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タロットカードからみるコロナ禍②~コロナウイルスが見せてくれる本当に大切なこと~エッセンシャルワーク〜

タロットカードNo20「審判」は「人生にとって本当に大切なことは何ですか」と問いかけてくる。

新型コロナウイルス禍も、それを問いかけてくる、どころか、見せつけてくるかのようだ。

 

食品スーパーの主要3団体は14日、新型コロナウイルス感染拡大を受け、店舗の営業継続に向けて来店客に協力を呼び掛ける声明を出した。

 声明では「お客さまのストレス増加で、品薄や欠品、混雑に対して心ない言葉が増えている」と懸念を表明。クレーム対応で疲弊した従業員から退職相談が相次いでおり、客側に節度ある対応を求めた。

 また、従業員を感染から守るため、来店客のマスク着用を求め、品薄で手元にない人は政府が配布する布マスクの活用を要請。人前でせきなどをするのを避け、レジで並ぶ際は「一定の距離を取ってほしい」と訴えた。商品の品薄については「供給に一時的に支障が出ることもある」として、買いだめをせずに冷静に買い物をするよう求めた。

 声明はオール日本スーパーマーケット協会全国スーパーマーケット協会日本スーパーマーケット協会の連名。

(2020年4月14日毎日新聞

という報道があった。

このような仕事をしている人たちを「エッセンシャルワーカー」と言う(こういった表現があることをこの度、恥ずかしながら私は知ることができた)。

 

新型コロナウイルスの感染爆発が複数都市で起きている米国。感染拡大を防ぐため労働者の9割が在宅勤務を強いられる中、「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる人々による雇用企業への抗議運動が各地で勃発している。

 エッセンシャル・ワーカーとは、州や市が発令した外出禁止令の例外として勤務を許されている、病院や介護施設などの医療機関や公共交通機関、生活必需品の工場や物流、販売に従事する人たちを指す。「あなたたちは私たちの英雄」──。ニューヨーク市内の住宅街では毎日午後7時になると、そんな彼らをたたえる拍手喝采が鳴り響く。

日経ビジネス

ここに「外出禁止令の例外として勤務を許されている」とあるが、「許されている」と言うと、他の大勢の人々がしたくてもできずに困っている仕事をしてお金を稼げている人たちというニュアンスがなきにしもあらずなので、それはちょっと違って、本当だったら活動をやめて感染リスクを避けるために自宅に籠もりたいけれども、市民の暮らしに必要不可欠な基本要素を満たすための仕事「ミッション」として活動してくれている人々なのだろうと思う。

この人たちが仕事を辞めたり、ミッションを放棄してしまったら、市民の暮らしは成り立たない。

 

フランスの経済学者ジャック・アタリ

都市が生き延びるうえで絶対的に必要な仕事

と言っている。

 

「病院や介護施設などの医療機関や公共交通機関、生活必需品の工場や物流、販売に従事する人たち」それから、農業や酪農、電気ガス水道、ゴミ収集、清掃、役所、警察、消防、通信、報道。

これらのうちのどれひとつも、無くなったら原始時代だ。

 

冒頭にあげた毎日新聞の記事は、日本のスーパーマーケット従業員の切実な叫びだ。

品薄、欠品、混雑について店員に文句を言ってもはじまらない。店長をはじめ、全員が市民の日常生活の安定のために店を閉めずに働いてくれている。しかも、日々、新型コロナ感染リスクを承知のうえで。

感謝こそすれ、文句を言うなど言語道断。品薄や欠品になるのは、あんたたちが買い占める、買い溜めるからだろう、と私が店長なら言ってしまうかもしれない(もちろん買い占めは一部の客だが)。

流通、配送も大変だ。注文が膨大で、生産も種分けも追い付かない。ゆえに品薄や欠品状態になったりもする。そして、客が店員に文句を言う(パスシステムでも欠品商品がいっぱいあって、え?注文できるもんがないじゃん、と私自身も心のなかで文句を言っていたりする。なんだかものすごい数の注文がきているらしい)。

心身ともにしんどくなった従業員がやめていって、スーパーマーケットの従業員が減っていけば、客にとってはもっと不便な状態になっていく。客たち自身のネガティブな暴力的態度が、結局は自分に帰ってくることになる。

電車の遅延で駅員に怒りをぶつける人は、スーパーマーケットで理不尽に怒り出す人と同じ人かもしれない。

 

焦っている。イライラしている。あちらこちらで利己主義で横柄な態度が噴出。もし、このコロナが、どこぞの異星人が地球に送り込んだウイルスだとしたら、してやったりと笑っているだろう。「ウルトラセブン」のメトロン星人は、地球人同士の信頼をなくす物質をタバコに仕込んだが、幸い失敗した。

 

ドイツのメルケル首相の崇高なメッセージがある。

また、皆様は、食料品供給が常時確保されること、たとえ1日棚が空になったとしても補充されること信じて安心してください。スーパーに行くすべての方にお伝えしたいのですが、備蓄は意味があります。ちなみにそれはいつでも意味のあるものでした。けれども限度をわきまえてください。何かがもう二度と入手できないかのような買い占めは無意味ですし、つまるところ完全に連帯意識に欠けた行動です。

