小芝風花ファンというだけで何気に観たが、
面白かった!
脚本/西荻弓絵
クズ男にみつがされたあげくに捨てられて、会社もクビになり、借金取りにまで追われることになった目黒澪(小芝風花)。お祓いをしてもらおうと必死の思いでたどり着いた神社の境内で倒れてしまったところを、四谷伊和(松本まりか)に助けられる。
伊和が澪を連れて行った先は、神社の片隅にあるシェアハウス。
そこには伊和の他に、和良部詩子(池谷のぶえ)、沼田飛世(大倉孝二)、酒井涼(毎熊克哉)という奇妙な4人が暮らしていた。
この4人は妖怪と幽霊。四谷伊和=お岩さん、和良部詩子=座敷わらし、沼田飛世=ぬらりひょん、酒井涼=酒呑童子。それぞれ人間界で仕事をしている。詩子はシェアハウスの管理人、伊和はナース、沼田は弁護士兼経営コンサル、涼はオークション会社勤務のモテ男。
ゲスト妖怪も登場する。番町皿屋敷のお菊(佐津川愛美)、アマビエ(片桐仁)、山姥のやまちょす(長井短)など。
ゲスト妖怪の力も借りて、澪は各怪(このドラマでは第○回ではなく第○怪と表記)の問題を解決していく。
また、妖怪それぞれのエピソードも語られ、そういう物語があったのか、という情報も得られる。
ドラマ紹介にホラーコメディとあるが、ホラー……ではない。が、霊界法則のようなものが何気に散りばめられてもいる。
このドラマの魅力のひとつは、妖怪それぞれがそれぞれの特技、能力を持っていて、それらを互いに認め合いながら上手に使っていくところ。
最近、COVID19の影響もあって、仕事(働き方)や人生について考える機会も増えた。そんななかで、本当に好きなこと、できることをしているのか、という問いかけを積極的に自分でした人もいるだろうし、また学者や作家などの発信に触れて、自分自身を見つめ直した人もいるだろう。
あらゆる事をひとりでやっているとか、実は社員みんながそれぞれ苦手なことをやらされていてパワハラやモラハラのなかで日々を過ごしているとか、ほんの小さな一部のことだけさせられていて自分がいったいどんな仕事をして役目を果たしているのか認識できず生きがいも感じないとか、意味不明な規則にがんじがらめになっているとか。
加えて、社会の様々な不具合や隠されていたことをあぶり出してくれたCOVID19。
理想の社会について学者や作家の多くが異口同音に語るのは、個は自立していて、個の好きなこと=得意なことをし、その個々が集まって創造できる社会。
私も、すでに数年前からそのような理想をあちこちで話してきた。そのときに例に出していたのが「サイボーグ009」と「SMAP」だった。残念なことにSMAPは解散してしまったが。
「妖怪シェアハウス」の妖怪たちは、そういった個と集合の理想型を極端な姿と妖術で、分かりやすく表現してくれた。
ホラーコメディには不似合いな表現かもしれないが、「互いの性質や能力を尊重し合う関係」である。
もうひとつは、澪の精神的な自立(自律)。
このドラマのメインテーマに、クズ男と別れた澪の次の恋がどうなるのか、澪の運命やいかに!的なところがあるのだろうと思われる。なにしろ澪は結婚に憧れていたうら若き乙女だ。恋愛ドラマ好きな視聴者には、そのあたりのポイントは高いかもしれない。
オカルト情報誌を扱っている小さな編集プロダクションで働くことになった澪。そこで出会った編集長の原島。そして、妖怪シェアハウスのある神社の神主(陰陽師)で、妖怪化していく澪を心配している譲。
妖怪化を防ぐには人間の男と結婚しなければならない、ということになり、最終話では原島と譲、二人からのプロポーズに心が揺れてしまう澪ということになるのだが…。
ここでちょっと「凪のお暇(2019年TBS 主演/黒木華)」を思い出した。空気を読んで、自分を抑え込みながら、恋人や周囲に自分を合わせようとばかりしていた凪(黒木)と「妖怪シェアハウス」の澪がほどよく重なった。
凪は会社からも恋人からも逃げ出して、たどり着いたアパートで不思議な住人たちと出会う。この背景、旅の始まりは澪も同じだ。
そして凪も澪もともに、自分の「ほんとう」を知って自立(自律)していく。
「凪のお暇」についてのドラマエッセイでも書いたが、凪が元彼(高橋一生)か新しく現れた男(中村倫也)かどちらかを選ぶという結末だったら、このドラマに興醒めしたことだろう。でも、そうではなかった。私の期待は裏切られなかった。大変痛快だった。
「妖怪シェアハウス」でも途中から、澪は原島と譲、どっちを選ぶのかな、これまでの恋愛ドラマ定番でやっぱりどちらかを選ぶことになるのかな、と想像しながら視聴していた。が一方で、そうではなく、どちらとも結ばれずに自立(自律)してほしい。「凪のお暇」みたいになるかも、と期待もしていた。
最終話で興味深かったのは、同居人の妖怪たちが天狗大王から手に入れた御札。きっと助けてくれるだろう、と澪に持たせた。それは澪に、原島と結婚した場合、譲と結婚した場合の2通りの将来を経験させてくれる御札だった(私のタロット占いにもこの二者択一占いがある。Aだったらこう、Bだったらこう、と出る。「天狗大王の御札占い」とこれから呼ぼうかしら)。
どちらも最初の1年間は幸せだったが、次第にどちらも夫の支配的な要求によって、本当に自分がしたいことができなくなっていく環境に違和感を覚えてしまう澪だった。
元の世界に戻った澪は、覚醒していた。パソコンに向かって一心不乱に物語を書き始める。
食べたいものを食べて何が悪い。
結婚できなくて何が悪い。
家族がつくれなくて何が悪い。
