何がストレスかといって……
外出制限のストレス、家に子供がいるストレス。その子どもたちは学校へ行けないストレス、外で遊べないストレス。
マスクやトイレットペーパーなど、いつもなら手元に無くなったときに買いに行けばあるものがいつものようにいつもの商店の棚に無いストレス。そして、いつまで経っても元通りにならないストレス。その上、また何かが無くなるのではないかというストレス。
頻繁に手洗いをしたり、コロナウイルスに感染するかもしれないと常に注意を払わなければならないストレス。
本当はやっちゃいけないことだと知りながら、帰宅すると、その日に使った使い捨てマスクを洗って干さなければならないストレス。そうしなければ外出時のマスクが手元になくなるから。
けれどもこれは、もしかしたらこれからの地球人の暮らし方、日常生活になるかもしれない、などとSF映画の主人公になった気分で日々を過ごす。
こうやって社会は変化していくのか。
空想はさておき、要するに現代人にとって、「いつもどおり、これまでどおりの生活ができない」ことがストレスなのだ。習慣通りにできない、特別に思考を働かせて行動しなければならない、というのは非常にストレスになる。常に気掛かりしながら日々の生活を送るというのは、けっこうな心身の疲労を引き起こす。
発表会とかプレゼンとか面接とか各種試験とか舞台本番前などのときの、特別なときの非日常的プレッシャーほど強力ではないにせよ、ゆるやかでも長期間続けば強力になる。発表会は一日で終わるが、いつ終わるのか分からない渦中に人類は今いる。
とはいえ、もしかしたら上に書いたように、日常生活、生活習慣になってしまえばなんてことはないのだろう。考えながら行動しなくてもいいので、ストレスにはならない、はずだ。たとえば、SFドラマでよく見かける、放射能に汚染された星に暮らす人々とか(もちろん彼らもそのような不自由や汚染世界から脱却しようと努力はしているのだが)。
今感じているストレスは、いつもどおりできない、できていたことができない、したいことができないフラストレーション(欲求不満)なのだ。
けれどもストレスの大部分を占めているのは実は、日本の場合、首相と現政権のコロナ禍への対応、対策ではないかと感じている。
行動外出自粛要請への中途半端でトンチンカンな方針。
加えて、為政者たちの無生活感。そして嘘。
「安倍総理大臣は、自民党の役員会で『休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく、わが国の支援は世界で最も手厚い』と強調しました」。
その発言は虚偽です。各国で補償は実施されています。これを無批判で放送したのなら放送法第4条に反します。
これが本当だとしたら、……言葉もないほど驚く。
もしかしたら、いわゆる「ご飯論法」「休業に対しての補償」という日本語、現政権の定義が、他国の給付金政策の定義と違うということなのかもしれない。
もしかしたら、日本の総理大臣は無知で、取り巻きから言われていることを信じている?
もしかしたら、取り巻きも含めて現政権は全員本当に世界のベーシックインカム対策を知らない?
あるいは、知ってるけど故意に(何らかの特殊な信条に基づいて)やらない?
この無慈悲な態度の裏にどのような思惑があるのか、それは分からない。が、故意に言っているにせよ、本気で言っているにせよ、いずれにせよ、これは、日本人がよく目にする隣国の独裁国家のニュース映像そのままだ。
マスク2枚を各世帯住所に配ってくれるということだが、この記者発表のとき首相は「緊急経済対策として布マスクの買い上げを決めた」と言っていた。緊急経済対策?布マスクメーカーへの?
経済が庶民の生活や命の保護、維持よりも大事なのだな、ということがよく分かる一言だったと私は思っている。
庶民の生活が徐々に壊れていったら、コロナ禍のあとの経済はそれこそどうなるか分からないのにもかかわらず。
彼らは人の生活や命ではなく、数字を見ている。
ワイド師匠
国は「休業補償は現実的ではない」として応じる姿勢を示していない。自民党の有力若手衆議院議員によれば、政務調査会の場で「休業補償を実施すべきだ」と主張したところ、「働かざるもの食うべからず」という自己責任論を振りかざす議員が圧倒的多数を占め(後略)
この期に及んでもベーシックインカムを拒絶する理由がこれだとすれば、もうなんとも言い様がない。人間として訳が分からない。
一方で、あまりにメディアがストレスストレスと言うので、市民のほうも、そうだストレスだなぁ、と積極的にストレスを感じてみたり、感じていると思いこんだり、思わされたり、増やしたりしているかもしれない、ということもありはしないだろうかと、斜め目線で思ったりもしながらニュース番組を見たりもしている。
仕事を失うかもしれないストレスは、緊張と言うよりも恐怖だ。家賃、光熱費が払えるかどうか、ごはんは食べられるのか……。
国民の生活を守り、助け、安心を与えるのは国の仕事だ。
極論を言えば、仕事を失っても命があればまた仕事や生きがいは得ることができる。
その命を失わないための手当て、これはやはり政治行政の仕事、ミッションだと私は思う。
ここが信頼できないことが、最大のストレスと言わざるを得ない。
タロットカード「ワンド10」「ソード8」。
大きな負担を背負い、八方塞がりになる。コロナ禍においては、このマイナスエネルギーは外から来ています。
その要因を見極めて、外から来ていることを決して自らに組み込まないことです。ましてや自己責任などという卑劣な暴言には惑わされないこと。
自分で解決できることとそうでないことがあります。
コロナ禍では、自分でできることは移動制限と予防。社会の仕組みや生活と生命維持のためのお金や食料や物資は、個々人ではどうにもできません。声をあげたり、声をあげている誰かに合わせたりしていくことは個々人でできます。例えば、現金一律給付について要望の声をあげたり、そう発信している人々や政治家を応援する。
理解して、パニックに陥らず、言いなりにならず、そして諦めない。この2枚のカードはそう教えてくれています。
追記
「ワンド10」にはプレッシャーの意味もあります。
今、プレッシャーは自分や自分の周囲にかけるのではなく、政治にかけていきましょう。さすれば、政治も国民のために動くはずです。日本人はこれが苦手です。コロナ禍を社会変革の良い機会にできるかもしれません。