ねことんぼプロムナード

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映画「彼らが本気で編むときは、」〜どうしてみんな母親のところへ戻るのか〜「ミッドナイトスワン」

 良い映画を観た。

 

「彼らが本気で編むときは、」2017年公開

監督 脚本/荻上直子

出演/生田斗真 桐谷健太 柿原りんか

 

「レンタネコ」から5年ぶりの荻上作品。

 ちなみに「レンタネコ」のブルーレイ持ってます。さらにちなみに「かもめ食堂「めがね」もブルーレイ持ってます。

 

 ところが、この作品「彼らが本気で編むときは、」を知らなかった。不覚。2017年というと、占い現場(お店)に出演していて、けっこう忙しくしていたということもあるのかもしれない。まあ、あとその他いろいろあったし。

 そしてこの映画の存在を知ったのは、現在(2022年9月)公開中の「川っぺりムコリッタ」という映画の批評を新聞で読んだのがきっかけだった。そこにこうあった。 

かもめ食堂」や「めがね」で、荻上直子監督は世知辛い日常のエアポケットのような場所を、映画の中に作りだしてきた。優しく、でも押しつけがましくない人たちが迎えてくれる居心地の良い安全地帯。前作「彼らが本気で編むときは、」では、安全地帯の平穏を脅かす世間にあらがい、今作では取り残されたような場所で肩を寄せ合う人々を描く。

毎日新聞2022年9月16日「シネマの週末・この1本」)

 え、そんな映画あったんだ。知らなかった。観たい!と探すと、Netflixで観ることができることが判明、ラッキー。早速鑑賞。

 

 良質の映画を観られてよかった、と本気で思った。最近当たりが悪くて(と言ってはなんだが)、主に洋画だけれども「時間損した」と思わ知らず声に出して言ってしまうような映画を観てしまうことが多かった。

 日本映画のほうが、最近の私には合っているのだろうか。「君は永遠にそいつらより若い」もたいへん良かった。「ミッドナイトスワン」も評判を裏切らなかった。「ノマドランド」は、ヤマザキマリも大絶賛だったのでWOWOWで放送されるのを楽しみに待っていたが、期待値が高すぎたのか、さほどでもなかった(時間損したとまでは思わなかった)。

 

「編む」って何だろう、と思っていたが、それは映画のなかで分かった。毛糸の編み物なのだ。しかも、それは「男根」。108個編んで供養する、という。

 

 マキオ(桐谷健太)とその恋人でトランスジェンダーのリンコ(生田斗真)が暮らす集合住宅に、母親が家を出て行ってしまった11歳のトモ(マキオの姪/柿原りんか)がやってきて一緒に暮らす数ヶ月の間の出来事。

 母親ヒロミ(美村里江)といるときは、コンビニのおにぎりばかり食べさせられていたトモは、リンコの存在に戸惑いながらも、リンコのつくってくれる食事がうれしい。次第に仲良くなり、トランスジェンダーとしてのリンコの立場も理解していく。二人の心の交流がとてもあたたかい。

 

 児童相談所に通報されて職員が調査に来たときには、「チョコレートドーナツ」(ゲイカップルが育児放棄されているダウン症の少年を養子にしようと奮闘する映画/2012年アメリカ)みたいになっちゃうのか?と思ったが、職員たちは何の問題もないことを認めて立ち去って行く。

 リンコはトモがかわいくてしかたがない。マキオと相談して、トモを引き取りたいと考える。言ってみれば、トモはネグレクトに近い。児童相談所はむしろヒロミを調査すべきだ、と思わず感情移入。

 

 ところが、どうしてだろう。子どもというのは、どんなに虐待されていても母親のもとへ帰っていく。

 ある日、ヒロミが戻って来た。そしてマキオのところからトモを連れて帰ろうとする。マキオはトモを引き取りたいと申し出る。リンコも丁寧にお願いする。もちろんヒロミ(マキオの姉)は混乱し、断る。私の娘だ、と。トモは、リンコは美味しいご飯やキャラ弁をつくってくれたけどお母さんはどうしてしてくれないのか、と母親に迫る。そして結局、お母さんといっしょにいたい、と母親の背中にすがる。