常識なんてくそくらえ。
生きたいように生きて何が悪い。
枠になんかはまってたまるか。
書きたいものを書いて何が悪い。
バズらなくて何が悪い。
ビジネスにならなくて何が悪い。
成功しなくて何が悪い。
澪の心の叫び。
自分の人生を自分で決めようとしている、と妖怪たちは澪を見守る。
そして、
自分にとっての妖怪化は忌み嫌うことじゃなくて、自分を開放することだったの。
と譲に伝え、プロポーズを断る。
さらに、
自分が思った通りに書いていきたい。
もし、これまで誰もいっさい出版したことのない本を出すとしたら、それはどの枠にもはまらないもので、読者が望んでもいないもので。でも、だからこそ、みんながびっくりワクワクするんだと思うんです。
世の中の常識とか価値観とか枠とか売れる法則とか全部とっぱらって、自由に書いていきたいんです。
成功するために生きる、なんて嫌なんです。
たとえ売れなくても未知のものを書いていきます。
と原島に伝え、プロポーズを断る。
修験道の修行に出て、それをレポートして本にする、と旅に出て行く澪。
そして、原島のもとに本が送られてくる。
「妖怪シェアハウス」
私に仲間ができました。
自由でスーパーな彼らが教えてくれたのは、
辛くて泣きたくて家にずっと閉じこもるしかないようなそんな最悪のときこそ、想像を絶する何かが生まれるんだってこと。
だって、それまでの常識を全部壊すしかないから。
ラストの詩子によるナレーションがexcellent。
かくして目黒澪は、空気を読まない人生を貫き、妖術「開き直り」で、大空を羽ばたきながら、世の中の価値観を愉快痛快に笑いのめしたのじゃった。
ちなみにその角を見たものには、幸せが訪れると言われている。
妖怪・澪の誕生。
世の中で言われてきた当たり前が実はそうではなかったんだ、とあぶり出された事々を、私たちはCOVID19禍で体験してきた。
「世の中の価値観を愉快痛快に笑いのめす」のが、澪の妖術。まるで今の地球に起きていることのようだ。
これまで人間たちは、いったい何を守ってきたのだろう。これしかできない、これじゃなきゃだめ、ということなんてないのではないか?そんなことに思い至った人も多くいるのではないだろうか。
あるいは、結婚や家族像もそうだ。澪の心の叫びのように、いわゆる常識とか世間の目とかに従ったり。合わせたりする必要はまったくないし、合わせられないからと悩むなどもってのほか。そういった固定観念を澪の妖術は笑い飛ばしてくれて、自分のほんとうの幸せを生きられるようにしてくれるのだろう。
タロットカードで言えばこれは「No16塔」だ。価値観が変わるほどの一撃。
そして、
「最悪のときこそ、想像を絶する何かが生まれる。だって、それまでの常識を全部壊すしかないから」
そうです。一撃を食らったら、これまでの土台を崩すしかない。「塔」カードはそのことも教えてくれている。
さらにこれは「No10運命の輪」でもある。「運命の輪」は「幸運の輪」でもある。このカードを引いたとき「いいことがある」と誰もが思うし、その通りでもある。が、「幸運の輪」を引いたはずなのに不運と思えるようなことが起きることもある。そのとき、当たってないじゃない、と思う人もいる。そうではないのだ。まさにこのセリフのように、その最悪に見える事こそ、良き事をもたらす出来事。その不運に見えることのおかげで、実は助けられていたりする。例えば、理不尽にも解雇されて落胆していたが、そのおかげでより良い仕事が見つかったということはあるものだ。解雇されなければその良い仕事と出会わなかったかもしれない。落胆のなかで幸運と出会った人というのは、「それまでの常識を全部壊して」「開き直って」いるのだろう。
さて、
イキイキとハキハキと物語が進み、ダラダラグズグズなドラマを忌み嫌う私にはたいへん心地よいドラマだった。そして、毎怪、大笑いしながら視聴させてもらいました。
最近は、自立する女性を描くドラマが多くなった。ディズニー映画もそうだ。いろいろな意味で、世界の様相、価値観が変わろうとしている最中なのだろう。
ドラマの力は大きい。
追記
上記、原島に伝えた澪の宣言を思い出していただきたい。
自分が思った通りに書いていきたい。
もし、これまで誰もいっさい出版したことのない本を出すとしたら、それはどの枠にもはまらないもので、読者が望んでもいないもので。でも、だからこそ、みんながびっくりワクワクするんだと思うんです。
世の中の常識とか価値観とか枠とか売れる法則とか全部とっぱらって、自由に書いていきたいんです。
成功するために生きる、なんて嫌なんです。
たとえ売れなくても未知のものを書いていきます。
原島は売れるものを書けと澪に言う。
売れるものって、何だろう。ここから推測するに、世間に合わせたもの、ということだろう。それだったら、今までの自分の人生と同じじゃないか、と澪は思ったのだろう。
「もしかしたら誰も望んでもいないことかもしれない。それこそみんながワクワクするものになる」と澪の情熱が迸る。
詩人で書評家の若松英輔はこう言う(講座タイトル)。
「誰も書かないのなら、私がその詩を書かねばならない」
思想家の内田樹は、
「自分が書かなければ誰も書かないことを書く」
「自分以外の誰も書きそうにないことを書く」
と言っている。
成功とは何だろう。
世の中の常識とか価値観の枠内での成功、そんな成功ならいらないと澪は高らかに言い放った。
「仙人にでもなるつもりか?」
「いいえ、妖怪になります」
まさに妖怪は、枠外だ。