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60歳からのわがままタロットセラピー13「Bucket List」②〜見えてきたもの 夢〜やりたかったのにできなかったこと〜

60歳からのわがままタロットセラピー

=やりのこさないために=

=ご都合主義シニアのアジール

 

 老後にやろうとか言って若い時に先送りにしていたことがありませんか?

 さて、その老後がやってきた今、どうしますか?やりますか?やりませんか?

 

「60歳からのわがままタロットセラピー」⑦で、こう書きました。

いわゆる「バケットリスト(BUCKET LIST)」を作って、死ぬまでにしたいことを列挙してみてください。

10年のうちにもっと他にすることがある、したいことがあります。読みたい本、観たい映画、学びたいこと、食べたいもの、使ってみたいもの、行きたいところ、住んでみたい場所があります。すぐには手にはいらないものもありますし、計画が必要なこともあるでしょう。そう考えると、10年なんてあっという間ですよ。

  また⑧では、

死んだあとにしてほしいことは、それこそエンディングノートに記しておいたほうがいいですよ。

 と書いています。

 

エンディングノート」は、「自分がやりたいこと」ではなく、死後、あるいは病気などで動けなくなったとき、十分な意思疎通ができなくなったときに家族など周囲の人たちに「やってほしいこと」を記しておくノートです。法的効力はありませんが、遺言書に近いのではないでしょうか。

 延命措置をするのかしないのか、どんな介護を希望するのか、葬儀はするのかしないのか、遺産について……。例えば自分の死を知らせてほしい人、知らせてほしくない人を書いておく、とか。知らせたくない人などいるのか?と思われるかもしれませんが、お通夜や葬儀で心無いことを言う人っているでしょう?そもそも他人への尊重の気持ちを持ち合わせていない人もいます。噂話の好きな人には知らせない、知られないようにしたほうが魂の平和を保つことができます。死んだ後までイヤな気分になるのは避けたいものです。そう考えますと、ひっそり心静かに死んでいくのも悪くありません。いわゆる孤独死を推奨しているわけではなく、盛大なお通夜や葬儀についての話です。

 

「60歳からのわがままタロットセラピー/やりのこさないために」で注目するのは、「Bucket List」「死ぬまでにやりたいことリスト」です。

 

 私が「Bucket List」をつくろうと思い立ったのは、60歳。少し前の世代だったら年金を受け取れる年齢です。なぜ書こうと思ったのか。もうこれからは自分のことだけを考えて生きていこうと強く思ったからです。遠慮しないぞ!と。

 私の年代の女性の多くは「母、妻という役割は自分のことは後回しにすることが尊い」という心情が染み付いているのではないでしょうか。少なくとも私の母親の世代がそうだったので、その様子を幼い頃から見てきました。

 実のところ私、自由奔放にやっているように人から見られているようなのですが、意外と自己を犠牲にしてしまう傾向があるのです。そうやって我慢するものですから、たまりにたまったエネルギーがあるとき大爆発するというなんとも損なタイプです。

 ですので爆発しないためにも、食べたいものを食べる、欲しい物を買う、やりたくないことはやらない、と決めたのです。ある種のリタイアです。母、妻をやめることはできませんが、一部の役目、機能をリタイアです。

 占いの仕事は続けていきますが、心身ともにガツガツとはしません。仕事の仕方も、自分なりの働き方改革を持ち込みました。別の側面から申しますと、理想に近づけていくということです。無理も迎合もしません。

 男性だったら夫の役割よりも、仕事に向き合う姿勢でしょうか。もちろん女性にもあります。好きな仕事だったら続ければいいし、生活のためだけの労働だったのなら辞めて別の仕事を探したり、無理をしないなかで生活を楽しむことを考えるほうが「わがままタロットセラピー」的だと思います。

 

 さて、私は「死ぬまでにやりたいことリスト」を書くにあたって、ノートを決めました。それは、もったいなくて使えずにいたあるキャラクターのノートです。それを棚から取り出してふと思ったのです。これずっとコレクション的に取っておくのか?と。死ぬまで大事に仕舞っておくのか(それは自ずと死んだ後も残り続け、いずれ誰かに使われるか捨てられるかすることを意味する)?それこそバカバカしいじゃないか。

 とりあえずそのノートに、5年後までの「やりたいことリスト」を1年ごとにページを変えて書き込みました。項目の頭にチェック欄として「□」を設けました。なぜ10年じゃないんだ?と思われるかもしれませんが、同時に裏ページから「やりたいこと」関連の思索や出来事を日記的に書き付けておこうと考えたからです。

