ねことんぼプロムナード

タロット占い師のetc

「ヤマザキマリの世界逍遥録」「行った気になる世界遺産」〜旅エッセイを堪能する〜

 今私の手元に2冊の「旅エッセイ」本がある。

 

ヤマザキマリの世界逍遥録」KADOKAWA

「行った気になる世界遺産鈴木亮平ワニブックス

 

 私はヤマザキマリの大ファンだ。

 いつからそうなったのか定かでないのだが、彼女の視点と発信が気に入っていて、気づいたら、テレビやラジオまで追いかけていた。コロナ禍でずっと日本にいることもあってか、メディアでお顔を拝見する機会が多い。

 最近では内田樹や斎藤幸平とも対談していてうれしい。彼らの思想には共通点が多い。というかほぼ同じ世界観なのだと思う。その話はまた別の機会に譲る。

 

 楽しみにしていた「ヤマザキマリの世界逍遥録」。一気に読んだ。ところが、その前にやはり出版されたばかりのヤマザキマリ対談集(集英社)」を読んでいたからなのか、なんだかちょっと物足りない感じがしてしまった。

 まず届いたとき、想像していたよりも本が薄かった。鈴木亮平の「行った気になる世界遺産」の半分くらい。

 そして、1ページの紙が厚い。これは鈴木亮平の本も同様なので、イラスト付きの本の習わしなのか。もう少し紙質の薄い普通の書籍を想像していたので「あ、こういう本なんだ」と、とりあえず納得しつつ読みはじめた。

 すると、なんだか、ひとつひとつのエピソードがあっけなく終わる。これまでの書物ではヤマザキの圧倒的な語り口を堪能してきたせいかな……そんなことを考えていたら「旅のつばくろ」(沢木耕太郎/新潮社)へのとあるレビューのことを思い出した。その筆者は沢木ファンでほとんどの本を読んでいるようだったが、「旅のつばくろ」は物足りなかった、と書いていた。本当はもっと奥深い長文の旅行記を書く作家のようなのだ。私は沢木耕太郎の本を読むのはこれが初めてだったので、なんとも較べようがなかったのだが(私には十分奥深かった)、この度、ヤマザキの旅エッセイを読むことでその一端を垣間見た気がしたのだった。

ヤマザキマリの世界逍遥録」はJAL機内誌に連載されていたもの、「旅のつばくろ」はJR東日本が発行している雑誌に連載されていたものから選ばれたエッセイで構成されている。同類企画だ。

 これらは短くまとめられているのか、そのままなのかは分からないが、編集コンセプトもかなり練られているのだとは思う。日頃のヤマザキの言動をメディアから知り得ているファンとしては沢木のファン同様、物足りさを感じてしまった次第だ。

 

 一方、俳優・鈴木亮平の「行った気になる世界遺産」。こちらもプラスアクトという雑誌に連載されていたもののようだが、非常に面白かった。ひとつ難点を言うと、先ほども触れたが紙質。もう少し薄く柔らかいものにできないものなのだろうか。本を持ってページを広げる手が痛くなるのである。それからもうひとつ。鈴木の描いた絵が載っているので、ページが大きくしっかり開くような構造にしてほしい。見開きで絵があると真ん中が見えないし、片側でも見辛い。もったいない。そういう作りのほうが制作費が高くなってしまうのだろうか。

 何と言っても驚くのは、これはすべて妄想の旅エッセイ。とても妄想とは思えないクオリティの高さ。もちろん世界遺産検定1級を持っている鈴木亮平、色々と調べて書いているのだろうが、それにしても味のあるエッセイに仕上がりすぎている。逆に、本当に行ってないんですか?と尋ねたくなるほどだ。「あとがき」は、それぞれの世界遺産についてのミニ情報となっている。

 

 ヤマザキマリ鈴木亮平を比較しても何の益もないのではあるが、ちょっとした違いは何かと言うと、ヤマザキマリのこのエッセイは、自身の思い出からつづく旅先の情報が語られていて、鈴木亮平の方は、その場所へ到着する経緯、歴史そして感想が物語られていく(仕込みがわざとらしいほど)というところだろうか。さらにイラストは、ヤマザキマリのほうは人物に焦点があり、鈴木亮平のほうは、世界遺産を巡っているのだから当たり前だが、風景を描く。それら風景のなかにたまに登場している本人の姿が、小さくても大きくても「あ、鈴木亮平だ」とすぐ分かるほどの腕前だ。

 ヤマザキマリはプロなので上手くて当たり前だが、鈴木亮平の絵も味があって上手い。

 

 同じ旅先として両者の本に描かれているヨルダンのペトラ遺跡。読み較べてみる。

 アメリカから中東、ヨーロッパはイタリアからポルトガルまでを住居としてきた(いる)ヤマザキマリに、鈴木亮平のエッセイは比肩している。

「インディー・ジョーンズ」情報も含む歴史物語は、両者とも端的に盛り込んでいる(鈴木のほうは「あとがき」で)。

 どこに個性が光っているか。

 鈴木亮平はペトラに向かう移動中の様子、死海での体験とひとりの冒険家の物語を小説のように綴っている。

 ヤマザキマリの方は、現地のロバ使いにしつこく勧誘されて断崖絶壁の道をロバに乗って進み修道院へ向かったというエピソードがあって、これはやはり実体験ならではと言えそうだ。

