第5週「朝雨は女の腕まくり?」
朝の雨はすぐに晴れるものだから、女の腕まくりと同様に少しもこわくない。
(コトバンク)
脚本/吉田恵里香
土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 ハ・ヨンス
松山ケンイチ 小林 薫 岩田剛典 戸塚純貴 他
語り/尾野真千子
波乱の第5週。
寅子(伊藤沙莉)の父・直言(岡部たかし)が逮捕されてしまった。「共亜事件」は連日新聞を賑わす。
え?寅子のモデルである三淵嘉子の父親って逮捕されたの?と思って、ちょっと検索してみた。
結論から言うと、逮捕されたことはない。
「共亜事件」のモデルは「帝人事件」。昭和9年に捜査がはじまっている。
政財官界を巻き込んだ、昭和戦前期における背任・贈収賄事件としては最大の事件(大疑獄事件)で、この事件によって斎藤実内閣が総辞職しています。
(明治大学ホームページ)
実際には逮捕も、勾留も、取り調べも、起訴もされていなければ、裁判にかけられてもいない、三淵の父親です。
ドラマは実在の人物をモデルにしたフィクションである、とはいえ、実話に基づいていることから、描かれていることを単純に本当のこととして受けとめてしまう視聴者だっていることでしょう。どこからどこまで本当で、どこが演出なのか。今私がしているように調べなければ事実を知ることができない。
例えば坂本龍馬。司馬遼太郎の小説によって、今では小説のなかの「竜馬」が坂本龍馬のイメージとなっています。
難しいな、と私はいつも思います。歴史上の人物を描くとき、フィクションにしてもノンフィクションにしても、作者の意図、創作が含まれる。
伝記だってそうだ。言ってみれば「いいこと」ばかり書いてある。ときに本当ではないことまで。子どもたちが読む偉人伝も然りである。
台湾銀行(三淵嘉子さんのお父さんの勤め先でした)がこの事件に絡んでいたことから、帝都銀行勤務の寅子の父親の直言が事件に関与していたと考えても不自然ではありませんし、寅子が明律大学法学部に在学中で、高等試験司法科に挑戦しようとする時期とも重なっていることから、ドラマに採用することになりました。ドラマ企画会議(私がそう呼んでいるだけです)で、脚本担当の吉田恵里香さんはじめ、演出担当の皆さん(チーフの梛川善郎さん、安藤大佑さん、橋本万葉さん)たちが、実に周到に関連資料を集めて勉強されていたことを覚えています。
(明治大学ホームページ)
花岡(岩田剛典)の手はずで穂積(小林薫)が直言の弁護人となった。
「謂れなき罪」というワードを穂積から聞いた寅子は、調査をはじめる。法科の仲間たちも手伝ってくれる。
調書を書き写す。その内容を現場に赴いて検証するなど、地道な作業を丹念にこなしていく。
母・はる(石田ゆり子)の手帳(日記)に目をつけた寅子。調書にある証言と母の手帳にある直言の行動記録に齟齬があることを発見する。その事実を予審が終わって帰宅していた直言に突きつけると、ようやく真実を述べる直言。自分は何もしていない、と。
はるという人は、頭脳明晰な人のようだ。確か、寅子もはるのことを「頭のいい人」だと言っていた。
日記って大切なんだな、とあらためて見直す。
私も、予定とその日にやったことや読書の記録くらいは手帳に書き込んでいる(今どきアナログである)。けっこう1週間前のことでも忘れていることが多々あるからだ。何したっけ、何にもしてない?と思うのが嫌で、自分の日々の成果として記録している。振り返りや、それこそ何らかの証拠としても役立つ。
それでも罪を認めると言っていた直言だったが、裁判では、意を決して「否認」した。騒然とする傍聴席。やってくれたね。
尋問による自白の強要は人権蹂躙である、と穂積。
そこから執拗に検察の抵抗も続いたが、公判を重ね、無罪を勝ち取る。検察は控訴を諦める。
実際の帝人事件も、ほぼこのドラマの通りの展開のようだ。
ドラマのなかの新聞記者・竹中(高橋努)が言っていた。事件が起きたから内閣が総辞職したのではなく、内閣を総辞職させるために事件を起こした(でっちあげた?)、と。
起訴された16人の大物たちは、裁判前の予審ではほぼ全員が罪を認め、自白していたが、事件発覚から3年後の1937年に確定した第一審判決では、起訴された全員が無罪となり幕を閉じた。判決文では“空中楼閣”という言葉で、まったくの虚構の事件だったと断じられている。
(ダイヤモンド・オンライン)
帝人事件(ていじんじけん)は、戦前の1934年(昭和9年)に起こった疑獄事件。齋藤内閣総辞職の原因となったが、起訴された全員が無罪となった。そのため、現在では倒閣を目的にしたでっち上げの可能性が極めて高いものと見なされている。
誰が仕掛けたのか?
