①からのつづき
鉄平の日記はいったい誰がいづみに渡したのか。それも謎だった。
最終話で登場した古賀孔明(こうめい/滝藤賢一)。鉄平の親友だった賢将(けんしょう/清水尋也)の息子だ。彼がいづみに鉄平の日記を渡したことが判明する。
1973年8月お盆休み。何年かぶりに日記を書く。親友に会った。
(声・鉄平)
長崎の大浦天主堂で鉄平と賢将は接触した。
この演出がまた憎い。最終話、2018年、玲央といづみが大浦天主堂に足を運ぶのだが、そこで二人が身廊を歩くシーン。二人が通り過ぎたあとの信者席(ベンチ)になんと賢将が座っている?神妙に腰掛けている男性、徐ろに帽子を脱ぐこの男性は…賢将だ!けれども実際にその場にいるのではない。そこから1973年へと映像は飛ぶ。
賢将はずっと鉄平を探し続けていた。やっと探し出すともうそこにはいない、の繰り返し。そんな逃げるように流れ歩いている鉄平が、なぜわざわざ賢将に会いに来たのか。
鉄平は、端島が閉山するというニュースが本当かどうか賢将に確かめたかったのだ。賢将の父親(沢村一樹)は、鷹羽鉱業幹部職員で、炭鉱長として端島に東京から赴任していた。父親が東京へ戻ったあとも、賢将は鷹羽鉱業の職員として端島で働いている。
それから季節が進み、再び鉄平は賢将と会う。閉山によって失職する炭鉱員たちのために、仕事の紹介先を持ってきた。これまでの自分の経験から、良い会社を選んだと自負する。
外勤の仕事を途中でほっぽりだして、悔いが残ってるよ。
と、鉄平。悔いが残ってるのはそれだけじゃないだろう、と賢将に問い詰められる。そして賢将は言う、朝子はすっかりお母さんだ、と。
賢将が写真を見せようとすると鉄平はいったん拒否するが、見ないと後悔しそうだと言って見る。子どもたちと百合子といっしょに写っている笑顔の朝子。
幸せそうでよかった。
このときの鉄平は本当はどんな気持ちだったのだろう。
例えば国語の授業でこの場面について問われたら、私はどう答えるだろうか。「本当は悲しいのに、幸せそうでよかったと嘘をついているのだと思います」なんて答えるかな。
いや、鉄平はそういう人じゃない。きっと心からそう思っている。一方で、申し訳なかったという謝罪と自己処罰の思いを抱いているのではないか。そして、無念さも少し。けれども、どんな言葉をもってしても表現できないほどの悲哀、悲痛が、すっぽりと鉄平の人生を覆っている。
別れ際に賢将が、端島についての記録を残そうと思っていると話すと、参考になるだろうと鉄平が自分の日記を託す。
このときすでに、11冊目の日記がギヤマンとともに、鉄平の鞄のなかに入っているのを映像は映し出していたんだね。目にはしていたけど、伏線として深く留めていなかった。
こうしてこの密会の時点で、鉄平の10冊の日記は古賀家に渡ったのだった。
その賢将がこの(2018年)春に亡くなり、遺品のなかから鉄平の日記が出てきた。自分になにかあったら池ヶ谷朝子さんに渡してほしい、というメモといっしょに。
鉄平の手がかりを探ろうと、古賀家を訪れたいづみの孫、千景(片岡凜)と星也(豆原一成)、そして玲央。
古賀家にある賢将と百合子の結婚式の写真のなかにも、鉄平を発見することはできなかった。鉄平はカメラマンに徹していたと日記にあった、と玲央。
そういえば鉄平はいつもカメラマンだった。玲央といづみが観たフィルム映像(記事①)のなかに鉄平が写っているのは、珍しいことだったのだ。
このフィルムも古賀家にあったものだ。どこかから譲り受けたと賢将が言ったそうだ。これは「映画オーディション」のときのものだ。あのインチキ映画プロデューサー(渋川清彦)が鉄平を撮影しているシーンが第3話のエピソードで登場する。
おそらく賢将は端島について執筆するために、当時の文献を探したのだろう。でも、どこで手に入れたんだろう。あのインチキ野郎を探し出したのだろうか…。
その憶測は置いておくとしても、第3話のエピソードでのフィルム映像が最終話で重要なアイテムになる、という背景もよくつくられている。しっかり回収されているだけではなく、視聴者を欺き続けてきた驚愕の真実として、鮮やかに復活してくるとは。
いづみは言っていた。
あのとき分からなかったことが分かるのなら、家も会社もぜ〜んぶなげうってもいい。
孔明がいづみに渡した日記は、実は全部で11冊あったことが判明する。いづみは10冊しか持っていない。
11冊目には、鉄平が端島を出てからあとのことが書かれていた。加えて、賢将に日記を託すときに破ったページもその最後の一冊に挟まれていた。それは朝子のことについて書かれている箇所だった。賢将に日記を託すときに、朝子のことが書いてある箇所を塗りつぶし、さらに数ページを破いたのだった。鉄平は賢将に言っていた。「リナと駆け落ちしたていになっているから」と。
鉄平がいなくなってから、端島ではそう噂されていたのだ。おそらく「あの夜」のあと、荷物の整理をして出ていくまで端島にひとり残っていた母から、その話を鉄平は聞いたのだろう。
11冊目はどこに行ったのか?
