こういうドラマ、いいなぁ。
「照子と瑠衣」NHKBS 2025年6〜8月 日曜夜10時
脚本・監督/大九明子 原作/井上荒野
出演/風吹ジュン 夏木マリ
大和田伸也 福地桃子 山口智充 松雪泰子 他
70歳の女性二人、照子(風吹ジュン)と瑠衣(夏木マリ)が、ここからの人生をよりよくするために、逃避行を企てる。
照子は、専業主婦としてここまで我慢に我慢を重ねてきたモラハラ夫(大和田伸也)と決別する決意をし、シャンソン歌手の瑠衣は、アパートを追い出されて途方にくれていた。
そんな二人が、中学校時代のように手に手を取り合って、照子の夫のBMWで走る。
行った先は、照子の占いの師匠がクリスマスのときだけ使う別荘だった。ここにはクリスマスまでの限定滞在、と決めて、やりたいことをやろう、と。
照子は、ホテルの清掃の仕事をはじめる。
瑠衣は、たまたま立ち寄ったカリー屋で、(けっこう渋ってたけど)シャンソンを歌うことに。カリー屋の店主・譲二(山口智充)は、すっごくいい人。譲二は瑠衣を気に入っている。もしかして、瑠衣と…と予想したけど、さすがにそれはなかった。
近くのガソリンスタンドに、若夫婦がいる。依子(福地桃子)と源太郎(三浦獠太)。照子は二人に頼まれて、ここでタロット占いをすることになる。
実は偶然知り合って仲良くなったわけではなかった。これは照子の策略だった。
依子の母は、イタリア人と再婚してシチリア島に住んでいるという。
瑠衣には若いころに離婚して置いてきてしまった娘がひとりいた。名前は冬子。依子はその冬子の娘だということを、ネットを駆使してたどり着いていた照子。瑠衣に会わせたかったのだ。
この逃避行には、その目的もあった。そりゃあ、照子の占いの師匠の別荘がこのガソリンスタンドの近くだ、ということは、どう考えても、誰が考えても、運命を感じざるを得ないですよね。画策というよりも、シンクロニシティ。天使のいたずらかもしれないけれど。
そのことを打ち明けると、瑠衣ははじめ戸惑って、部屋にこもってしまう。
ところがそこに、照子の夫が、照子の居場所を突き止めてやって来た。電車を乗り継いで。車のキーをよこせ、と言う。帰るぞ!と相変わらず横暴な態度。なんで照子が出ていったのか、考えも及んでいない様子。なんだったら、瑠衣にそそのかされたくらいに思っている。
照子の叫び声に驚いて、瑠衣も部屋から出てくる。瑠衣も応戦する。
照子は、思い切って叫ぶ「離婚します」と。
そのあと、別荘のなかで話し合う照子と夫。なんと、離婚を認めたようで、ベンツで帰っていく。やったぁ〜。
でも、このモラハラ夫が意外とあっさり負けを認めたのはなぜ?
ちょっと拍子抜けだったが、ずっと自分の支配下にいた妻が、ここまでのことをやってのけ、離婚まで切り出してきたその本気さかげんに、圧倒されたのかもしれない。
照子が、夫の退職金の預金口座から1500万円を引き出したのも、はじめは怒りしかなかったかもしれないが、よく暗証番号が分かったな、と負けを認めざるを得なかったのかも。というのも、その暗証番号が、愛人の誕生日だったから。夫は照子を騙し通せていると信じて込んでいたようだ。おめでたい。
そんな諸々で、照子はばっちり自由を勝ち取った。
別荘での最後の日、瑠衣は、カリー屋でのクリスマスライブにやってきた冬子(松雪泰子)と触れ合ったが、自分が母であると打ち明けることはなかった。
中古車販売店で、鮮やかなブルーのオープンカーを現金で購入。アメ車でしょうか?平たくてでっかいの。
いくらなんだろう。1500万円以内なのだろうが。どのくらいお金使っちゃったのかな、と視聴者としていささか心配になる。
だって、照子と瑠衣の旅は、これからも続くから。ってか、これからが本番だから。
最終話なんだけど、これ、必要だったのか…いや、必要…だよね…?
