ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「刑務所のフェミニズム教育」①~ある受刑者による講義~有毒な男らしさ~

 奇しくも、東京医科大学の不正入試ならぬ、女性受験者への差別、のみならず、3浪以上の受験者への差別、という歪んだ価値観が暴露されました。

スポーツ界の横暴もあちこちでつぎつぎと告発されています。

これもそれも、「有毒な男らしさ」という歪んだ価値観に縛られた人々のなせる業だなと、それについて取材した「CNNドキュメンタリー」を観ていたときに思いました。

 

私見的結論から言いますと、女性、障害者、老人、子ども、いわゆる弱者と言われている人たちにとって優しい社会は、住みよい社会であり、平和な社会である、ということです。

私自身、ここ数年ずっと考え、思い、感じていたことを裏付けてくれる思考が、やっと目につくようになってきて嬉しいです。

 

BS朝日「町山智浩の今のアメリカを知るTV」

2018年7月21日放送 CNNドキュメント「刑務所のフェミニズム教育」

「カリフォルニアの男性刑務所に服役している受刑者によるフェミニズム教育のレポート」が紹介されました。

 

この受刑者の名前はリッチー・レセダ。2013年、強盗の罪で有罪。刑期は150年。

150年?ひとつの強盗行為のなかでやったことを細かく罪状を別々に立てて合計した刑期、ということです。

確かにニュースなどで、人間の生涯のなかでとても全うできない刑期を見聞きすることはあります。無期懲役の次が死刑という日本からすると、なんとも合理的だな、と私などは思っていましたが、リッチー受刑者の強盗はよほど悪質だったのか、回数が半端なかったのでしょうか?殺人でもないのに150年?といささかの驚きはありました。

彼はラッパーだそうで、2015年には「24hours」というCDを出しています(獄中からできるんだ)。「28時間にひとり、黒人が警察官によって殺害されるアメリカの状況」を歌っている、ということです。

 

ギャング、強盗は、女性はしない。

 2016年

 殺人事件 男性20310人 女性1295人

 乱射事件 男性152人  女性6人

殺人するということは、男性であることと関係しているのではないか。

銃よりも男であること自体が原因なのではないか。

「男性であるべきこと」が犯罪とつながるのではないか。

 と、リッチー受刑者は言います。

 

20年ほど前のことですが、知り合いの地方議員がぽつりと言いました。

政治家は女性のほうがいい、なぜなら女性は汚職をしないから、と。

そのとき私は、なるほど、と思いました。そうかもしれない。

女でも根っからの悪人、悪人とまではいかなくても、こすっからい人はいますので、一概にはそう評することはできませんが、しかしそれでも「まだ」、女性のほうが男性よりも汚職に手を染める人は少ないかもしれません。

「まだ」は、女性が男性化している様子もうかがえる昨今を念頭に置いた副詞です。このまま社会の歪みが進んでいくにつれ、その平和的評価は次第に崩れていく可能性はあります。

 

Toxic Masculinity「毒性のある男らしさ」「有毒な男らしさ」。

これは、「男らしさ」が暴力犯罪を引き起こす、という考え方。

拳銃を持つこと、人を殴ることで、男らしさを示そうとする。女性を大事にするとか守るとかではない。

「男性性」というものに縛られるのはやめましょう。

Patriachy「家父長制」。

男は強くで、リーダーシップをとらなければいけない。

これは、女性への抑圧にもなる。

思い込みによって抱え込んでいる。

 全てはこの辺に原因があることを分析して本人たちに自覚させていく、ということをやっている。

 

今年日本では、官僚や政治家など権力を持つものたちによるセクハラも明るみに出てきました。つまりパワハラ的セクハラ。さらに、冒頭にも書きました、上位の立場の人間による強権的支配構図。

セクハラの問題が噴出してきたとき、なんとも昭和な、という嘆息も多く聞かれましたが、一方で、日本には伝統的な「家父長制」が根付いているのでこの環境を変えることはなかなか難しい、というコメントをしていた弁護士もいました。

