ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

枝野幸男の国会質疑〜検事 裁判官 弁護士とは〜

枝野幸男の発言に、久しぶりにユマニスム(人文/ヒューマニズム)を感じた。

 

黒川検事長の違法的定年延長決定の口頭決裁なる怪言動について、法務大臣である森まさこへの国会質疑中(2020年2月26日)。枝野は森へ、次のような発言をした(正確な文言ではありません)。

 

あなたは弁護士。私も弁護士。

司法試験に合格すると、3つの職業から選択する。

検事、弁護士、裁判官。

検事を選ぶ人の多くが社会正義実現への意欲から。

裁判官は、学者肌の人が多い。

弁護士は、弱者に寄り添いたい人もいるし、お金儲けをしたい人もいる。

検事は「社会正義」を実現する職業。

それを担う意欲を持った人が検事を選択するのに、誰のためかは知らないが今回のような違法なことをしていると検事になりたい人が減るかもしれない、ということを強調するために法曹三者について述べた。

奇しくも、そして巧みに三者の特質を端的に的確に述べてくれた。

 

弁護士はいろいろだ、ということろが興味深いし、そのとおりだと思う。

私の父も弁護士だったので、よく分かる。父は前者。

私が小学生のとき「親の職業」について発表するという宿題があった。そのとき「弁護士はね………」と父が話してくれた言葉は、ずっと私の心に残り続けている。いろいろ話してくれたと思うが、その一言だけが忘れられないのだ。

それは、今振り返れば、弁護士という仕事への父の思いが溢れている言葉だった。そして、大人には優しい、子どもには易しい説明だったと思う。が、一方でなかなか深いので、表層的に反応する人にはどうでもよい説明かもしれないし、なんだそれ?かもしれないとも思っている。

もったいなくて自分の息子にしか話したことがない。

「感覚」というものは、言葉にしたとたんその感動や重みが半減するという体験をした人は多いのではないか。それは人それぞれの人生のフィールドが違うので致し方ない。

ゆえにこの話はしない。少なくとも、今はしない。

それについて、今よりいくらかでも多くの人がなるほどと思ってくれるような表現方法を私が見い出すことができたときに、なおかつ機会があれば書くかもしれない。

 

もしかしたら、上記の枝野発信についても「それで?」「それがなに?」と思う人もたくさんいることだろう。

私にとっては、大変クオリアでユマニスムな法曹三者論評。

一瞬にして立体性をもって心に飛び込んできた。

 

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 Tarot de kinirobotti「No8正義」 @kinirobotti