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「ワンダフルライフ」(是枝裕和監督映画)①~あなたにとって一番大切な思い出とは?~タロットカード「死神」

「あなたの人生のなかで一番印象に残った大切な思い出をひとつだけ選んでください」

 

「ワンダフルライフ」(英題After Life)

1999年公開(日本)

監督・脚本/是枝裕和

出演/ARATA(井浦新) 小田エリカ 寺島進 内藤剛  谷啓 伊勢谷友介 他

 

この映画を予備知識なしで鑑賞したい方は、映画鑑賞後にぜひ、この記事を読んでください。

 

月曜日。古い大学の校舎のようなところに人々が続々と入って来る。そして、おのおのの名前を伝えてから先へと進んでいく。

私は、まったくの予備知識なしにこの映画を観ました。なんだろうこれ?と一瞬思いましたが、すぐに、もしかしたらこの人たちは「死んだ人たち」……かな?そしてここは「霊界」か?という想像が働きました。是枝監督の撮る映像が、そのように想像させてくれたのです。映像が物語るって、こういうことなのですね。

 

それからほどなくして、ここは「死後の世界」へ行くための通過地点の役所のようなところなのだな、と分かります。

じゃあ、ここで働いている人たちは何者なのか?この疑問は至極当然に湧いてきます。そして、なるほどここの職員なんだな、と理解し始めます。で?この職員の人たちは死んでるの?生きてるの?これについてはしばらくして分かるのですが、この記事の冒頭に書きました「あなたの一番大切な思い出をひとつだけ選んでください」というインタビューに答えることができなかった人たち、つまりすでに死んでいる人たち、いまだに思い出を選択することができずにいる死者たちです。

 

人は死んだあとここへ来て、担当者から「あなたの一番印象に残っている大切な思い出をひとつだけ選んでください」と問い掛けられる。

「思い出」は3日の内、水曜日までに選ばなければならない。その思い出のシーンは職員たちの手で再現映画として撮影され、土曜日に上映会をする。そこで、

「みなさんの思い出が鮮明に甦った瞬間、みなさんはその思い出だけを胸に、あちらへ向かわれるわけです」

という段取り。

死者たちは思い出を探し始める。まだ10代の人もすでに90代の人も。

なかなか選べない人、すぐに選べる人、思い出に嘘を交えてしまう人、選びなおす人、と様々。その手助けをする職員たち。

職員と死者たちのインタビュー場面が、ドキュメンタリータッチで映し出されて物語は進んでいく。

 

おそらく公開当時この映画を観ながら、観客の大部分が自分の思い出と格闘したのではないでしょうか。その思い出、気持ちをだけをずっとこれから保てるとしたなら、いったい自分はどの思い出を選ぼうか、と。

印象に残っている思い出と大切な思い出は違うかもしれません。印象に残っているのは幸福なシーンとは限りません。けれどもこれから先その気持ち、気分を持ち続けることになるということならば、「大切な」を喜怒哀楽の「喜」か「楽」と解釈して思い出を選びたいと思うのがごく自然な選択だと思います。少なくとも私はそうです。

ゆえに「嫌な思い出ばかりなので振り返りたくない」という山本(志賀廣太郎)のような死者がいるのも分かります。こういう人は一定数いつもいるのでしょう。そうなりたくはないですが、私もそうなる可能性はなきにしもあらずです。「大切」「幸福」の観点をどこに置くかにもよるでしょう。

 

死んだあとのことは正直なところ分かりませんが、死と対面したとき人は、より素直な自分になれるのかもしれません。一番大切な思い出は?と尋ねられたら、何かに成功して優越感に浸ってるシーンではなく、ゆるやかななんでもない静かなシーンを選ぶかもしれません。あれこれと生きていく算段を考えたりしなくても「そこに居られる」そんな場面。

 

高校生の吉野香奈(吉野紗香)は、友だちとディズニーランドへ行ったときのことを楽しそうに話していたが、水曜日、思い出を選びなおしたいと申し出た。

3歳くらいだったと思うんだけど、夏で、お庭に白い洗濯物がゆれてて、それで、おかあさんの膝枕で耳掃除をしてもらってて、そのときのおかあさんの匂いとか、自分のほっぺがおかあさんの腿にあたってる感じとか覚えてて、やわらかくって、あったかくって、なんだかすごく懐かしい感じがしたから…。

