ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

さくらももこさんが亡くなって悲しすぎる~コジコジ~メルヘンの国~

昨夜、激しい雷雨のなか、停電。

ぱっと電気が消えて、ワイファイも使えないね、などと家族と話していると、

ライン着信の音が。

え?「さくらももこ」だった。なんだか、妙なタイミングだった。

「さくらプロダクションからお知らせです」

さくらももこは、平成30年8月15日午後8時29分、乳がんのため永眠いたしました」

え?うそでしょう、うそでしょう……

ショックで悲しすぎて。

著名人が亡くなって、そしてファンでも、涙が出るということはまずないのですが、

泣いてしまった。こらえたけど。

 

テレビ報道では、「ちびまる子ちゃん」のことばかりだけど、

私にとってのさくらももこは「コジコジ」です。

今ちょうど「ファミリー劇場」で土曜日の朝に再放送しています。録画してます。ブルーレイ、新しく出してくれないかな。

 

コジコジのセリフ、ナンセンスでもあり、深遠。

あ~だめだ。コジコジの顔見ると涙が出てくる。

コジコジはなんて言うだろう、と思っていたら、

コジコジbotさんが

体が死んでもたましいは生きてるよ ブヒブヒもスージーも またいつか会えるのに 次郎君そんな事も知らなかったの? 

 とツィートしてくれた。

そして私の息子からのライン。

コジコジは全然悲しんでないね。

コジコジが悲しむのはやかんくんのお茶が飲めないときだけ。

私を慰めてくれた。

 

コジコジ第一話のこのセリフ。これにびっくり、そして感じ入ったのでした。

毎日いったい何をしてるんだ、と先生に聞かれたコジコジ

あのね 空飛んで遊んでね そんでお菓子食べて 山に行って遊んだり 海に行って遊んだりね あと寝たりしてるよ

遊んで食べて寝てるだけじゃないか、と先生に怒鳴られるとこう答えます。

え?悪いの?遊んで食べて寝てちゃダメ?

盗みや殺しやサギなんかしてないよ 

遊んで食べて寝てるだけだよ なんで悪いの?

 コジコジは将来何になりたいんだ?と先生に聞かれたコジコジ

コジコジだよ 

コジコジは生まれた時からずーっと将来もコジコジコジコジだよ

 

このシーンも含蓄がある。

ねぇゲラン いいこと思いついたよ スヌーピーのサイン ジョニー君にあげたらきっと励みになるよ

いやなの?ジョニー君を励ますって言ったばかりなのに?

 でもあれは大切なものだからとゲランが言うと、コジコジはこう返します。

じゃあゲランは大切じゃない物をジョニー君にあげるの?ろくでものない物を?王様だからそれでもいいの?

 

さくらももこさんはエッセイの達人でもあります。文章もうまいし、内容も抜群。

視点のありどころと感性が非凡なのだと思います。その非凡さは、ただの利己的天才ではなく、人間の心を深くついてくるものであり、真理を語って「何か大切なこと」を伝えてくれます。

現代の清少納言と学校の先生はおっしゃったそうですが、現代のイソップでもあるかもしれません。

 

また、さくらももこさんは、スピリチュアルな人でもありました。

「ももこのトンデモ大冒険」という書物があります。徳間書店の5次元文庫から出ています。

帯にこうあります。

UFO、宇宙人、超常現象のことはこの「ももこ」にまかせなさい!

不思議大好きファンに贈る超ド級の大爆笑エッセイ

 その通りで、本当に本当に大爆笑な体験談。

スピリチュアルなことをしている人たちに会いにいくのです。編集者とともに。ワークショップに参加したりして、これってインチキなんじゃないかと思ったり……。

アミ 小さな宇宙人(徳間文庫)」の挿絵を描いたももこさん。作者のエンリケバリオスに会った話も収録されています。

この本は精神面における意味の含みがとても多い本で、読み手はいろんな角度からたくさんのことを考えることができる素晴らしい本だと私は感じていた。

(P91)

 

それぞれの書物にイラストが載っているのですが、それもとても素敵なのですよね。

イラストと言えば、さくらももこさんが高校生のときに惚れ込んで影響を受けたという画家エロール・ル・カイン

「憧れのまほうつかい(新潮文庫)」というエッセイ集にその出会いからの様々が語られています。

ル・カインのイラストもたくさん載っていて、ステキな本です。

私はこれを読んだとき、ももこさんの高校生のときのル・カインへの情熱の物凄さにも驚き、そして、天才の集中力とはこういうものか、と深く感じ入りました。

 「コジコジ」のイラスト、ル・カイン風なものがたくさんありますよね。大好きです。

タロット占い師としては、タロットカードを描いてもらいたかった。お手紙書こうと思っていたのですが。お返事はどうであれ、思い立ったことは思い立ったときにしないとだめですね。

 

ひとつだけ文句を言ってもいいですか。

乳がんがどうのこうの、検診が大切どうのこうの、という話題に持っていくコメンテーターがいますが、今はそれはいらないですよ。純粋に人の死を悼みませんか。人の死に出会ったときにまっさきに感じて伝えるのがそんな物理的なことなのか。これは、芸能人の死亡報道のときいつも感じていることです。

私も、乳がん、と聞いたときに「え?なんで?取っちゃえば治るのに」と思ったりしましたがそれは、さくらももこさんに死んでほしくなかった、神様ひどい、その心の叫びであって、無機質な感想ではありません。

 

平和な人たちがどんどん死んでいく(いった)平成。

さくらもももこさんはスピリチュアルでもあったので、ちょっと書いてもいいかなと。

こういうのをいっとき騒がれたアセンション、というのかな。

でも53歳。早すぎです。

 

超越していて、同時に大地に密着している、という人はなかなか少ないと思います。

世界観、人生観、思想、マクロとミクロが融合しているというか、本当はそういうことなんだろうな、と思います。そしてそれが自然に体現できていた「すごい人」だったのではないか、と今あらためて感じています。

 

「そういうふうにできている(新潮文庫)」というエッセイ集があります。

脳と心と魂とは、全然別々のものであるというのが私なりの結論である。三つとも別々なのだが、非常に密接につながっているので混同してしまったり、何が何だかわからなくなってしまいがちだったのだ。(P116)

このあと魂は意識と言い換えたほうがいいだろうとして、意識やエネルギーについて語っています。そして、こんなことも書いています。

意識が肉体に再び乗り込むと脳は物凄いスピードで色々と動くもので、生きている人間に無心になれというのはどうやっても無理である。哲学だか宗教だか知らないが、「無心になれ」などという教えを私は今後一切信用しない。なぜなら肉体というものはそういうシステムになっているのだから仕方がないのだ。

(P120)

この世で言うところの「無心」とは「無私心」のことなのだな、と今思いました。先日の尾畠春夫さんの善行と合わせて。

 

私は、自分が死ぬときに、せめて「幸せな気持ち」で死んでいきたいと思っています。

どんな状態で死ぬか分かりませんが、余裕がある状態なら「見ながら死んでいきたい作品」のリストがあります。

そのなかに「コジコジ」が入っています。

 

さくらももこさん、メルヘンの国に行ったのかな?

 

さくらももこ劇場コジコジ主題歌

コジコジ銀座」

作詞さくらももこ

作曲ホフディラン

 

キミのそばにも

それはあるはずだよ

楽しみながら

さがしてみるといい

不思議なことは

偶然じゃないんだ

……