ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

テレビドラマとタロットカードから考える「きっぱり断る女性たち」〜「凪(凪のお暇)」「サクラ(同期のサクラ)」「喜美子(スカーレット)」「澪(みをつくし料理帖)」〜

ためらいなく「断る」ことができるでしょうか。

 

断ることができずになんでも引き受けてしまう、という重宝がられる人、いませんか? 

断ったら嫌われるのではないか、といわゆる空気を読みながら誰のための人生なのか分からない日々を送っている人もいるかもしれません。

 

「凪のお暇」2019年7月〜9月TBS

主演/黒木華 脚本/大島里美

凪(黒木華)は、まさにそのような女性でした。はじめは、見るからに弱々しく描かれていました。ここまで極端ではなくても、凪と似通った立場だったり、行動を取っていたりする女性は意外と多いのではないでしょうか。学校や会社、コミュニティといった組織のなかでは、それはむしろ求められている性質であることもあります。声の大きい人だったり、力を持っている人だったりの存在によって。

「凪のお暇」は、タイトル通り会社をお暇した凪が自分自身を取り戻して、精神的に自立し、嫌なことはきっぱりと断ることができる女性に成長する物語でした。

これまでのドラマに多かったのは、それでも結局サイコパスな元カレと復活してめでたしめでたし的な結末でしたが、「凪のお暇」は違いました。いち視聴者として私自身、これで寄りが戻ったり、新たに現れた男性の誘いにのったりしたらちょっとがっかりだなと思いながら観ていたところ、そこは満足させてくれる21世紀的な最終話となっていました。男どもは、反省したのかしないのかその実は分かりませんが、いずれも凪に振られたのでした。

 

したくもないこと、あるいはできないことを断らずにする、などということはありえないし、あってはならないことだというのが本当のところなのでしょうから、今更ここに述べるまでもないのかもしれません。私の感想の幼稚さを開陳することになるやもしれないのはお恥ずかしい限りではありますが、今シーズン(2019年秋)のドラマを観ていて、そういった印象がシンクロしたので書き留めておくことにしました。

 

タロットカードで、特に女性を体現しているカードといえば、「女教皇」「女帝」「ワンド/カップ/ソード/ペンタクルのクィーン」の6枚をあげることができます。

 

「断固とした態度を示す」という意味では、「女教皇」「ワンドのクィーン」「ソードのクィーン」に自ずと焦点があたります。

「女帝」「カップのクィーン」「ペンタクルのクィーン」には、慈しみや献身的雰囲気が漂います。どちらかと言えば、空気を読んで従ってしまう自立する前の凪です。

もちろん、こちらの女性たちにも別の側面はありますが、それはまた別の機会に譲ります。

 

画家の奈良美智が、次のようなツィートをしていました。

(略)また仕事の依頼とかもSNSで頂くことがあるのですが、ほぼお断りしています。自分がやりたいことと、やるべきことはもっと違うんです。(うまく説明できない!)

直接的に関連する内容ではありませんが、「ほぼお断りしています」に反応。奈良のもとには、会えないかとか、何時頃どこどこで待っています、というリプもくるそうですが、そもそも世界的に名を馳せる奈良美智ツィッターで気軽な願いや依頼をしてしまう人がいるという事実に驚きです。そうは言っても、有名な作家やクリエーターたちが、ツィッター上で仕事の約束をしたなどというニュースも以前にはときどき聞いたので、有り得ないことではないのでしょうが。そんな偶然から奇跡的なことが起こる可能性はゼロではありませんので。

 

話はそこではありません。

「自分がやりたいこと、やるべきことはもっと違うので断る」というスタンスは、誰にとっても重要な姿勢です。

成功している人だからできるんだ、新人や売れてない人は仕事を選べない、そんなことをしたら仕事がなくなる、というのは定説かもしれませんし、実際、そういうこともあるでしょう。とくに組織のなかでは確かにその通りなのだと思います。Noと言うことは命取りになることすらあります。ですので、組織のなかで波風立てずに上手くやっていこう、ビジネスを成功させよう思ったら、本当はNoだけれどもYesと頷かなければいけないことはたくさんあるでしょう。

また、自己を貫き通すことが大事なのだから何でもかんでもエゴに任せてわがまま放題にしていい、ということを私はここで述べようとしているわけではありません。

さらに、どのような状況になっても成功者でしたら慕って付いてきてくれる人も大勢いるでしょうが、一方で、断り続けていれば、悪い印象や評判が広がないとも限りません。

根本的には、成功者も道半ばの人も新人も同じです。

たとえば新人ならば、「自分がやりたいこと、やるべきこと」ということを、それとは違うことを引き受けてこなしながらも、忘れてはいけないということを内心の「断る」姿勢が持ち続けていることが、未来の自分へ帰ってくることでしょう。

話を広げて箴言するならば、「違うこと」に理不尽さや悪質さを感じるのであれば、その会社や組織から立ち去ったほうがいいと思います。

 

「毅然とした態度」は、自分にとっても相手にとっても、良き結果をもたらしてくれるはずです。

凪がそうでした。

凪にとっても、元カレにとっても、今カレになろうとしていた男にとっても、彼らの前には、気づきと新しい道が開かれていきました。

ドラマだから?いやいや。そもそも人生はドラマです。

 

