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60歳からのわがままタロットセラピー13「Bucket List」①〜死ぬまでにやりたいこと〜

60歳からのわがままタロットセラピー

=やりのこさないために=

=ご都合主義シニアのアジール

 

Bucket List(バケット・リスト)」は、いわゆる「死ぬまでにやりたいことリスト」です。

 

映画「最高の人生の見つけ方」(2019年 主演/吉永小百合 天海祐希 アメリカ映画のリメイク)、TVドラマ「フラジャイル第5話(余命1年の宣告通知 難病の青年の夢よ叶え)」(2016年フジテレビ 主演/長瀬智也)でも描かれていました。いずれも、病気によって余命宣告を受けた人たちが「やりたいことリスト」をつくって実行していく、という物語です。この2作品をあげたのは、個人的に印象深い作品だからです。

自分の余命を知るということは辛いことではありますが、その残された時間を有意義に過ごすために「やりたいことリスト」をつくります。そして希望や生きがい、楽しみとともに時を過ごし、ポジティブな状況を作り出していきます。「死」を前にして本人も周囲も普段どおりに楽しいわけはありません。が、「死」は、人生の早い時期でも、老年期でもどこかで必ずやってきます。ですので、無視できない、してはいけない事であり、逆に忌み嫌って見ないようにしていますと素晴らしいチャンスを逃してしまい兼ねません。

私たちは死と隣り合わせで生きているのだ、という意識を常に持っていることが、人生の道のりを充実させてくれます。それはまた、タロットカードNo13「死神」カードからのメッセージでもあり、「メメント・モリ(死を想え)」「Carpe diem(Seaze the day)/今を生きる」です。

 

ここは「60歳からのわがままタロットセラピー」です。参加者の皆さんも私も、「いろいろあったけどここまでどうにか生きて」きました。そして、明確な余命時間は分かりませんが、青年や中年よりも死期が近くに薄っすら見えてきているわけですから、上記ドラマや映画の主人公たちと似通った感覚だろうと思います。

期限、いわゆる寿命は分かりません。5年かもしれないし10年かもしれない。まだまだ20年も30年もあるいはそれ以上あるかもしれません。

けれどもとりあえず、60歳を過ぎたらまずは70歳くらいを目途に「Bucket List」をつくるのは、残りの人生を有意義に楽しく過ごすためにたいへん役立つと私は思っています。

 

Bucket Listの言葉の由来は、ちょっとぶっそうでネガティブなのですが(ご存じない読者は検索してください)、Bucketをただのバケツではなく棺桶と解釈する向きもあるようです。私としては「まだたくさんの希望のつまったバケツ」という意味で使いたいと思います。

格好つけてバケットリストと言わなくても「死ぬまでにやりたいことリスト」でもいいですね。

 

「ToDoリスト」は「やるべきことリスト」です。

これは、作ったほうがいいという人と、作らないほうがいいという人がいます。

人ぞれぞれの性質にもよるのでしょう。作ったリストに束縛されてしまって自由に動けなくなってしまう人もいれば、何も目安がないと際限無くサボってしまうという人もいるでしょう。

やるべき(仕)事はメモって忘れないようにしておく、というのは大事なことかもしれません。秘書が全てを管理しております、という人は別にして。いや、そういう人だって、仕事以外でやりたいこと、学びたいこと、いろいろあるでしょうから、そういったことのメモ、リストはつくってもバチはあたりません。

私は、あまり細かくはつくりませんが、やろうと思っていることが進まないときは、すべきこと、やりたいことをノートや紙片に書き出す、ということはしてきました。今もしています。書こうと思っている記事のテーマやアイデアを忘れないように、ということもあります。付箋に書いて、壁に貼っておくということを最近は取り入れています。そういったリスト、メモは、目につくところにあることが功を奏します。メモ帳に書いてしまっておくと忘れてしまうことがあるからです。日々新しい情報に心を動かされますので、せっかく良いアイデアを思いついてもノートのなかで眠っていたのではもったいないです。ノートに書いた場合はときどき見返すようにしています。付箋の場合は常に思い出せるのと、終わった項目ははがしていけますから便利です。

