ねことんぼプロムナード

タロット占い師の神秘と現実

観光バスからはじまる記憶の連鎖〜ずっと乗っていたい〜方向音痴と依存症〜楽なツアー旅行〜国会議事堂

 観光バスは、さまざまな場面で活躍する。

 旅行は当たり前だが、スポーツ選手を運んだり、事件や事故の関係者を乗せて現地へ行ったりもする。

 COVID19パンデミックのなかで、観光バスは痛手を受けた。もちろん大変だったのは観光業界だけではない。が、今日はその話題ではない。

 

 ある事件のニュース映像を見ていて、とても不謹慎かもしれないが、ふと観光バスに乗り込むときの意識が蘇ってきてしまった。

 まったくもって人間のクオリアを伴う記憶というのは、ちょっとしたきっかけで唐突に想起されるのである。

 

 とても幼い頃は、乗り物酔いがひどくて観光バスは特に苦手だったが、小学生以降はそういった症状も次第になくなり、遠足や社会科見学や修学旅行を楽しめた。

 

 観光バスというのは、独特の匂いと雰囲気を持っている。

 そしてガイドさんがいる。私が小中高のころはバスガイドさんはみな女性だったが、今はどうなのだろう。

 バスガイドさんといえば、高校の修学旅行のとき担任の先生から注意された出来事を思い出す。観光地のバスのなかでなぜか生徒みんな不機嫌で(疲れていたのかもしれない)、ガイドさんからの挨拶や問い掛けへの反応が鈍く、暗かったのである。するとある見学先で、ガイドさんに失礼だから元気に受け答えするように、と先生から促されてしまったのである。

 そのあとバスに乗り込むと、クラスでもいちばん声も身体も大きなAさんが率先して大きな声で反応しだした。それに引っ張られるように私たちも声を出した。するとガイドさんが、どうしたの?急に元気になったね、と嬉しそうだった。

 でも、私たちのクラスなんで無気力っぽかったのだろう、思い出せない。

 

 観光バスは、路線バスとは違う重量感を持っている。実際に大きい。だからなのか、わくわくすると同時に緊張する。緊張とわくわくというのは表裏一体なのだ。

 とはいえ、私にとって本気で緊張するのは、いや、しなければいけないのは、いちばん最初に乗り込むときよりも、途中で見学なりをしたあとに、自分のバスを間違えないようにして乗らなければならないときだ。私はそういうの、方向音痴も手伝ってけっこう苦手なのだ。フロントに掲げられている表示を覚えて、探すときに確かめれば何ということはないはずなのだが、なにせ感覚を中心にして動く人間なので、だいたいこの辺りにバスはとまっているはずだよな、と記憶しているつもりなっていたりする。

 ということで、しばしばフロントの表示も、だいたいこの辺りという感覚も確認せずに行動してしまうことがほとんどだ。劇場などでいったん席を立つと自分の席を探せなくなるタイプの人間である。

 ゆえに私の場合、できるだけ誰かといっしょにいるように心がける。そうすればその人が正確な場所へ連れて行ってくれる。ひとりだったら気楽に観光を楽しむどころか、無事にバスまで戻れるかどうかをずっと心配していなければならないという緊張が続くだろう。その緊張から解かれて気楽になるためにも、誰かに依存しなければならない。そういう意味では、一人が苦手なのだ。寂しがり屋でも依存症でもないのだが、たぶん誤解されて生きてきたと思う。あ、でも、ある意味依存症であることに変わりはないか。

 意識のありどころ、あるいは意識散漫の常態化が問題なのかもしれない。これは脳科学的に解明できることかもしれない。単なる方向音痴ってこともあるが、脳の個性の問題ならどうにもならないので、こんな自分だと認識しながら自分自身と付き合っていくしかない。しかし、これからどんどん年齢が高くなっていけば、記憶や運動神経やなんやかやがどんどん衰えていくわけなので、私のこの街なかで起きる不具合はますます深刻になっていくのだろうな。

 

 さて、遠足とか社会科見学とかのときには、観光バスに乗っているときのほうが楽しかった。そんな記憶のある人もいるのではないだろうか。私だけか?