なにしろ、照子が学生時代に密かに恋をしていた椎橋教授(萩原聖人/既婚 邪馬台国研究者)のお墓参りにいくわけで。離婚もしたし、これが旅立ちのために必要な最後の心残りとの決別、仕切り直し。
ということは、照子は夫よりも椎橋先生のほうが好きだった、その思い出を抱えながら、ず〜〜〜〜っとモラハラ夫に耐えながら暮らしてきた、ということになるのですね。子どもができないのは、夫のほうに原因があるからなのに、照子のほうに原因があると吹聴していた夫っでもあった。
この長崎で、由奈という高校生を占うことになる照子(実は椎橋は由奈の大おじ)。由奈は、東京の大学に合格したが、恋人は不合格で長崎に留まることに。彼はいっしょに長崎にいてほしいみたいだ。由奈は迷う。
照子は、彼のところに言ってバカヤローと言ってやれ、とアドバイス。「あなたは誰にも縛られてはいけません、自分自身にも」と。
これは、照子自身へのエールでもあったのだろう。そして照子は、70歳にして、この「バカヤロー」を実践したのだ。
人って、結局、環境のせいにしがちだけど、自分を束縛しているのは自分自身なんだよね。どんなことを言われても、どんなことをされても、それらを払いのける勇気さえあれば、そこに自ずと「わたしの道」が現れて見えてくるはず。それは今まで見ないようにしていたのかもしれない。ここで逆らうのは親不孝なんじゃないかとか、わがままだとか周囲に言われたり、世間体を気にしたりして。
ゆえに、本気でやりたいことがあるのなら、束縛にバカヤローと叫んで障壁を突破すること、それしかない。
それでも、突破することをためらってしまうのなら、これが「わたしの道」だと納得することですね。きっとそうなんでしょう。ただしその時は、突破しなかったことを後悔したり、本当はできたはずなんだけど環境が許してくれなかった、などと自分の不満足や不幸な感情の原因として語ってはいけない、と思う。
照子と瑠衣、この二人は、もちろん苦しみや悲しみが心からなくなってはいないが、けれども今、まさに旅立ちのときに、文句は言っていない。いや、後悔しつづけないために、二人は行動を起こしたのだ。
さて「ロードムービー」とタイトルに入れさせてもらったけど、本格的にはここからが照子と瑠衣のロードムービーのはじまり、ですよね。
来年には免許を返納する予定だと言っていた照子。ちょっと早いけど、長崎で車を手放した二人。スーツケースをゴロゴロ転がして道を歩いているけど、ここから先、いったいどんな旅になるんだろう。列車の旅、だよね。
人生の最後期に、こんな旅ができたら幸せだけど、こんな風にできる人はそう多くはいないだろう。何しろやっぱりお金がかかるだろうし。年金と貯金を頼りにいわゆるノマド生活になるのかな。それとも、ときどき旅に出る感じ?
そんな考えが先に立ってしまうということは、「バカヤロー」って言えてないんだろうな、私。
自分の周辺でできることはある。心の旅もある。それこそバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)を実践することだってできる。リストつくりながら、意外と尻込みしてることってある。老年期は最強、無敵のはずなのに。
ここから先の二人の旅を見てみたい。シーズン2をリクエスト。

©2025kinirobotti
追記
風吹ジュンと夏木マリが、すっごくいい。
その他の出演者も、みな適役だった。
由紀さおりが、なぞの金持ち風の老女として数回ちらっと登場する。何か歌ったりしてくれるのかなと思っていたが、それはなかった。
照子と瑠衣の、中学時代の思い出のシーン。なんか、こういうシーンって妙な懐かしさをそそられる。誰にでもある人生のひとコマ。
二人で手を繋いで走る様子は、映画「アイミタガイ」での同様のシーンを彷彿とさせる。
ちなみに「アイミタガイ」にも、主人公の祖母として風吹ジュンが出演している。
人生には、不思議と自分を助けてくれた人がいるものだ。映画やドラマのように、その仲がずっと続くこともあるだろうし、大人になってから関係が復活することもあるだろう。が、おそらくだけど、たいていは、そのときの、いっときの関係であることが多いような気がする。
そしてその人生の場面は、誇大妄想化されて、極めて神秘的な体験として心に残り、不思議な思い出として留まっていることもある。
私は、この種のシーンが好きだ。ふっと過去へ飛ばされそうな雰囲気を持っている。
けれども、自分のなかでは特別に残っているそれらのことも、相手の人は全く忘れている、というパターンがほとんどなのだろうな。
だから話さないほうがいい。せっかくの神秘性が失われないように。
そして共有できるときは、どちらからともなく、語り合っていることだろう。