なかなか手をつけられずにいることでもメモ書きが目に入ってくることによって心が喚起され、取り組み開始につながります。あるいは、ずっとメモやリストに羅列されたままで、時間が経つに従ってエネルギーが失せてしまい、線を引いて消したりすることもありますし、別のアイデアに組み込まれたりして、チェックやOKの印を付けることになることもあります。

ですので、私の「ToDoリスト」はそれほど意気込んだものではなく、やりたいことを忘れないようにするために書かれます。それでも准計画的な役割も持っていますので、例えば今週、今月、メモしていたけれどこれできなかったなぁと反省したりということは多々あります(そんなことばかりかもしれません)。それらの項目も順延されたり、消えていったり、ずっと残っていたり、色々です。

 

「リスト」「メモ」の効用はもうひとつあります。「思考の整理」ができます。

あれもこれもやりたい、あれもやらなきゃこれもやらなきゃ、という気分に駆られたことのない人はいないでしょう。学校の勉強や習い事もそうです。仕事も分量が増えてくるとどこから手をつけていいか分からなくなることもあります。「お片づけ&処分」でも、さてどこから始めたらいいかなと悩み続けたあげくにいつまでも開始できない、なんてこともあったりします。

私事でたいへん恐縮ですが、この度の「お片づけ&処分」作業に当たりまして、「片づける場所のリスト」を書き出しました。クローゼットのなか、〇〇の棚の上、などいろいろ詰め込んである物々が置いてある場所を列挙しました。そして終了したら線を引いて消していきました。

また、書き物などもどこからどう書いたらいいか、学んだ知識をどう利用しようか、どうまとめたらいいか混乱することがあります。上に書きました「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」状態です。この一番の大きな原因は私の愚鈍さ、まとめる力の無さであることは自覚しております。さらに「あれもこれも」と右往左往するのではなく、できることから片づけていく」しかない、という沈着冷静な思考と判断とある種の開き直りが解決策だということも分かっています。が、これがなかなかまとまらない。

ゆえに私は、すべきこと、書きたいことを紙片にランダムに書き出す、という作業をします。本で言えば「目次」のような働きをするのだと思います。「リスト」は「目次」だと言っても過言ではないでしょう。「目次」というのは思考を整えてくれます。整然とまではいかなくとも、ある程度の整頓ができれば、次にすべきことが見えてきます。

リストやメモ書きは一度書いたらそれで終わりではありません。書き直し、書き足し、入れ替え、そうこうしているうちにリストから消えていくものもあります。何度も何度も書き出してしまう同じ項目もありますが、それは実行できていないからです。あるいは、それが自分のメインテーマです。

 

リストづくりにだけに血道をあげていたら先に進みません。試験勉強のときに計画表だけつくってやった気になる的な状況に陥ってしまった経験のある人は要注意かもしれません。「書く」という作業は、良くも悪くも人の心に満足感を与えてしまうのです。

いずれにせよ、私はインスピレーション型なので、体系的にまとめるという作業が非常に苦手なのです。ゆえに「書き出す」という作業は、私にとって必要不可欠です。

ちなみに、買い物なども、メモを取っておきませんとちゃんとできません。メモを見ながら買います。メモがないと買うべきものを忘れてしまうのです。忘れるだけならいいのですが、必要のないものを買ってしまったりします。

 

夢の実現のためにこういった「リスト」の類いを、10代20代から活用してきた人もいることでしょう。そういう人は、その延長で「死ぬまでにやりたいことリスト」を書き込んでいくことに抵抗はないかもしれません。

 

また、実行する順番、優先順位なども時々刻々変化するかもしれませんね。

タロットカードで言いますと、「No12」「ソード10」のエネルギーです。

 

②へつづきます。 

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60歳タロット バケットリスト @kinirobotti