玲央がいづみに尋ねると、日記は秘書の澤田(酒向芳)に古賀家に取りに行ってもらったという。
なんと、澤田が会社の金庫に隠していたのだった。なぜ?
ここで衝撃の告白がはじまる。
自分は端島で生まれたと、意を決して言い放つ澤田。「澤田」は妻の姓。旧姓は荒木。荒木誠。父は進平(斎藤工)。
澤田はあのときの、あの誠だったのだ。鉄平がヤクザの手から救い出した、あの…。
澤田の口から、いづみが知りたかった「あの夜」のことがようやく明かされる。
澤田は母から話を聞かされていた。「あの夜」、鉄平が朝子にプロポーズをしようしていた夜のこと。
朝子と鉄平は、銀座食堂の前で待ち合わせをしていた。が、ついに鉄平は来なかった。そして、二度と戻って来なかった。鉄平とリナがボートで島を出ていく様子を目撃していた人がいた。駆け落ちだと噂された。
実はその日、赤ん坊の誠が誘拐されたのだ。誰が殺した?という文言が書かれた小鉄(若林時英)の写真が部屋に残されていた。
端島に来て、リナを探しながら炭鉱員として働いていた小鉄という男がいた。リナは博多の店から逃れてきた歌手。小鉄がリナを見つけて追い詰めたとき、リナが持っていた拳銃で進平が小鉄を撃ち殺し、遺体を海に沈めてしまったのだった。
小鉄と連絡が取れないことを不審に思った仲間たちが、いよいよ端島に乗り込んできて(そうだよね、黙ってるはずないよね)、リナと進平の間にできた子、誠を誘拐したのだ。小鉄殺しの犯人を探しだして復讐するために。
そして、全ての事情を把握した鉄平が策を練った。
鉄平は、ヤクザたちを呼び出す。赤ん坊を返せば小鉄を殺害した犯人を教える、と。
赤ん坊は兄貴の子で兄貴は炭鉱の事故で死んだと話すと、ヤクザは、兄貴が小鉄を殺したのか、だったら赤ん坊を殺すと言う。やむを得ず鉄平は、自分が小鉄を殺したとヤクザたちに言ってしまう。だから自分を殺せ、と。
格闘の末なんとか誠を助け出し、用意していたボートに乗り込み、リナとともに島を離れた鉄平(これ、まさに鉄平は「鞍馬天狗」なんだね。朝子の大事なガラスの空き瓶を拾ってきてあげたとき、自分のことを「鞍馬天狗」と名乗った少年は鉄平だった)。
そして、そのまま帰って来なかった。
鉄平はその後、警察へも行った。命を狙われているからと助けを求めても、門野鉄(本名は小鉄ではなく鉄、なんだね)の死体もあがっておらず犯人はもう死んでいるという話では、警察は相手にしてくれない。
これは、玲央の経緯と重なる。
客に逃げられた玲央はホストクラブに借金があり、追いかけられている。一方、ホストクラブの客でキャバクラで働いていたアイリ(安斉星来)が、売掛金を背負って風俗店で働かされることに。そもそもそれは返す必要のある金なのか?ということを、いづみの孫の星也から指摘されて、玲央は目覚める。星也は、法学部を目指す浪人生。
第8話、玲央はホストクラブに侵入して帳簿の証拠写真を撮影。アイリを連れて警察へ駆け込む。
ホストクラブが客の女の子に風俗の斡旋してて、何十人も。そういうの何て言うんでしたっけ、あの、職業安定法違反?っていうのになるって聞いて、店がバックマージン受け取ってる証拠撮ってきたんで。この子の携帯のなかにも遣り取り残ってるんで証言できます。で、おれは、店に協力したんで逮捕してください。
「逮捕してください」に驚くアイリ。「ごめんね」とつぶやく玲央。
翌朝、いづみと澤田が玲央を迎えに来る。
逮捕されに来たのにさ、とりあえず帰れって。
この勇気は、玲央の人生を大きく変えることとなった。鉄平の人生も「あの夜」変わったが、鉄平にとっては前向きな変化ではなかった。
玲央はしがらみを断ち切り、鉄平はしがらみを背負った。鉄平の行動は、家族を助けるための厳しい選択であり、愛の決断だった。
玲央はしっかり法律と警察を使うことができた。とはいえ、のちのちホストクラブの店長らが、復讐しに来ないとも限らないが。それでも、鉄平の時代のヤクザほどあくどくはないだろう、と想像する。
