ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

今日は宮沢賢治の誕生日~尾畠春夫さん~自分を勘定に入れないことこそ自己肯定感を生む~ほんとうのさいわい~

本日8月27日は、宮沢賢治の誕生日なのですね。

TBS「あさチャン」の「ぐでたまショートアニメ」

「今日使える豆知識 ぐでたま新聞」で知りました。

 

昨日(2018年8月26日)、毎日新聞「日曜くらぶ」。

新・心のサプリ 海原純子

「夏の暑さにも負けず」

海原純子は、このコラムのなかで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を取り上げて、先ごろ話題にのぼったスーパーボランティアの尾畠春夫さんに触れていました。

つまり、尾畠さんはまさしくこの詩を体現している人だ、ということ。

確かに!わぁ、思いが及ばなかったなぁ~と、悔しく思っていたのが昨日の朝。

さらに今朝ほどの「ラジオ深夜便」、頭木弘樹「絶望名言」のコーナーで紹介されていたのは宮沢賢治でした。

そして「あさチャン」で、今日が宮沢賢治の誕生日だと知って、全てがシンクロしたのです。

海原純子のコラムには、宮沢賢治の誕生日については何も触れられていません。このコラムが掲載される8月26日が賢治の誕生日の前日だということを知っていて書いたのか、それとも偶然だったのか、いずれかは分かりません。

が、兎にも角にも海原純子は、

日焼けした笑顔で、男の子を救出した後、15時間ぶりという食事を戸外でとる様子をテレビで見たのだが、白いご飯に赤しそがのっているシンプルなものだった。

その時思いうかべたのが、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」である。

 ニュース映像を見ながらふっと思いがつながったのでしょう。

そして彼女は、本棚から詩集を取り出して読み返したそうです。

 

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して瞋(いか)らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに

(略)

そういうものに
わたしはなりたい

(分かりやすいようにカタカナをひらがなに私がしました)

 まるで尾畠春夫さんですね。

 

海原のコラムにこうあります。

他者のために何かをすることは、心の活気を上昇させるという調査結果がある。この場合何かをすることが義務感になっていたり、そのことでほめられたり、評価されたりすることが目的だと、評価という見返りがない場合に気持ちが落ち込んでしまうが、見返りを求めない場合は、人を助けることにより自分も元気になるのである。

「ありがとう」と言われて「よかった」と思ったときのことを思い出してほしい、と海原は書いています。

(略)自分の行動に納得がいく気分になったはすだ。「自分が自分でいい」という気持ち、自己肯定感は生きる支えになる。

それはまた、困難を乗り切るエネルギーにもなる、と。

 

最近は、他人の評価という見返りを求める傾向が強いようです。とくにネットのなかの「いいね」に一喜一憂しながら、それが生きがいにすらなってしまって、自己肯定感どころか、他人の物差しでしか自分を測ることができず、それが喜びよりも苦しみになったり、嫉妬や妬みの要因になったりと、マイナス要素が目立ちます。

さらに「いいね」「フォロワー」数を増やすために、過激な内容をアップしたり、しまいには自らの犯罪シーン動画を堂々と世界中に流して逮捕された人たちもいました。やることがなくなっていくと、どんどん行動が過激になって、自分が何をしているのか分からなくなってしまうのでしょう。この人たちは、自己顕示欲と同時に、その行為、作業を「評価目的の義務」としてしまっているので、心は活気づくのではなく、実はとても萎えてしまっているのだと思います。

宮沢賢治流に言えば、「自分を勘定に入れ」ているからです。

昔もそんな人、いっぱいいたのでしょうね。

 

さらに、私が宮沢賢治の詩と尾畠さんのシンクロを感じますのはこの部分です。

東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の朿を負ひ
南に死にさうな人あれば
行ってこはがらなくてもいいといひ
北にけんかやそそうがあれば
つまらないからやめろといひ

尾畠さんは言っていました。

困っている人がいればどこへでも行く、と。

 

無心であること、他人の評価に自分を委ねないこと、それが自己肯定感を高めるためのとても大切な心の持ち方だと思ます。

 

報道によって尾畠さんは全国的にヒーローになったかもしれません。ヒーローはなろうと思ってなるものでありません。

自分にできることをしていたら、たまたま全国区でヒーローになることもあるかもしれませんし、たったひとりの誰かのヒーロー、「ありがとう」かもしれません。

そして、もし思わず知らず高い評価を他人から得たとしても、風のごとく立ち去って、また別の場所へ行く、自分のすべきことに戻る、のが本当の英雄なのだろうと思います。評価を握りしめたり、さらなる称賛を追い求めるのはお門違いです。

 

誰もが尾畠さんのようなことはできないと思います。

私も無理です。自分にできることを自分らしくしていけばいい、と思っています。そうしていくしかありません。

 

そういえば今朝のラジオ深夜便で、頭木弘樹がこう言っていました。

賢治は今でも「ほんとうのさいわい」をさがして銀河鉄道に乗っているのではないか、と。