ねことんぼプロムナード

タロット占い師の神秘と現実

「老い」の哲学(3)人生の終わりの厄介な恋愛秘話〜思い出カード「カップ6」=60歳からのわがままタロットセラピー19=

 60代、70代、80代……ともなりますと、人生の最後が否が応でも見えてくるのは誰の心にも共通していることでしょう。

 だからなのか、それともさまざま引退して時間に余裕ができたからなのか、過去のことを思い出す回数が増えるようです。特に恋愛話はややこしい出来事であるにもかかわらず、なぜか人に話してしまうという悲劇を実行してしまうことが多々あるようです。「人」と書きましたが打ち明ける最悪の相手は「妻」「夫」です。

 昔好きだった人についての打ち明け話をされて困っているという老齢の妻や夫の悩みを、新聞の人生相談でなぜか最近よく見かけるので、気にかかっていました。

 

 占いをやっていると、世の中には不倫関係の恋愛をしている人がたくさんいることに驚きます。なぜ驚くのかと言いますと、なにしろ世間では、すなわち政治家や芸能人など有名人たちの不倫が週刊誌でコテンパンに叩かれて、芸能人のなかには報道後になかなかテレビに復帰できない人たちもいるからです(なかには下劣極まりないものもありました)。犯罪ではないにしても、それほど不道徳なことだとして糾弾するのに、糾弾している人たちのなかにも不倫をしている人は多数いるのです。

 バレなければいい、という考え方もあるのかもしれませんが、占い師の私でも、よくバレないなぁと感心します。 

 なかには、恋愛依存症的な人もいて、心療内科で治療したほうがいいように思う人もいます。その行為が楽しくて活力や心の癒やしになっている(恋愛中にありがちな悩みも含めて)というのなら私に止める権利はありませんが、その人が小学生の子どもを連れていたりすると、なんだか複雑な気持ちになります。

 男性でときどき見かけるのが、女性を見下している人です。言葉の端々でガンガン伝わってきます。危険のない「女」を選んで不倫しているらしいのです。そんなときは私の正義感が持ち上がってきて、もう二度とこの人が来ませんようにと願うのですが、なぜか気に入られたみたいで、2度3度と不倫相手とこの男性のことを占わされました。占いは極めて誠実にしますよ、プロなので、もちろん。

 読者諸氏は興味津々かもしれませんが、不倫談義は別の機会に譲ります。

 

 初恋の人の話、男女の関係になった人の話、若い頃の恋愛話。妻が夫に、夫が妻に話せば聞かされた方は、はるか遠い昔話でも、どうしたって不愉快な気分になります。なにも70代80代になって(60代だとちょっとリアル感が増すので危険度は高いかもしれません)、そんな話わざわざしなくたっていいのに、とたいていは思うと思うのですがいかがでしょう。聞かされる夫にも妻にも、そりゃあ初恋はあったでしょうし、好きになった人だって何人かいるでしょうし、恋人と呼べる人だって複数人いても驚きません。青年期から老年期までの時間のなかで道ならぬ恋路だってあったかもしれません。

 打ち明けるのはあなたを信頼しているからですよ、だから気にするよりも許してあげなさい、もう人生も終末なのですから、というアドバイスもありますが、私の考え方はちょっと違います。

 人生の終わりが近づいているからこそ、話すべきでもなく、聞くべきでもないと思っています。

 ただ、上記のような人生相談の場合は、話したり聞いたりした後のどうにも置きどころに困る感情の乱れですので、確かに「許してあげてください」としか言いようはないのかもしれません。そうでなければ離婚というワードが脳裏を過ります。

 離婚には、体力と財力が物を言います。特に女性の場合は、貯金をしっかりと確保していて、しかも受け取っている年金が十分だったり、できる仕事がある、娘か息子に援助してもらえるなどの条件が整っていれば、離婚は、無遠慮で薄情な配偶者から逃れるためのより良い選択になり得る可能性はあります。

 

「60歳からのわがままタロットセラピー」では、余生をストレスなく暮らすためのヒントを取り上げて、楽しく人生を終えていくことを提案しています。

 ですので「そんな話」を、ときに自慢げに、あるいは追憶に耽りながら滔々と物語られては、聞かされる方としてはどうにもこうにも気持ちの持っていきどころに困りますし、果たしてこれから死ぬまでのどこかで、その困惑してしまった感情の処理ができるでしょうか。たぶんできないと思います。今さら精神修養じみたことをしたくありませんし、寛容という名の善人を演じるのもバカバカしいことです。そもそもそんなことをするための余生ではありません。

 老夫婦が余生をストレスなく生き切る秘訣は「互いを尊重しあう自己本位」に尽きます。「恋愛追想物語」は、語る人間の身勝手が能天気に相手の尊厳を奪う行為です。

 