先日、私は家のベランダに椅子を持ち出して読書をしました。ゆるやかな風と空気の香りが心地よく、耳に入ってくる鳥の羽ばたきや鳴き声、公園で遊ぶ子どもたちの声や街が動いている音なども遠くから聞こえてきて、それを穏やかに受け止めている自分、読書をしてる自分(その本はD・H・ソローでした)、そこで味わっている感覚は、とても穏やかなものでした。

「静寂」です。

キャピキャピしていた高校生の吉野香奈の再選択はある種の悟りだったのでしょう。

それにしても、香奈のこの母親は、年齢的にはもちろんまだ生きているはずです。母は、高校生の娘を亡くして、どれほどの哀しみを抱いていることでしょう。そして、香奈が選んだ「懐かしい大切な思い出」。……ふとそんな空想が広がったら、このシーン、泣けてきました。

 

私はタロット占い師です、「タロット幸福論」を提唱させていただいております。それに関連して、この映画から学んだことがあります。

「死神カード」には「明日死ぬとしたら、一週間後に死ぬとしたら、今日あなたは何をしますか?」という問い掛けを考えて、自分が本当にしたいことを探究しようというワークがあります。人は死を前にしたとき、おそらくは大半の人が抑圧への我慢をやめて自分が本当にしたいこと、好きなことをしたいと思うのではないでしょうか。そうしない理由はありません。むしろ、そうしなさい、というのが「死神カード」からのメッセージでもあります。

ところがこの映画を観た私は、この考え方も悪くないな、と思ったのです。「昨日あなたは死にました。あなたの人生を振り返って、大切な思い出をひとつだけ選んでください」と問うことです。

これからあなたの人生をより良く生きるための私から提案する新しいワークはこうなります。

「あなたは昨日死にました。今霊界へ旅立つ前の施設にいます。ここまでの人生を振り返って、あれをやっておけばよかったな、と思うことを選んでください」

その答えが「あなたがやりたいこと」です。

やりたいのに様々な諸事情からやらずにいることです。世間体や常識と言われることや、親からのプレッシャーや、古い価値観や、誰かからの助言と称する心無い言葉によって。あるいは自身の諦念から。

これやっておかないと死んだとき後悔するな、と思うことがあるのなら、ぜひやりましょう、という問い掛けであり、メッセージです。

 

ARATA(現・井浦新)演じる施設職員の望月は、姿は若いが戦争で死んでいるので、生きていれば75歳。今回担当した死者・渡辺(内藤武敏阿部サダヲ・青春時代)の5年前に亡くなった妻が、自分の婚約者だった女性だったことを知る。渡辺もそのことに気づき、旅立つ前に望月に手紙を残す。

というエピソードは、感慨深いものでした。

戦争を生き抜いたが人生に何も証しを残せていないと平々凡々の人生を嘆いている渡辺と、若くして戦死してしまったちょっと寂しげな望月とのコントラスト。二人とも、大切な思い出をなかなか選択できないところは共通しています。最後は渡辺も思い出を選び、望月もようやく旅立っていくことになります。

 

是枝裕和の著書「映画を撮りながら考えたこと」(ミシマ社)によりますと、実際にアルバイトを雇って街でインタビューを敢行して思い出を集め、集まった映像は600近くになったそうです。そこから実際に本人に出演依頼をしたので、俳優以外の出演者はご本人、その思い出のご本人ということで、ノンフィクションです。 

 

自分自身が死ぬときのことについて、私は常々主張していることがあります。

「平穏な気分で死んでいきたい」と。

悔しいこと、憤慨すること、不満を感じることなどなどは、人生を振り返ればいくらでもあります。ですが、イヤな思いを抱えたままでは死にたくない、穏やかな気分を持って死んでいきたい、と私は思っています。ゆえに、心がやすらげるドラマや映画などの映像を観ながら死にゆきたい、と家族に伝えてあります。候補はいくつかあげてあります。たとえば「コジコジ」とか。悪徳政治屋の顔など観ながら死にたくありませんので。

映画「ワンダフルライフ」では、死んだあとではありますが、「自分の人生の一番印象に残っている大切な思い出のひとコマ」を鑑賞しながらその気分を堪能したとき、ふっとそこから消えて天国へ行くという仕掛けになっています。

それもいいですね。自分の物語のワンシーン。

この映画のなかで描かれている施設では、選んだそれを全員で鑑賞しているので、同時にここに集まった他の人々の「心和む」思い出のシーンも観させてもらえるようです。