 往路でも見学するよりもバスで移動している時間のほうが楽しかったりするが、これは、私が歩くのが面倒な怠け者だということだけのことなのかもしれない。

 けれども、帰路についてはご賛同いただけるのではないだろか。学校に近づいてくるとなんだかつまらなくなってくる。おつかれさまでした、あと15分ほどで到着します、というガイドさんのアナウンスがあってから渋滞にはまったりすると、もっと長く乗っていられるな、と嬉しくなったりした。夕刻の高速道路、トンネルのライトなど、なんとなく覚えているその時の特別な光景がある。もうすぐ、学校かぁ、そして家かぁ……。渋滞がずっと続けばいいのに。

 ついに、ゆっくりとしたスピードのゆるやかな動きで大きな観光バスは学校へと到着する。観光バスって、普通の街なかでは妙にでかい。

 最後は、運転手さんにお礼を言って、ガイドさんには降車のときにひとりひとりがお礼を言って別れる。

 バスから離れると、そこはすっかり現実世界。

 そう、観光バス旅行は異次元世界の旅なんだ。もちろん旅行、遠足、社会科見学そのものが異世界体験なのだけれど、観光バスのなかはそれ以上に特殊な空間と化しているように思える。だから学校に到着するとき、夢から引き戻されるかのような意気消沈の感覚が迫ってくるのだろう。

 

 はとバスをはじめ、観光バスで観光地を巡る旅は多種多様にある。参加しようと思えばいつでも参加できるが、あの子どものころの感覚はもう体験できないかもしれない。そもそも私は、近場にせよなんにせよ、旅行をする気力も意欲もすでに衰えているかもしれない。

 旅行するなら自家用車で気兼ねなく行きたいかな。いや、観光バスであちらこちらへと強制的に連れて行ってもらったほうが楽に違いない。自分であれこれ考えなくて済むのだから。

 海外旅行はツアーで行ったちゃったほうが楽だ。若い頃は、今日の宿泊先みつかるかなぁなどと心配しながらバックパッカーをやったりした。それはそれで旅の醍醐味だ。安宿がみつからなかったら、夜行列車に乗って、ちょうど朝到着する観光地へ行けばいい。列車泊である。ヨーロッパだとその方法で国境を超えてけっこういろんなところへ行ける。今夕はパリで明朝はヴェネツィアとか。友人と行くこともあったけど、よくまぁひとりであちこち行くなんてことできたな、と今となっては若い頃の自分の度胸を讃えずにはいられない。でもそのあとツアー旅行をしたらとっても楽ちんだった。

 

 そういえば中学生のとき、社会科見学で国会議事堂に行ったなぁ。本会議場にも確か入った。同じクラスのSさんが演壇に立って「こんな立派なところに代表で立たせてもらっちゃって……」と恐縮しながら話すのを、その他の生徒たちは議員席だったか傍聴席だったかで見ていた。実はあまり国会議事堂への質感的な記憶がない。ただこのSさんのひとこと演説とその照れくさそうな表情だけを妙にはっきりと覚えている。

 

 記憶(思い出)というのは、肝心要なことよりも、派生的などうでもいいことのほうがより多く残っていたりすることがもしかしたら多いのかもしれない。

 それは、物資的な質感よりも、精神的な質感のほうがより強く自分に浸透してくるからなのかもしれない。匂いや手触りも含めた物質的な質感も、実は精神(心)のフィルターを通して記憶されているように思う。ゆえに個々人で感じ方が違ったりもするわけで、記憶も違っていたり、なんだったら椅子や壁の色まで違って記憶していたりすることもある。

 人の記憶はあいまい、というよりも、見ている世界は人の心を繁栄しているのである、と言ったほうが正確かもしれない。

 何が本当の世界なのかは、実は誰にも分からないのかもしれない。

 Nobody really knows.

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