「恋愛思い出秘話」を語る側は、気になっていたこと、そしてほのぼのと思い出したことを吐き出すのですから、さぞかし満悦至極でしょう。人生の最後に「やり残し」がないようにと、それなりに決意して話すことにしたのかもしれませんし、あるいは時間を持て余しつつ過去に思いを飛ばしていたところふと思い出して喋っちゃったのかもしれません。長年連れ添ってきた配偶者は空気のような存在になっているでしょうから、もうすでにときめきの対象ではなく同士のような気分で、良き理解者として打ち明け話、思い出話の相手として無自覚に選んだのかもしれません。他人に話すよりは良いだろうという判断もあれば、こんな話を聞いてくれる友人知人もいないのかもしれません。

 理由はどうであれ同情はできません。何が楽しくてそんな痴話話を配偶者に語って聞かせるのでしょう。相手も楽しく耳を傾けてくれるとでも高を括っているのでしょうか。どんな反応を期待しているのでしょうか。それよりなにより、何十年もともに生きてきた自分の妻(夫)の気分がどのように変化するか想像もできないのでしょうか。それも含めて楽しんでいるのでしょうか。あるいは、配偶者への復讐?

 

「恋愛思い出話」は、よほど特別な事情がない限り、禁忌だと私は思っています。

 恋愛の「思い出」は、自分のなかに閉じ込めておくのが最良の手続きです。楽しむのなら、自分ひとりで密やかに楽しみましょう。家族の誰にとっても、そんな話は不愉快です。

 配偶者が死んだあとに恋愛相手が登場するというドラマを観たことがあります。実物が現れたり、遺品の手紙によって象られたりします。それこそかつての、あるいは現在進行形の不倫相手が葬儀に現れました、といったドラマのようなことも現実にあるでしょう。大きな遺産があるときには大問題に発展するでしょうが、庶民には、お金は絡まなくても感情的な揉め事にならないほうがおかしい。隠し子でも現れたときの対処方法は、ドラマや映画が教えてくれるかもしれません。

 心当たりのある方は、余生の早いうちに解決しておいたほうがいいと思います。「お片づけ&処分」でも書きましたが、「恋愛の思い出」に関連する手紙や日記の類いは、思い切って処分しておいたほうがいいと思います。それが死にゆく者の家族への礼儀です。死後にまで面倒をかける人は浮かばれませんし(面倒をかけることで自身の存在感を示そうとする人もいます)、そもそも迷惑です。あなたの家族が、あるいはあなた自身が作家とか著名人なら、小説やエッセイ、映画の題材としての価値があるかもしれません。そういった素晴らしい機会にあなたの遺品が役立つと想像するのであれば残しておいてもかまわないかもしれません。ただし、浮気の場合はひと言のお詫びくらいはいっしょに残して。

 

 タロットカードで「思い出」といえば「カップ6」。これは占い師によって読み方にさまざま違いがあるカードなのですが、私はこれまでの占い経験から「思い出カード」として理解しています。「思い出」には良い思い出もあれば良くない思い出もあります。そして良くも悪くも過去の思い出に囚われてしまうことは良くない、ということもメッセージのひとつです。過去の出来事がトラウマになってしまっているケースは想像以上に存在しています。

 

 高齢となっていささか時間の余裕ができたとき、あるいは余生という人生晩年の時期に突入したことによって死というものが視界に入るので、人は、幼い頃からの自分、そして印象深い出来事を思い出したりします。楽しい思い出、嬉しかったこと、苦しかったこと、本当はやりたかったこと……。思い出はおそらくいつも正確ではなく、つくり変えられていたり、ときに誤解したり、間違って記憶していることもけっこうあるとは思います。内容的にも時系列的にも。

 

「思い出」を辿って懐かしんだり、自分を振り返ったりすることは悪いことではありません。終活の一貫で身辺整理(「お片づけ&処分」作業)をしていると、懐古的物品がぞろぞろ出てきます(詳しくは「お片づけ&処分」に関する「60歳からのわがままタロットセラピー」の記事をお読みください)。

 恋愛秘話として最強なのは日記や手紙です。若かりし日の恋愛を思い起こさせる一文と出会うかもしれません。差出人が「あの人」ということもあります。ときにプレゼントされた品物も、まだ後生大事に仕舞われているかもしれません。老年期に入るまでにいくらでもそれらを捨て去る機会はあったのに、捨てることができなかったあれこれです。写真なんか出てきたらどうでしょう。じっくりと見入るかもしれませんし、ヤバイ!と間髪を入れずに細かく破ってゴミ箱へ放り込むかもしれません。

 でもどうなのしょうか。そういった恋愛秘話物は、結婚する時に処分してしまうほうが理にかなっているように思います。そうできない人もいることは十分に理解します。

 その都度、人生の分岐点で持ち物整理をしていれば、恋愛秘話が強烈に蘇生してくるという悲劇をある程度防ぐことができます。「ある程度」と書いたのは、証拠物件がなくても、当然のごとく「思い出」は人の心に宿っているからです。それらはきっかけがあればいつでも浮上してきます。