ここで、普段あまり感謝されることのない人たちにもお礼を言わせてください。このような状況下で日々スーパーのレジに座っている方、商品棚を補充している方は、現在ある中でも最も困難な仕事のひとつを担っています。同胞のために尽力し、言葉通りの意味でお店の営業を維持してくださりありがとうございます。

 (林フーゼル美佳子訳)

2020年3月18日にメルケル首相が国民に理解と協力を求めた演説のほんの一部。

買い占めに走ってしまう人々への注意喚起も含めて、論理的に語りかけているのが印象的だ。このような説得方法は日本ではできないのかもしれない(と、悲しいかな今のところ諦めている)。言語的、文化的に。

ここで「普段あまり感謝されることのない人たち」とメルケル首相は言っている。それは「このような状況下で日々スーパーのレジに座っている方(※)商品棚を補充している方」である。冒頭で取り上げた日本のスーパー主要団体からの呼び掛けに通ずる。

(※あちらのレジ係は椅子に座って仕事をしている。余談だが、日本もそうしたほうがいいのでは?と思う)

さらにメルケルはこう言っている。

「現在ある中でも最も困難な仕事のひとつを担っています」

「同胞のために尽力し、言葉通りの意味でお店の営業を維持してくださりありがとうございます」

 

私たちはとかく、おそらく、医師や看護師へ直接感謝したり、感謝を思い出したり、ニュースを見ながら労をねぎらったり、大変だなぁと激務を想像したりする機会は多い。が、スーパーマーケットの従業員にわざわざ感謝する日本人はより少ないだろう。

これは何だろうと考えたとき、あまりにも当たり前の日常の風景だからだろうという考えが浮かんでくる。

それはエッセンシャルワーク共通の光景だ。

市民生活の極めて重要な根幹を支えている重要な仕事であるにもかかわらず、極めてすんなり日常生活に溶け込んでいる。普通は誰もそれがなくなって不便になると思っていない。災害や事故などでほんの一瞬なくなっても、すぐに元に戻ると信じている。ゆえに、ありがたみを感じにくい。両親への感謝を忘れるのに似ている。

例えば、ゴミ収集が一週間なされなかったら、街は大変なことになる。以前、どこかでゴミ収集業者のストライキがあって、街じゅうにゴミが溢れたことがあった。

ニューヨーク(だったと思う)では、大事な仕事だということでゴミ収集や清掃の仕事への給料が引き上げられたというニュースを聞いたことがある。

 

タロットカードNo20「審判」が問いかけているのは、「本当に大切なこと」だ。

コロナ禍で、必要不可欠な本当に大事な仕事が今はっきりと見えてきた。

 

不可欠な社会的サービスの大半で、利益を出すことはそうとう難しい。それは、利益の大きな要因が、労働生産性の向上だからでもある。

基幹サービスの仕事の多くは、社会のなかでも最も高く価値づけされるものになりにくい。

いちばんの高給とりの大半は、交換を促進し、金を稼ぐためだけに存在する。もっと幅広い社会の目標に仕えることもない。人類学者デヴィッド・グレーバーが「クソみたいな仕事(bullshit jobs)」と呼ぶものだ。

(「パンデミックでも気候変動でも誰もが生き残れる未来を」Simon Mair/courrier)

スーパーマーケットのレジや品出しは「クソみたいな仕事」とは違う。もしかしたら、逆に「クソみたいな仕事」だと思っている人はいるのかもしれない。そういう人たちは、スーパーマーケットの従業員たちに理不尽な文句を浴びせたり、横柄な態度を見せたりする。そして、だから給与が低いのかもしれない。人類学者が言うところの「クソみたいな仕事」じゃないから。ややこしい。

介護や保育の仕事の時給がいまだに低いのと似ている。 家族が無給でするもの、ボランティアでするもの、という枠に入れられている仕事や、いわゆる雑務的労働扱いの仕事への尊重や敬意がないがゆえの低賃金なのだろう。

 

贅沢は必要不可欠ではない。

仕事の価値は決して金銭の多寡ではかれるものではないが、それでも収入的裕福さで考えるとき、現在の職業報酬ピラミッドの上下は、まったく逆さまではないかと思う。

No20「審判」カードは語りかけてくる。

「今まで価値があると思っていたことが全く違っていた、ということが分かりますよ」と。

 

新型コロナウイルスが地球上を駆け巡るという未曾有の出来事のなかで、どうやら何か違うことが見えてきたぞ、とさまざま「浮き彫りにされて」いることを、おそらく世界中の人々は感じている最中だろう。個人的なことから社会的なことまで。エッセンシャルワークは一番分かりやすい。

私たちはどういった社会で暮らしてきたのか、社会の仕組みは如何様なものだったのか、私たちの命や生活にとってより大切なことは何なのか、ということが突きつけられている。このコロナという不可視の存在によって。

 

この人たちのおかげで生きていけます。

ある日のCNN。ニュースキャスターのアンダーソン・クーパーが自身の番組でそう語った。

 

レジの人、品出しの人、配達の人たちに、

「お世話さまです」

「ありがとう」

「ご苦労さま」

と声を掛けたい。

実は私は常日頃から「お世話様です」とレジで言っている。 

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TsuTom「感謝」 @kinirobotti

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Tarot de kinirobotti「No20審判」 @kinirobotti