 5年くらい持つかな、と思っていましたがすでにたくさん書き込んでしまっているので、あと1〜2年ほどでノートを新しくすることになるかもしれません。

 どうしても色々と書いてしまうのですね。良いのか悪いのか分かりません。こんな風に書き付けてきたものが「お片づけ&処分」の対象になったのですから。性分とでも言うのでしょうか。それでも私の場合、書くことも仕事のひとつですので、性分だけでもないかもしれません。

 けれども、これはこれで有効に働いています。ちょっと前のことでも忘れていたりしますので、ポジティブな出来事や深い気づき、シンクロニシティな出来事は「やりたいことリスト」とともにときどき読み返すのはさらなる前進のためには良いと思います。特に、シンクロニシティな出来事は確認することによってさらなるシンクロニシティを呼び起こしたり、「これだよ」と気づかせてくれたりという神秘性を運んできてくれます。

 開き直って言えば、残り少ない人生なんですからもうシンクロしかないでしょう、シンクロに気づいていくしかないでしょう。若い頃は世間体とか思い込みの自我と自己保存欲が邪魔をして、シンクロからのメッセージに気づかないで失敗することが多かったのですから。

 

「やりたいこと」を書き出すとき、おそらくは子どもの頃、あるいは若いときに持っていた「夢」すなわち「諦めた夢」「破れた夢」に思いが飛ぶ人も多いことでしょう。何らか事情で「やりたかったのにできなかったこと」です。

 20代から50代では、この世で生きていくため、生活のための賃労働に束縛されていますので、定年退職したらやろう、と思っていたこともあるかもしれません。

「破れた夢」や「諦めた夢」(夢という言葉が苦手な人は「事」と言い換えてください)を持っている人の心のなかには「No16塔」のタロットカードが存在しています。これをずっと持ち続けていることは不健全です。ですので、気づきましょう。「それ」がやりたいんだよね、と。やりたかったけどできなかったんだよね。ほしかったけど手に入れられなかったんだよね。

 もしかしたらもうそのことに興味をなくしているかもしれません。その場合も、そのことに全く興味がない自分というものに気づいて認識しましょう。面倒だなと思うかもしれませんが、「塔カード」を気づきと再構築に変えていかないとネガティブや恐れの感覚として残ってしまうからです。それは良くありません。

 それから自分に嘘をつかず、やりたいならやりましょう。今さら誰もバカにしたり、止めたりしないので。

 どんな理由で諦めたのかを辿ってみるのも人生のまとめの時期としては有効です。誰かに反対されたのか、十分なお金がなかったのか、怖かったのか、能力不足だったのか。ここにあげた前3つの理由なら今はもうないはずです。能力的な問題の場合は、100%を求めなければなんでもできますし、自分なりの成果をあげることもできるでしょうし、あとで書きますが、ずっと続けなくても一度やってみてOKということもあります。

 いずれにせよ、「やりたかったことをやる!」の一言につきます。そのための「リスト」です。

 

 私自身この度リストをあげていくなかで、あれ?と気づいたことがありました。自分の夢を思い出した?いやいやそれではなく。

「死ぬまでにやりたいことリスト」のなかには、最近思いついた事のほかに上でも書きましたように、子どものころの夢だったり、若い頃やりたくてもできなかった事だったりと、新旧両方の事柄が含まれています。

 そこで私はハッ!としたのです。すなわち、いわゆるアハ体験かもしれません。

 何にハッとしたか。

「あれ?けっこう夢、叶えてきてるじゃん」です。

 夢とまで言えるかどうか分かりません。それで叶ったと言えるの?という程度のことかもしれません。が、「死ぬまでにやりたいこと」リストは、前に紹介した映画やTVドラマのように、1回できたらOKの印をつけていくわけですから。

「サッカー選手になりたい」が子どものころの夢だったとして、いわゆるメジャーな選手にはなれなかったかもしれなくても、例えばサッカー部に所属していたりすれば「サッカーをする」という希望は実現できているわけです。立派なプレイヤーです。もしなんだったら今からシニアチームに入ることもできます。

 例えばプロの歌手になれず夢破れた過去を抱えていたとして、人生のどこかで一度でも人前、舞台で歌った経験があれば、それは夢を叶えたと言ってもいいと思います。職業としても趣味としても継続しなかったというだけです。自分が望めば、小さな(大きくてもいいです)会場を借りてリサイタルやコンサートを開くことはこれからでもできますから、さらにリストに加えることもできます。

