ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」~前線で実際に戦った者で戦争を賛美する者はひとりもいません~

息子が、学校の図書館でこの題名を見たことがあるけど「殺しましたか?」が怖くて読まなかった、と言う。私は、この本の存在を全く知らなかった。

さっそく読んでみた。

 

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

アレン・ネルソン/講談社文庫

 

著者は、ニューヨーク市生まれのアフリカ系アメリカ人

1965年18歳で海兵隊へ入隊し、ベトナム戦争へ。19歳で帰国。4年の契約を終えて除隊。23歳でホームレスに。

高校時代の同級生に、ベトナム戦争での体験談を子どもたちに語ってほしいと頼まれてから、人生を立て直す気力を得る。PTSDの治療もし、大学も卒業した。

 

入隊後の洗脳的軍事訓練。沖縄基地での訓練。そしてベトナムでの地獄の殺戮。

沖縄で過ごしたひと月からは、沖縄の事情にも触れられていて、今も変わってないのだな、と私は思った。

 

テレビドラマ「NCIS(海軍犯罪捜査局)」は、まさに海軍、海兵隊内部の犯罪捜査を行う連邦捜査官を描いたドラマ。これを観ていたので、本著で述べられている、海兵隊へ勧誘された採用事務所なるものもドラマのなかで見たことがあったし、軍隊の洗脳的訓練の様子も、「NSIS」はもちろん「クリミナル・マインド」や「コールド・ケース」でもよく見かける場面だ。ベトナム戦争湾岸戦争からの帰還兵が抱えるPTSDについても、これら犯罪ドラマではお馴染みだ。実際、アメリカではかなり大きな問題なのだろう。

ちなみに「クリミナル・マインド」のFBIの行動分析課の生みの親であるロッシ捜査官、「コールド・ケース」のフィラデルフィア市警殺人課のスティルマン警部補(ボス)は、ベトナム戦争に従軍しており、その話題はエピソードのなかで折に触れ語られる。随所に正確な情報が組み込まれている。

そのような予備知識もあったせいか、本著は分かりやすかったし、書かれている場面をドラマのシーンと重ねながら読んでいた。それだけではなく、平易な文章で書かれているので、子どもでも読んで理解することはできる。著者の平和活動の願いは、子どもたちに戦争の悲惨さを伝えて、戦争をなくしていくことにある。

 

本著から箴言的著者の言葉をすこしだけピックアップしておく。

貧しさは暴力によって癒すことができることを知ったのです。(少年時代)

(P35)

 

わたしたちが学ぶものはすべて人を殺すための方法であり、その目的は人を殺すことをなんとも思わない心をつくりあげることです。(海兵隊での訓練中)

(P47)

 

人間というものが、いかに環境に従順で、残忍さにすらたちまちに慣れるものだということを戦場で知りましたが、と同時に、一線をこえてはならないというタブーの感覚もまた消えないものだということも知りました。

でも、そのタブーの感覚すら持たない人間、つまり、一線をこえてどこまでも突き進む人間もまた、現実に、しかも大勢いることにわたしはおどろきました。そんな連中を、わたしはひそかにモンスターと呼んでいました。同じ人間とは思いたくありませんでした。

(P125)

 

前線で実際に戦った者で戦争を賛美する者はひとりもいません。もし、戦争を経験していてもなお、戦争を肯定する者がいたとしたら、その人は後方の基地でデスクに向かっていたか、炊事班でコックをしていたかで、人が殺しあう前線に行ったことがない人にちがいありません。

(P149)

 

国は生活困窮者、低所得者層をねらって軍隊に勧誘する、などと言われている。勧誘されずとも、一部のエリート以外は、家族ために、大学進学のために、給料の良い軍隊に入ったりする。イラクだったと記憶しているが、ニュースのインタビュー映像のなかで、そのような理由を述べる若いアメリカ兵がけっこういた。

人間は従順で洗脳されやすいのかもしれないが、それでも良心や感じる心が小さくなって残っている。それが甦ってくると人を殺すことができなくなる。著者が呼ぶところのモンスターとは、サイコパスの定義と重なる。

政治家が戦争をしたがるのは当然としても、かつて第二次世界大戦のときに前線にいた人や子どものころ爆撃にあったり、ひもじい思いをした人でも、戦争を肯定する人がときにニュースのインタビューに出てくるが、こういう人たちはどういう人たちなのだろうか。モンスターなのだろか。日本特有の「次は勝つ」的な敗戦を受けとめられていない人たちなのかもしれない。

「敗戦」よりも「終戦」と言って日本は敗戦と向き合っていない、と言うが、その通りだと思うが、敗者が敗北記念日などと自ら言うはずもない。ドイツやイタリアのように、「解放記念日」でもいいのかもしれない。ともに「ナチスからの解放」ということだ。ナチス独裁の当事国であるドイツ自身も「ナチス独裁からの解放」と呼んでいる。あの戦争と正直に向き合うことができていない日本では、何からの解放になるのかすらもしかしたらあやふやか、あるいは明確にするべきではないということなのかもしれない。

日本の庶民がアメリカ好きなのは、戦後のアメリカによるテレビドラマなどを通じたイメージづくりもあっただろうが、統制下での窮屈な暮らしから解放してくれたのがアメリカ軍だったということもあるのではないか。第二次世界大戦を描くの数々の映画のなかで、アメリカ軍の登場で支配から解放されて喜ぶ市民の姿を目にすることができる。正義の味方登場とでもいうように。けれどもそのアメリカ軍は、日本の多くの都市を大量の爆弾で破壊し、そこに暮らす人々を殺し、最後には原子爆弾を2つも落とした。沖縄の地上戦では多くの人々を殺しまくった。そして、ベトナムでも。

 

ベトナム戦争を扱った映画は様々あるが、本著の文面は、まるで映画のように映像をよぎらせてくる。気持ちのよくないシーンだが。 

軍隊と戦場の様子を知ることのできる書物。

8月は戦争についてあれこれ思いを致す月。ぜひご一読を。

2時間ほどあれば読めます。