 この修道院はペトラ最大の建造物だそうだが、鈴木亮平は、ペトラのピンク色に輝く神殿に出会った感動的な描写のあと、他の建造物とともに紹介程度の文に収めている。

 

 ヤマザキマリの「世界逍遥録」も鈴木亮平の「行った気になる世界遺産」も、両著書とも繰り返して読みたいと思った。一度読めばすでに旅情報は読者として獲得してしまっているのだが、犯人が分かっていても推理小説を再読するように、いや、それ以上に都度発見があって堪能できそうな旅エッセイだと思った。旅先を紹介する絵も、あたたかくてひじょうに良い。ちなみに、ヤマザキマリは文の後に、鈴木亮平は文の前に絵を置いている。

 

 余談だが、前述した沢木耕太郎の「旅のつばくろ」は日本の東北を鉄道で巡るエッセイ。挿絵はなく、文章のみで著者の若い頃の旅の思い出などと交錯させつつ、静かに綴られている。

 

 これを書いている途中で思い出したので、並列しておく。

 お笑い芸人オードリーの若林正恭の著書「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(KADOKAWA)」も、素敵な旅エッセイだ。キューバの旅。現地の様子や出来事、そして著者の心に過る思いが相まって、ひとつの時代の文化的断片のようになっている。こちらは絵ではなく、本人が撮ってきた写真が要所要所に挟まれている。物理的には、この本のページの手触りと紙の厚さがちょうど良い。

 

 私も海外旅行が好きだった。

 今はネットで、家に居ながらにして観光地を楽しめる。

 映画はテレビ画面ではなく映画館の大スクリーンで楽しめ、とはよく言われることだが、本当は旅はオンラインではなく、その場所へ行かなければ味わえない独特のものがある。「スター・トレック」の「ホロデッキ」のようにあらゆるものが忠実に再現される装置でもできれば良いのかもしれないが(けれどもそのときは、現実の地球になにか不具合が起きている可能性もあるかもしれない)。

ヤマザキマリ対談集」のなかに、兼高かおるとの対談が収録されていた。兼高かおるといえば「兼高かおる世界の旅」。私も子どものころ毎週日曜日の朝、楽しみに観ていた。その兼高も言っている。

行って、見て、におい、湿度、雰囲気、音を感じ、これがいいと思って撮る。

(「ヤマザキマリ対談集」P278)

 身体で感じることは書物や画面では感じることができない。その国独特の匂いや、街の雰囲気がある。私もエジプトの空港に降り立ったとき、初めて嗅ぐ匂いを体感した。砂漠の匂いなのかな、と勝手に解釈した。

 

 そういう意味では、これらの旅エッセイは、五感を楽しませてくれる要素が十分にあるように思う。

 

ヤマザキマリの世界逍遥録」、鈴木亮平の「行った気になる世界遺産」、しばらくは心の友となりそうだ。

「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」も再読してみようかな。

「旅のつばくろ」も文学的でいい。沢木耕太郎の旅エッセイを読むと旅に出たくなる人がけっこういるそうだが、私も思わず知らずそうなった。でもきっとこんな上手な旅はできない。

 いや、旅に上手も下手もない。そのときの出会い、出来事がアクシデントも含めて「旅」なのだ。まさに若林正恭キューバの旅がそれを教えてくれる。

 

 出来得れば、騒音のない静かな場所で、鳥のさえずり、風と焚き火の弾ける音を耳にしながら、これらの書物を再読したいと思ったりしている。

 

付記

 すでに言及したが「行った気になる世界遺産」の「あとがき」、これもぜひ読むのを忘れないことをおすすめします。

 世界遺産の簡潔な解説とその地への憧れ、同時に社会的な問題にも触れながら、著者の真摯な思いが綴られている。

 例えば「シリアのパルミラ遺跡」

ロンドンオリンピックの前年、日本で東日本大震災が起こった直後の2011年3月に、シリアで内戦が起こりました。

今も続くこの内戦は、無数の人命を奪い、多くの難民を生み続け、(略)

例えば「古代都市アレッポ」。僕の憧れの世界遺産でしたが、今は戦場となり見る影もありません。

(略)

「ミスター・パルミラ」ことハレド・アサド氏は実在の人物で、世界的にも非常に権威のある考古学者です。

 この考古学者は、ISがパルミラに迫るなか、博物館所蔵の数百もの文化財を秘密裏に移送して隠したそうです。が、のちにISに拘束され、公開斬首され、遺体は遺跡の広場の柱に吊るされた、と鈴木亮平は書いています。

故人をフィクションの世界に登場させて良いものかとの迷いもありましたが、最大限のリスペクトと怒りをもって、大切に、丁寧に書かせていただいたつもりです。

(略)

心優しいシリアの人々に、一刻も早く元のような平穏が訪れることを、心から願って止みません。

(P268)

「リスペクトと怒り」「大切に丁寧に」とある。

 俳優・鈴木亮平の誠実さを深く感じ入る。

f:id:risakoyu:20210510090325j:plain

読書 世界遺産 ©2021kinirobotti