ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

2021年の収穫〜「楽しい」を選択するとき〜能力と必要に応じて

2021年。

すでに

risakoyu.hatenablog.com

この記事で振り返りましたが、別の視点で振り返っておこうと思いました。

 

 昨年に引き続きコロナパンデミックのなかでの一年でした。この2年の間、季節の移り変わりや年月の経過がうまく体感できていないように思います。

 

 私は個人的には体調不良を経験して、ちょうど「老い」について熟考している最中でもあり、例えば人生100年時代とは言っても、心身ともに健康であることが、生き永らえるための重要な条件であるように思いました。

 そうは言っても、黙っていても肉体は衰えていくわけですので、落胆あるいは絶望せずに上手に生きていく工夫も大事だと思います。

 いちばん大事なことは「ストレスをためないこと」ではないでしょうか。そんなこと誰でも分かっている、と思うかもしれませんが、分かっていながらそうできないでいることが多いように思います。できるだけストレスフリーでいるためには、何をするにしても苦痛を感じることは避ける、やりたくないことはやらない、という選択をすることだと思います。が、おそらくそれがなかなかできない。すなわち、自分の好き勝手ばかりはしてはいられない、とたいていの人は「良い人間」として考えるのだと思います。

 そもそも「ワクワク」を「好き勝手」「わがまま」と決めつける日本人の習性(日本人だけではないかもしれませんが)が、人を萎縮させていることが往々にしてあるように思います。これはストレスの最大原因と言っても過言ではない、かもしれません。

 

 大谷翔平のドキュメンタリーを、先日テレビで観ました。彼が肘のトミージョン手術を受けるかどうかの選択をするとき、基準にしたのが「楽しさ」でした。手術しなかった場合にはピッチャーとしての投球速度に限界を設けなければならない、すなわち力を抑えなければならないということで、そんなゲームの仕方は楽しいかな、と考えたとき「楽しくない」と思った、それで手術をする決断をしたそうです。

 自分が「楽しい」と感じるのはどちらなのか、何をすることなのか。生活や仕事の基準に楽しさを持ってくることが理想なのは、おそらく全人類に共通なのではないでしょうか。逆にそれがほとんどできていないのが現在の世界基準なのでしょう。

 

 資本主義社会の基準はお金です。

 ゆえに、健康やストレスフリーのためには十分なお金が手元にあることも必要な条件になります。必要以上にはいりませんが。

 健康やストレスフリーのためのみならず、そもそも今の地球ではお金がなければ生きていくことができません。いわゆる衣食住。あらゆるものが商品になってしまっている消費社会です。

 今回のコロナパンデミックで、飲食店ではいかに多額の家賃を支払わなければならないのかということ、企業も職場のために借りる場所の家賃について考えました。テレワークの促進などもあり、渋谷などの家賃の高いところから出て行った企業もありました。店舗、住居のことに思いを致すとき、私たちは家賃のために働いているのではないか、と感じ入った人もいるのではないでしょうか。

 

 あらゆるものが商品化されている社会は、「お金さえあれば何でもできる」社会です。それは、「お金がなければ何もできない」社会ということでもあります。

 

 そこで、今年の衝撃は、斎藤幸平(経済思想家/大阪市立大学准教授)の「人新世の資本論集英社新書)」でした。ものすごく学ばせていただきました。

「人新世」とは「人類の経済活動が拡張を続け、その影響が地球全体を覆うようになった時代」を表す「地質学の概念」です。

 カール・マルクス研究者の斎藤は「脱成長とコミュニズム」を主張しています。

 このまま成長を続ければ(続けようとすれば)気候危機は止まらず、人々の経済格差も広がり、ただただ生活のためにだけに労働しなければならない(労働させられる)誰も幸せではない社会がやってきます。現在すでにそうですが。

 

各人はその能力に応じて!

各人にはその必要に応じて!

マルクス「ゴータ網領批判」1875)

隠れた言葉を補うならば、

人々は各々の能力に応じて(人々に)与え、

必要に応じて(人々から)受け取ることができる。

(斎藤幸平 NHK「100分de名著」より)

 これは決して「清貧」や「足ることを知る」という宗教的美徳ではありません。人々が「楽しく」生きていくことができる社会の仕組みです。

 死にたくなったり、諦めたりしなくていい世界です。

 

 もうひとつの今年の衝撃は、國分功一郎(哲学 現代思想東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授)の「はじめてのスピノザ講談社現代新書)」から得た知識「コナトゥス」でした。これはまさしくマルクスが言うところの「各人はその能力に応じて!」のことだと思いました。

「コナトゥス」とは「ある傾向を持った力」「自分の存在(恒常性)を維持しようとする力」「そのものの本質」です。私は「自分のほんとう」だと理解しました。

 人々は、資本主義社会のなかで「自分のほんとう」を生きていない、自分に嘘をついたり、我慢したりしています。けれどもそれが大人の振る舞いだとか、当然の態度だとか言い聞かされているので、その状態でなんとか頑張ろうと「努力」します。自分の本質を生きていないとき、たとえ努力が報われたり、成功して優越感を得たとしても、「本当の自分ではない」ので、いずれ心身はくたびれはて、何らかの不具合が起きたり、虚しさを感じてしまうかもしれません。もちろんそうでない人もいます。自分は絶対に間違えないという信念を持って生きてきた人は、人を車で轢き殺しても自分に責任はなく車が悪いと言い張ります。

 スピリチュアルな話をすれば、前者は反省のできる人なので天国へ行く可能性が高く、後者は自分を高く見積もって偉くなってしまった反省のできない人なのでおそらくいわゆる地獄に行くことになるのではないでしょうか。余談です。

 

 私の今年は年始めから様々面倒なこともあったりして、ものを捨てたり、新調したり、そして体調不良まで、ホントにあれやこれやありました。

 さて、来年はどんなことがあるでしょう。

 いずれにせよ「わがままタロットセラピー」ですから、私は「楽しい」方を選択して生きていきたいと思います。

 

 最後に占い師として偉そうに一言。

 みなさんも、我慢することが良いことだとは思わないでください。自分より大変な人がいるんだから、という自分に我慢を納得させるための理屈はまったく美しくありません。今の状態が楽しくないのなら、別の道が必ずあります。たとえそれが離婚という決断だったとしても。死を選択するくらいなら、まずはそこを離れましょう、逃げましょう。それから先のことを考えましょう。

 

 本年も記事を読んでくださりありがとうございました。

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のんびり楽しく過ごす年末 ©kinirobotti