上記のリッチー受刑者の解説を聞いたとき、自由の国アメリカでも「家父長制」なんて言うんだ、と私は単純に意外でした。アメリカ人の口から出た言葉として。

「家父長制」は、悪しき日本の因習だと思っていましたので。

ゆえに、リッチー受刑者の講義をとても新鮮な驚きを持って観ました。

 

「彼はとてもいい人」とリッチー受刑者の妻は言います。

そうだと思います。これだけの思想を構築して伝えようとしている人ですから、きっと考え深い、いい人なんだと思います。


カリフォルニア州ソウルタッド更生訓練施設では、受刑者主導によるグループプログラムを実施しています。
そこでリッチー受刑者は、【フェミニズム文学をもとに「家父長制」の問題点を気付かせる】というプログラムを担当していました。

 

ところで「男らしくしろ」と言われたことは?
全員あるね。
これは逆に考えると、女の子みたいになるな、という、女性を悪いイメージでとらえることにつながるんだ。
おれは、男らしく生きてきたおかげで、刑務所に入れられてしまった。
おれは、子供のころ泣き止まないと親に殴られた。それで心を閉ざすようになったんだ。
刑務所ではヘロイン中毒にもなった。現実から逃げたかったからだ。

 「女みたいにめそめそするな」「女みたいなやつだな」「男だろ!」

昭和の時代には本当に本当にあちこちでよく飛び交っていた言葉です。周辺でもテレビドラマのなかでも。さすがに平成では少なくなってきたように思いますが。

白央篤司@hakuo416 8月5日2018年
サザエさん』制作スタッフ、どうしちゃったんだろう……ここ近年の凋落ぶりがつらい。今日放映分の「私、女の子でよかった。怖いときキャーッと叫んでも笑われないでしょう?」ってセリフ、ひどいと思うよ。怖いとき男女年齢問わず叫んでいい。この後の展開もすごく説教臭いのだよ。

こんなツィートがありました。まだ少なくなっていないのかな。

 

リッチー受刑者が言うように、これらのセリフは「女性を悪いイメージでとらえる」という刷り込みでもあると思います。生まれながらに「父権主義」な人はおそらくはいないと思われるわけですので、教育や環境によって植え付けられるものです。

男性に「立派な人間になれ」と応援しながら、その一方で「女性蔑視」を植え付けることになっています。「立派な男」は「男性優位主義者」「女性蔑視主義者」という論法になってしまいます。

幼稚園でも小学校でも家庭でも、「男の子でしょう、泣かないの!」は、泣き止ませるための便利なセリフになっているかもしれません。

 

「男たちは、男らしさという偽りの仮面をかぶることを強いられたとき、本当の喜びを経験することも、本当に人を愛することもできない。
男たちが「家父長制」を壊さなければ、何も変わらない。愛する人に背を向け、孤独を選ぶことになる。」
「変えようとする意志」188ページより。
気に入ってるくだりだ。

 この一文がどの作家のどの著書のものなのか分からないのですが、

「男らしさ」なるものは「偽りの仮面」。

 

一方で、女性も「女らしさ」という「偽りの仮面」を強要されているように思います。強要されているだけではなく実は女性は、自らそれを進んで被ってしまっているという悲劇さえあるのではないでしょうか。

例えば「女子力」という一定の価値観を植え付けるワードの流行がありました。それが「高い」とか「低い」とか言ったりします。私はこのワードが出てきたときから気味悪く感じていました。

この「女子力」には、自分磨きも含まれるのでしょうが、その目的は、男性に気に入ってもらう、男性から選んでもらう、ではないでしょうか。料理や服装、おもてなし的行為を見せつけて媚びへつらうに近いと言っても過言ではないと私は感じています。

上記で、Toxic Masculinity「毒性のある男らしさ」「有毒な男らしさ」とありました。

それに倣いますと、「女子力」なるものは「有毒な女らしさ」と言っても過言ではないかもしれません。

つまりそれによって、男性を勘違いさせてしまったり、追い込んでしまったりしているように見えます。女性が自らの手で自らの地位を低めながら。

 

つづく