 

 小さなことではありますが、リストを書き込みながら「あれ?これもう私やったことあるよね」「なんだけっこうやってきてるじゃん」と思った私。断片的だったり単発的だったので、できていない、失敗だったかのように思っていることもありました。それに若い頃はより大きな手応えを求めていますから、ちょっと掠っただけでは「やったこと」「できたこと」にはカウントしないのですよね。

 これはもったいない。成功事例として自分の成果、エネルギーに変えていったほうが断然良いです。そう気づきました。

Bucket List」の思いがけない効用です。「過去のネガをポジに変える」とはこのことなのではないでしょうか。

 そんなの成功じゃないと言う人もいるでしょうが、でもいいんです。繰り返しますが、だって「Bucket List」の項目は、1回できたらOK印をつけることになっているんですから。

 ですので、リストにあげたあとに「これやったことあるな」というものは線を引いて消していきました。もちろん、またやりたければやればいいのですし、そうしたチャンスも巡ってくるかもしれません。あるいは、毎年やりたいな、と年単位の「やりたいことリスト」に加えていってもいいかもしれません。そのぶん楽しみも増えます。

 そうこうしているうちに、その道でプロになっているかもしれません。後藤はつのさんは、73歳のときに孫のすすめでカルチャーセンターで絵を習い始めて、そこからプロの画家になったそうです。

 とはいえ、何をもってプロと言うのか、ということもあります。それでお金を稼げている人だけがプロなのか?占い師でもイラストレーターでも、俳優でも芸人でも歌手でも作家でも、特別な資格があるわけではありませんから、プロフェッショナルとアマチュアの境界線は曖昧です。ゆえに資本主義的な稼ぎがひとつの判断基準になっているのかもしれません。さらに一方で資格を持っているからと言っても立派ではない、おおよそプロとは言えないような教師や医師などもいることは現実です。

 昔、ある英国の超人気バンドのメンバーが、自分が歌手だと名乗れば歌手なんだ、だから実績が何もないときから「私は歌手です」と堂々と言ってきた、と言っていました。

 この類の話題も興味深いですので、またあらためてテーマを設けます。

 

Bucket List」「死ぬまでにやりたいことリスト」をノートに書き込んでいく作業に「ここまでの人生で自分のしてきたことを再確認できる」というポジティブな側面を、思いがけず見ることができました。まるで「No12吊られた男」のエネルギーのようです。視点が変わったあとで、これまで気づけなかった隠されていた事実、そこにあったポジティブが可視化された瞬間でした。

Bucket List」「死ぬまでにやりたいことリスト」は、余生を豊かに生きていくためのツールであると同時に、過去を振り返ることのできるツールでもあります。

 

Bucket List」の作成、ぜひやってみてください。

 成果のレベルや満足具合は別にしても、いわゆる「夢」「やりたいこと」のそのほとんど、あるいはいくつかが実は叶ってる(いた)という気づきは、もしかしたら自分の人生を悲観したり悔やんだりしている人には大いなる称賛になりますし、また、さらにこれからやりたいことを書き込むことは、余生の愉しみとなります。

 

 最後に、ちょっと大きな気づきを書きとめておきます。

 私の場合、書き出したリストをひとつずつ見ながらすでにやったことのある事に「OK」とチェックしていきましたところ、あとに残ったものが見えたのです。それは、ずっとやりたかったのにどうしてもできていないこと、実現していないことです。私にはそれは2つありました。

 なんだたった2つじゃん、かもしれません。けれども、個人的な人生なので簡単に表現することはできないですが、何といいますか、人生の課題だからこそ、実現し切れずに今に至っている、ということなのかもしれません。そういった側面もあると思います。そして、やっぱりこれだったのだな、とあたらためて思いました。そこには自分の内と外が複雑に絡み合っているように思います。

 その2つを、死ぬまでに実現したいと思ってリストアップしています。

 どこまでできるか分かりません。今回の人生ではできない運命なのかもしれません。それでも、もう高齢者ですから「そんなできもしなことやってないで仕事に就きな」とは誰も言いません。気楽にやれます。

 その他にもちろん、食べたいもの、使ってみたいもの、行ってみたいところ……は都度わがままに実行していきます。

 

 はっきりとこれからの余生でやりたいこと、すべきことが焦点をしぼって見えました。これは、ここまでの人生の総決算とも言えることなのかもしれません。

 ある意味、精神の「お片づけ&処分」もできたようです。

 

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