竹中は、貴族院議員の水沼淳三郎(森次晃嗣)が怪しい、と言っていた。実際にもそういった人物がいたのか?
起訴された全員が無罪になったが「現在では倒閣を目的にしたでっち上げの可能性が極めて高いものと見なされている」とあるので、明確な結論は出ていないようだ。
それにしても、倒閣のために16人もの犯罪者を仕立てあげるって、凄すぎだ。
この事件は無罪判決が出て良かった。ドラマでも正義が勝って良かった。が、検察と政治家や支配層が手を握れば、誰でも犯罪者にでっちあげることは可能だということを物語っている恐ろしいエピソードでもある。
昨今のドラマでは「エルピス(2022年カンテレ)」でも「ジャンヌの裁き(2024年テレ東)」でも同様の事柄が描かれていた。無実の人間が罪をなすりつけられる。権力者のシナリオに従って、犯人にされてしまう。
あるいは、ここ10年以上の政治は遠慮なく権力を振るっている。悪事を働いた政治家や官僚たちが罪に問われない。総理大臣の友人が検察権力の横暴(首相への服従)で逮捕を免れた、という事件もあった。
ちなみに、水沼を演じた森次晃嗣、被告にされた若松男爵を演じた古谷敏は、な、なんとウルトラセブンだぁぁあ。森次はウルトラセブン、すなわちモロボシダン。古谷はウルトラ警備隊のアマギ隊員。
私は「ウルトラセブン」が大好きなのである。先ごろNHKで放送された4Kリマスター版をしっかりブルーレイにコピーしてあります。良質の深い物語がたくさんある。様々な異星人が登場して、ちょっと「スター・トレック」っぽいところのある、哲学的な作品です。
この深刻なエピソードのなかでも、ユーモアを忘れないのが「虎に翼」。
寅子の家で、学生の本分は何かと穂積に問われて、「学業です」と同時に答える花岡と優三(仲野太賀)。実は、花岡は優三の存在をこのとき知り、いささか嫉妬のような、あるいは訝しげな表情を浮かべるシーンがあった。
いつも冷静なよね(土居志央梨)が、事実調査や判決の日に狼狽したり熱い様子を見せたりする。
寅子の兄・直道(上川周作)が直言に言ったひと言「とうさんは、悪者顔なだけで悪いことのできる人じゃない」。確かに、岡部たかしは、悪っぽい役がこれまで多かったように思うけど。それも「エルピス」あたりからちょっと変わってきた感じ。そして「虎に翼」で、いよいよ大物俳優の貫禄かも。
良いドラマには、良い役があり、良い俳優がいる。
最後、裁判が終わって、寅子は、桂場(松山ケンイチ)を甘味処で待ち伏せしていた。お礼を言うために。今回の裁判で、桂場は裁判官のひとりだった。
寅子は、法律とは何なのかをずっと考え続けてきた、と言う。
寅子 法律って、守るための盾や毛布のようなものだと考えていて。私の仲間は武器だと考えていて。今回の件で、どれも違うなって。
法律は、道具のように使うものじゃなくて、なんというか、法律自体が守るものというか、例えるならば、きれいなお水が湧き出る場所、というか。
桂場 水源のことか?
寅子 はい。私たちは、きれいなお水に変な色を混ぜられたり、汚されたりしないように守らなきゃいけない。きれいなお水を正しい場所に導かなきゃいけない。その場合、法律改正をどう捉えるかは微妙なところではありますが。今のところは、私のなかでは、法律の定義はそれがしっくりくる、といいますか。
桂場 きみは裁判官になりたいのか?
寅子 え?
桂場 きみのその考え方は非常に……、あ、そうか、御婦人は裁判官にはなれなかったね。
寅子 はて?
将来(戦後)の伏線がここに張られて、第5週は終わる。
オープニングの動画。法服を着用したイラストの寅子の手から、水色のもの、すなわち水が湧き出す映像がある。それはこのことだったんだ。
「きれいなお水が湧き出る場所」が法律で、その「きれいなお水を守り、正しい場所に導く」のが弁護士の仕事。
それは裁判官の仕事だと、桂場は言いたいようだ。