 何度も言いますが、それは決して悪いことではありません。自分の歴史であり、大切な思い出です。いくつかの恋愛も自身の記憶のなかだけに存在している分には、なんら問題となりません。

 ただし、嫌な記憶は思い出す必要はありません(思い出の取り扱い方については「お片づけ&処分」の記事ですでに言及していますが、またあらためて書くかもしれません)。

 

 初恋の人、かつての恋人、片思いの相手、そんな人たちの面影が漂ってきて、どうしているかなぁと最後に一度会いたい気持ちに駆られる人も少なからずいるようです。恋愛ではなくても、お世話になった人、傷つけてしまった人のことを思い出して、お礼や謝罪をしたいと思いを募らせる人もいます。人生の集大成とでも言いましょうか、終わる前に回収しておきたい、気がかりなことを整理整頓してすっきりとした気持ちで余生を送り死んでいきたいと思うのはごく自然なわがままです。

「わがまま」は余生を有意義に過ごすためのキーワードですから、「こうしたい」と思うことを躊躇なくすることは推奨されるべきなのですが、誰かとの関係性のなかで発生することには用心深くある方が無難です。

 以前にも書いていますが、会ってお礼を言いたい、謝罪したい、手紙を書きたい、という希望は、一方的に思っているほどよい結果となるとは限りません。むしろがっかりすることが多いのではないかと思います。もう何十年も疎遠な場合はすでに全く違う環境にいるのであり、こちらのことを覚えていないかもしれないし、出来事などなおのこと忘却の彼方に行ってしまっている可能性もあります。さらに言えば、その誰かにとっては思い出したくないことかもしれません。ドラマや映画ですと、そこから何かが始まったり、奇跡が起きたりします。現実でもそういうことが全くないとは言いませんが、99%は余計なお世話です。余生をストレスなく過ごすためには、思い出のなかにそっとしまって、自分にとってポジティブな記憶のみを堪能しましょう。

 

 恋愛秘話となれば、なおのこと、会いに行くとか、手紙を出すなど、やめたほうがあなたの余生の幸福のためになります。何か行動を起こしたいという気分に駆られた人は、行動原理をどんどん正当化させて思い込んでいく傾向がありますので、正義の味方かヒーローのごとくの精神状態に陥って、そして行動して、得意になるか後悔します。

 だからといって配偶者に語りますか?誰かに聞いてもらいたい気持ちは十二分に分かりますが、夫にも妻にも、お互い老齢なのだから大丈夫だろうなどと身勝手で安易な気持ちで話してしまうと、新聞の人生相談のお世話になることになります。せっかく老夫婦二人で人生最後の時間を充実させようとしていたのに、そんなゆったりとした老後を諦めることになるかもしれません。

 繰り返しますが、そもそもそんなことを配偶者に話して聞かせるというのはいったいどのような心情なのか、話す前に自問自答してみてください。自己満足、承認欲求、嫉妬させたい?それとも、実はずっとその人のことが忘れられなかったという申し訳ない気持ちを伝えて理解してもらいたい?この最後の理由は本人的には善なる思いのつもりかもしれませんが、まったく謝罪にはなりません。配偶者を深く傷つけてしまう可能性が高いです。

 

 なにはともあれ、恋愛秘話は自分の心のなかだけで反芻してください。そんな青春時代があったなぁと。

 もしかして、自分と別れたあの人は自分と別れたことで不幸になってるんじゃないか、だったら余生でつぐないたいとか、見届けたいとか、バカなスケベ心をお持ちの方はいらっしゃいませんよね。そんな自信過剰や高慢は、大きなお世話です。でも、それほどまでに自己評価が高いというのは、すごいパワーです。

 以上は、これから昔好きだった人のことを配偶者に話そうとしている愚かな高齢者のあなたへの「60歳からのわがままタロットセラピー」からのささやかな助言です。

 

 もしどうしても話したいときは、本当に心の底から信頼できる友人知人にしてください。過去のあなたのことを知っていて口の固い誠実な人です。もっと良いのは見ず知らずの人です。ひとり旅の途中で出会った人や、どこか遠くの知らない街のカフェのマスターとかは、素晴らしい聞き手になってくれます。それ以上親しくならないことが条件の行きずりの人です。旅の後も連絡を取り合いましょうとならないこと、店の常連にならないこと。

 最適なのは、私のような占い師です。守秘義務がありますし、そもそもあなたがどこの誰であるかを知りません。家族にも友人にも誰にも言えないこと、相談できないことを話すことができるのが占い師です。占い師はそのために存在していると言っても過言ではない、と私は思っています。

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タロットカードカップ6 ©2021kinirobotti