「同期のサクラ」2019年10月〜12月日本テレビ

主演/高畑充希 脚本/遊川和彦

サクラ(高畑充希)は、もともと空気を読まない、正義感の強い率直タイプです。そのせいで様々問題が起きてしまい、サクラは会社を辞めることになるのですが、社長になった元上司の誘いで、会社に戻ります。が、結局サクラは、その社長の「いっしょに夢を叶えよう」に「きっぱりと断り」を示して退職願を出します。

自分の夢を叶えるのはここではない、この人とではない、ということにサクラは気づいたのでしょう。社長にかわいがって貰えれば社内で怖いものはないはずです。社長の権限を我が物のように扱うことすらできます。けれども最後に残るのは、社長という権力の壁です。ここで「はい」と言って社長について行けば、自ずと社長には服従せざるを得ないことになるでしょう。ゆえに、サクラはきっぱりと断りました。

断る理由をサクラはこう言っていました。

「社長に言われて楽な道を歩もうとしていた」と。

 

「スカーレット」2019年10月〜2020年3月NHK

主演/戸田恵梨香 脚本/水橋文美江

喜美子(戸田恵梨香)は、夫(松下洸平)の仕事を手伝ってコーヒーカップを作ります。自分が作った分に花の絵を添えます。それを喫茶店に納品すると、カップの底のかわいい絵が気に入ったと、大量の注文を受けることになりました。が、喜美子は、これは夫に手伝ってもらってつくったもので、それほど大量の注文を受けることはできない、と断るのです。

私は、このシーンを見ていて、なんてもったいないことを!と単純に思ってしまいました。すごいチャンスじゃん。将来腕を上げたらまた注文してくださいと話しているが、そんなときは来るか分かりません。しかも、この注文主は、喜美子のコーヒーカップの花の絵のアイデアを使わせてもらっていいか?と尋ねています。喜美子は、どうぞ、と。え?いいのそれで?カップの底に花の絵を入れるのは特許ではないので、逆に断る理由もありませんが、当時の日本ではコーヒーカップがまだ珍しいくらいでしょうから、特別なアイデアであることは間違いないはずです。だからこそ、使ってもいいか、とこの注文主は断りを入れたのでしょうから。

喜美子は自分の能力の限界を知り得ていたがゆえに「できない」ときっぱり断りました。え?という反応が心に起きながらも私は、とても立派だと思いました。当たり前だと思う人もいるでしょうが、大チャンスですから、平凡な人間なら浮足立ちますし、安請け合いして調子に乗ってしまう人のほうが多いかもしれません。私はおそらく、いやきっとそっちのタイプです。この場合、むしろ夫の力を借りてでも引き受けるべきだったのではないか、とすら思ってしまったほうですから。

けれども、陶芸がまったく簡単なものではないということを今回のコーヒーカップづくりで思い知ったであろう喜美子は、自分の今の時点での能力の限界と、これから夫を支える大変さを認識していたのでしょう。

 

みをつくし料理帖スペシャル」2019年12月14日21日NHK

主演/黒木華 脚本/藤本有紀

澪(黒木華)は、憧れていた旗本の小松原(森山未來)と結婚の話が持ち上がります。小松原も澪のことが好きだったのです。結婚は決まったのですが澪は迷っていました。

なにを迷っていた?

あれほど憧れていた男性ですから、結婚できるなんて天にも昇るほど嬉しいはずです。しかも身分違いなので、本来だったら結婚など許されない相手なのです。

けれども、澪は料理人です。ですが、小松原の妻になれば、何もしないでずっと屋敷に居ることを要求されます。

 

澪が星空を眺めながら迷っていたところへ、医者の源斉(永山絢斗)が通りかかります。

(澪)道が枝分かれして迷いに迷ったとき、源斉先生ならどうなさいますか?

(源斉)私なら心星を探します。

あそこに輝く、あれが心星ですよ。あの星こそが天の中心なんです。すべての星はあの心星を軸に回っているんですよ。

悩み、迷い、考えが堂々めぐりしているときでも、きっと自身のなかには揺るぎないものが潜んでいるはずです。これだけは譲れないというものが。それこそが、その人の生きる標(しるべ)となる心星でしょう。

澪が瞳を閉じると、自分のつくったものを食べた人々が喜んでくれる様々な場面が目に浮かんできました。

そして、澪は縁談を断ります。

(澪)お許しくださいませ。料理は私の生きるよすがです。それを手放すなどできません。この命があるかぎり、ひとりの料理人として料理の道を存分に全うしたく存じます。

(小松原)ならばその道を行くのだ。あとのことは何も案ずるな。

小松原は、自分を悪者にすることによって事を収めて澪を守ってくれました。

 

旗本の家が相手ですから様々な意味で、澪の決断は大きな勇気を要することだったと思います。自分の「心星」「揺るぎないもの」「これだけは譲れないというもの」「生きるよすが」のために、それとはもしかしたら比較できない「好きな人と一緒になること」を「断った」のですから。

現代社会でもいまだに、結婚か仕事かを天秤にかけられて迷う女性たちが存在しています。

 

ここまでみてきました、凪、サクラ、喜美子、澪は、「これだけは譲れない心星」を道標として、そこへは到達しない道を「断った」のでした。まさに「決断」です。

自分の「信じる道を行く」というのはそういうことです。

 

「女教皇」は「信じた道を行く人」あるいは「信じられる道しか行かない人」です。

「ワンドのクィーン」は、心と頭、思考と行動が一致した賢い女性です。

「ソードのクィーン」は、客観的な思考力で率直な決断のできる揺るがない女性です。

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「女教皇」 @kinirobotti

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「ワンドのクイーン」 @kinirobotti

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「ソードのクイーン」 @kinirobotti