このときの玲央の留置は、第2話で留置されたときの玲央の心境とは全く違う。あのときは、売掛金から逃げている玲央の客を道端でみつけて激しく問い質していたとき、ちょうど警官が通りかかって連行された(このときいづみは、玲央を澤田に迎えに行かせ、そしてそのまま玲央は池ヶ谷家に居候することになる)。きわめて受動的。
この「逮捕してください」は、人生に諦めて発している言葉ではない。自分の意志でこれまでの人生を清算してスタート地点に立とうとする人間の断言、能動的だ。
いづみは、澤田から「あの夜」の真実を聞いてどう感じたのだろう。
あまりにも悲しすぎる真相。でも一方で、噂されていた鉄平とリナの駆け落ち、などではなかったということが分かったのだから、もしかしたら、ある種の安堵にも似た感情、救われた思いを得ていたのではないだろうか。
やむにやまれぬ、前代未聞の、あり得ない、とんでもない事情がそこにあった、「あの夜」に。偶然なのか、運命なのか、宿命なのか。はたまた必然だったのか…。バタフライ・エフェクト?
リナは、朝子の活躍を新聞や雑誌で「朝子ちゃんの会社よ」とずっと追いかけていた、そう話す澤田。
楽しそうに暮らしてましたよ。それでも、鉄平さんと朝子さんにはお詫びのしようがないって。私と進平さんの一生の罪だって。酔っ払うたびに言ってました。
「一生の罪」……。そう言われてもね。本当に取り返しのつかないこと…だから。リナも苦しかっただろう、けれども……。
澤田は、50歳を過ぎて失職し、転職するなら残りの人生を人のために使いたいと思った。そう思っていたとき、「IKEGAYA株式会社」の秘書募集の広告を見て応募した。
朝子の秘書となって、朝子に恩返しをしようと思った。そうだよね。誠(澤田)の命を救ってくれたのは、鉄平。そしてそれによって朝子は鉄平と引き裂かれてしまった。二人の幸せは奪われてしまったのだから。
澤田は、リナと進平、すなわち母と父の罪を償うつもりだったのだろう。
「申し訳ありません」と謝る澤田。騙すような形になってしまったものね。それに、11冊目の日記を隠してしまったし。
それなのに、鉄平さんの日記が出てきたら慌ててしまって。私たち親子の罪を知られるのが怖くなったんです。
まあ、確かに。進平とリナの過去について知っている人はいない。もし世間に知られてしまったら…澤田の父親は殺人犯ということになるわけだから、普通に考えて自己防衛心が働いても不思議ではない。澤田にも澤田の家族がいる。
謝罪する澤田に、いづみは言う。
あなたに罪なんてない。進平兄ちゃんとリナさんと誠、あなたたちがいたから、この家族に会えた。
あなたが生きてて、また会えて、よかった。
キッチンで、いづみの子どもたち、孫たち、そして玲央が、楽しそうにちゃんぽんをつくっている。
運命とはこういうものなのか…。
③へつづく
これは、タロットカードの「ソード6」というカードです。
鉄平がボートを漕いで、端島から逃げて行くシーンで、私はこのカードを思い出しました。絵柄がそっくりですから。
みなさんは、このカードにどんな印象を受けますか?
ちょっと寂しげではありますよね。あまりポジティブではないようにも見えます。まさに、鉄平が島から逃れていくようにそっと人知れずに移動する、そんなイメージも放っています。
でもこのカードには「現状を打破して新天地へ向かう」という意味があります。ポジティブですよね。
とはいえ、現状を打破するということは、現状があまりよくないことを意味します。ですから、あなたの幸せのためにはここにいないで別の場所に行きましょう、というメッセージが込められています。
それは、まるで逃げ出すかのようなこともあるかもしれません。
「逃げるは恥だが役に立つ」です。
そういえば、テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016TBS/出演・新垣結衣 星野源 他)の脚本は野木亜紀子(原作漫画は海野つなみ)です。
思いがけず「海に眠るダイヤモンド」と繋がりました。タロットカード恐るべし。