい。絆にも、呪縛にも、両方なりえる怖さがある。

毎日新聞連載エッセイ「日曜日ですよ!」2017年12月3日 書籍「針と糸」)

という一節があった。

 

虐待する親は自分も愛情薄いなかで育っているはずだ。その背景を考えれば同情の余地はある。が、それも自分で気づかない限りどうしようもない。なんとか親を助けてあげたいと思っても無理だ。ましてや、これまで受け取れなかった愛を親から得ようとしてもできない。親への承認欲求が、親との関係をますます歪め、そして逃れることができなくなる。

 

どこかで断ち切らなければならない。自分の立場に気づかなかければ、同じことが繰り返されていく。「クリミナル・マインド」(FBIのBAU行動分析課が活躍するアメリカのテレビドラマ)に出てくるシリアルキラーたちも、そうした背景を持っているかわいそうな人たちではある。彼らは外に向けて復讐している。

「先祖のたたり」とか言われているものは、このような断ち切れない連続性のことを言っている、ということもあるのだろうと私は思っている。

 

高橋源一郎はこう言っている。

親は子どもに、愛情も注ぐけれど、「呪い」もかけるのです。

(2018年5月21日毎日新聞人生相談より)

 

「家」や「夫婦」は、ただの場所や関係ではありません。それは、「より良い自分になれる」場所や関係でなければなりません。(…)単に経済的な理由や社会の習慣だから、ではないはずです。

(2020年7月5日毎日新聞人生相談より)

 

大人になって家を出れば、親との関係は「卒業」です。なので「介護」も淡々と、できるだけ他の力を借りながら、必要最小限、関わるだけでかまわないと思います。

(2020年6月28日毎日新聞人生相談より)

 

介護もやっかいだ。

毒親介護」という書物について、こちらで触れたことがある。そこでは、辛い気持ちを抱えつつ介護に取り組んでいる何名かの実例と心の内が綴られていた。そのなかにも、古谷さん同様、え〜、本当にそんなことあるの?映画かドラマじゃない?と耳を疑うような毒親の事例が紹介されていた。

 

古谷さんは、絶縁したとはいえ、介護という現実がやってきたときどうするのかな、と思った。施設に入ってもらえばいいのだろうとは思うし、古谷さんのことだから、もしものときは首尾よく手配できるのだろう。プランAプランB……とすでに考えているのかもしれない(勝手な想像です)。妹さんもいるようなのだが、妹さんは両親と仲良くやっているのでしょうか。妹さんについては、妹がいるということしか触れていない、という配慮。

 

私は幸い、介護という問題に直面することはなかった。私だったらどうしただろうか。きっと全く無視して見殺しにするわけにもいかないだろうし。けれども呪いを掛けられたうえに、介護でまで呪縛するのか、私の人生は何なんだ、と思ってしまうかもしれません。

だったらほぼ関わらないで、自分の残された人生を有意義に過ごす方を選ぶでしょう。

今は、疎遠になっていた親の遺体を引き取りに来ない子どもも意外と多いらしい。生活保護の審査で親への連絡を拒む人もいるし、親についての連絡が役所から来ても無視する人もいる。

 

古谷さんが被った虐待は「教育虐待」というものだ。〇〇高校から〇〇大学へ、という世間様に優越感の持てるコースを設定して、それを息子に実現させようとした両親。ここまで酷くなくても、学歴や職業について親が子どもをコントロールして自らの自己実現を果たそうとする家庭はあちらこちらにある。ドラマにも度々登場する背景だ。

私は、この本を読んでいて、官僚や政治家のなかに教育虐待を受けていた人がけっこういるように思った。彼らの言動は、単に世間知らずということもあろう。が、「その道」を歩ませるため、ときに「その道しかない」と親から、一族から言われ続けてきた人たちが、その地位を親の力を借りながら獲得したあと、ある種の復讐を国民に対してしているのではないか、と最近とくに思っている。トランプなどもその良い例かもしれない。姪が書いたという本の内容を聞き知るところによると、教育虐待あるいはモラハラの可能性が強い。

古谷さんは自分で気づいて対峙することで、親とは別の道を歩むことができている。とはいえ、いまだにパニック障害を抱えている。

一度受けた精神的な傷は、後年心のアンバランスとなって必ず噴出する。(…)

だから、被害者はむしろその傷を忘れようと努力するのではなく、その傷と向き合わなければならない。結果として、傷は完全に消えないものの、その傷の修復は、傷そのものと向き合ったほうが早くできる。

 (「毒親と絶縁する」P217)

世の中に復讐している官僚や政治家、実業家からユーチューバーまで、自分が被ってきた虐待がいかほどのものであったのか、そしてそのことにいかに自分が傷ついているのかに気がついていないのだ。

「傷の修復は、傷そのものと向き合ったほうが早くできる」とは本当にそのとおりだと私も思っている。けれども、相談者さんのなかにも、その本質に近づくことを嫌がる人もいる。もったいない。

 

また最後にこう書いている。

「親孝行」という言葉が昔からある。子供は親に感謝すべきもので、親が年を取ったらなら子供は親に受けた恩を返さなければならないという、家父長制に基づいた封建的な親子関係を想定した言葉だ。私は「親孝行」を否定するつもりは無い。(…)

しかし世の中には、「親孝行」するに値しない親、というものが存在するという事実はもっと知らされるべきだ。そして「親孝行」するに値しない親には、子供は一切感謝する必要はなく、むしろ自らが受けた被害の回復や謝罪の要求を正当な権利として有しているという事実を、社会が共有することが重要である。

親子関係は、常に良い関係性として、つまり良好であるという模範的状況を前提として学校や社会やメディアの中で繰り返し宣伝されている、だが、そうではない親子関係がある、ということはもっと広く認知されるべきだ。親による一方的な支配が子供を苦しめていること、親による一方的な押しつけが子供の精神を破壊する場合があることを、社会はもっと知るべきだと思う。

(P219〜220)

120%賛同する。私が上で書かせていただいたことを明確に指摘していただいた。

一定の価値観を流すのは、メディアにもやめていただきたいと思う。メディアのなかの人たちだって毒親に苦しんでいる人たちもいるだろうに。

 

 

昔々、中学か高校か記憶があいまいなのですが、中高一貫の女子校に通っていたときの話です。

同級生のAさんは、毎年図書委員を自ら手をあげてやっている、よく図書館でみかける人でした。

放課後の教室で私が友人と二人きりで話をしていたある日、Aがさんがやってきて、笑顔で楽しそうにいっぱい話をしてくれました。そんな日が何日があったように記憶しています。

彼女の話で印象に残っているのは、読書が大好きで、テレビを見ながらでも本を読むんだ、コマーシャルの間ってけっこう読めるよ、と勧めてくれたことでした。

ある定期テストのとき、Aさんがカンニングをしていると、生徒委員から指摘がありました。その処分がどうなったのか全く記憶にないのですが、ただその他にもちょっといろいろ注意を受けることがあったり、迷惑がられていたAさん。

私はこんな噂を友人から聞いたのです。

Aさん、身体に痣がある、おとうさんに殴られてるらしい。

すっごく明るい笑顔で私にいろいろなことを話てくれたAさん。私は胸が痛くなりました。もしかしたらあのとき、何か言いたかったのかもしれない、家に帰りたくなかったのかもしれない、と。

彼女、どうしてるかな。今でもいっぱい本、読んでるかな。

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読書 @kinirobotti