「ミッドナイトスワン」(2020年日本)もそうだった。トランスジェンダーの凪沙(草彅剛)のところにネグレクトを受けている一果(服部樹咲)が預けられて、一果はそこでバレエの才能を開花していく。凪沙は一果の母親になろうと決意して性転換手術を受ける。が結局、一果は中学を卒業するまではと、母親の元に帰る。その後、凪沙のところへ戻ってくるが凪沙はすでに体調を崩していた。ごめんね、と謝る一果。そして一果はバレエ留学へと旅立つ。凪沙と同じロングコートとハイヒール姿で颯爽と。

「チョコレートドーナツ」では、ゲイカップルが、何のために子どもを引き取るのか、虐待したいからじゃないかという疑いを晴らすために裁判を起こす。だが、裁判で母親のもとに帰すという判決が下される。う〜ん、明らかにひどい環境なのに。

 客観的にも主観的にも、母親という存在は強いようだ。母という存在が、とても大事なのだ、ということは私にも分かるのだが……。

 

「ミッドナイトスワン」では、一果の友人でバレエ仲間りん(一果にキスをするシーンもあり)が、怪我をしてバレエが踊れなくなって自殺してしまう(この事件が引き金となって一果は母親を求める)。「彼らが本気で編むときは、」では、トモのクラスメイトのカイ(音楽学校を目指す男の子)は、先輩の男の子が好きになる。ラブレターを母親に見られてしまい自殺をはかるが、助かった。似通った背景に、まさか死んだりしないよねと、ここでも感情移入してしまった。

 

「ミッドナイトスワン」と「彼らが本気で編むときは、」を較べて鑑賞すると興味深いかもしれない。どうちらも同等にすばらしい映画で、心に迫ってくるものがある。

 ひとつだけ違いを言えば、「ミッドナイトスワン」は激しい、「彼らが本気で編むときは、」は穏やか、かな。

 

 この物語の始まりを形作っている重要な背景に、トモの母ヒロミ、すなわちマキオの姉の生い立ちがあるようだ。マキオとヒロミの母親(りりィ)は施設に入所している。そこでこの母親の世話をしているのがリンコだ(マキオはリンコとここで出会った)。

 詳しく描かれているわけではないが、この母親は女性に厳しい態度を示す。マキオは言う。子どものころから姉ちゃんには厳しかった、と。いわゆる毒親ではないけれど、そういった影響もあって、ヒロミの生活は自堕落になっているのかもしれないし、もしかしたら、自分の子どもにどう接したらいいのか、どう愛情を与えたらいいのか分からないのかもしれない。

 上に書いた、トモを引き取りたいという申し出のあった顛末(刺激と本音)のあと、ヒロミは施設に母を見舞い、寝ている母に「おかあさん」と声を掛けた。はたしてこれは、ヒロミの心の変化を示唆している、母への許しのシーンなのだろうか……。

 

 母親つながりで加えて記しておくと、リンコの母フミコ(田中美佐子)は、たいへん寛容で率直な人のようで、子どものころからリンコの味方だった。これは「ミッドナイトスワン」の凪沙の家族とは全く正反対の環境で、凪沙の母(根岸季衣)は「彼らが本気で編むときは、」で言えばトモの同級生カイの母ナオミ(小池栄子)と同じ立場だ(ナオミが、マキオとリンコのことを通報した)。

 

「ミッドナイトスワン」で、フミコやマキオやトモのようにごく自然にトランスジェンダーを受け入れている人は、一果のバレエの先生である片平実花(真飛聖)だ。片平の態度は本当に自然に描かれていた。凪沙のことを「おかあさん」と呼んで二人で笑うシーンもある。

 

 もう数年も前のことだが、私の相談者さんにもリンコさんのような人がいた。最初は男性の姿で現れて、占いについて尋ねていった。後日、その男性は美しい女性の姿で現れた。リンコ役の生田斗真のように身体の大きな人だった。とても繊細な人だった。リンコさんのように、仕草は私なんかよりもずっとおしとやかだった。すごいきれいですよ、と言うととてもうれしそうだったのが印象に残っている。なんとなく彼女のその姿が、この映画の生田斗真、リンコと重なった。

「彼らが本気で編むときは」リンコ トモ マキオa la TsuTom ©2022kinirobotti