屋外の空気の香り。どんな匂いが好きですか?
外の空気を吸うことがこんなに気持ちの良いことだったんだ、としみじみと感じる瞬間がある。
長いこと生きてきたが、こんな体験は初めてだ。
それは外出中、表でマスクを外した瞬間である。
特に徒歩中の感激は大きい。
空気の香り、というのはある。
もちろん、よろしくない臭いもあるが、それについてはここでは横に置いておく。
再度問いかけます。
屋外の空気の香り。どんな匂いが好きですか?
私は子どものころから夕方の匂いが好きだった。
夕餉(ゆうげ)の支度中の匂いではない。それはそれで、幸福な家族を連想させる心理的な癒やしも含んだ悪くない懐かしい匂いだ。
が、私の好きな夕刻の匂いは「夕暮れ時の香り」なのだ。
これを読んでくださっている方々のなかには、賛同してくださる方も少数派かもしれないが、いらっしゃるのではないだろうか。
あの匂いはなんなのだろう。
科学的に分析できるのだろうか。
いい大人になった今、ふと首を傾げる。
小学校低学年の頃だったと思う。
ある日の夕暮れ、御用聞きのどこかのお店のおじさんだったように記憶しているのだが(家族ではないのは確かだ)、その人のそばで、
「あ、夕方の匂いだ」
と、私が思わずつぶやいたのだった。
「夕方の匂い?どんな?」
というようなことをそのおじさんは言った。
「え、ほらこれ」
と、私は何度もその匂いをかいでみせた。
おじさんは分からないようだった。そして私をバカにした。そんな匂い、あるわけないでしょう、と。
私は、その匂いについて論理的に説明して教えてあげることができなかったことが悔しかった。
そしてこの時、みんながみんなこの匂いを知っているわけではないんだ、ということが分かった。
それから「夕暮れ時の香り」について、誰かに話すことはしなかった。どうせ分からないだろうという思いと、変な子どもだと思われないように。それでも、変わった子どもだと思われ続けていたようだが。
大人になると、子ども時代のように夕方の香りに気づく機会は減る。夕方必ず買い物に行く習慣があればあるのかもしれないが、その時間帯はオフィスにいたり、仕事中だったりするのが成人してからの人生の大半だろう。子育て中などは、夕方子どもと外にいても、大変が先立っていて「夕方の匂いだ」と感じる余裕もない。むしろ子どものほうから言われることもあるかもしれない。けれどももし言われても、しみじみと感じ入る気力も時間もない。
老齢になって、引退して、ベランダや庭でくつろいだり、夕刻にゆっくりと買い物や散歩をしたりするようになれば、またあの子どもの頃の香りの記憶が蘇ってくるかもしれない。
空気には匂いがある。
国によっても匂いは違うだろう。季節によっても違う。
場所によっても違う。山と海では違う。都会と自然のなかでは違う。砂漠も独特の匂いがする。空港に降り立ったとたんそのような匂いがする。帰国すると、日本の空港には懐かしい日本の匂いが漂っている。修学旅行からの帰りの新幹線。東京駅に着いたとき「東京の匂いだ」とみんなで言ったのを思い出す。
そして朝昼晩によっても違う。
朝の澄んだ空気の匂いも清々しくて良い。思わず知らずの深呼吸を誘う。
でも私は、夕刻の匂いが好きだ。
屋外でほぼ一日中マスクをしていると、そういった日々の、あるいは季節の移り変わりを、空気の匂いで感じることができない。
人混みでなければ、マスクを外して空気を匂ってみるのもいいな、と思った。たまたま暑くて苦しかったので外したのだが、空気の匂いを殊の外感じることができて、なんだか得した気分だった。
マスクで遮断されている分、マスクを外して空気を吸ったときの感激はひとしおである。そのとき、空気に匂いがあることを感じて尚更に感激します。
SF映画のように、汚染された惑星で防護具を身に着けて暮らさなければならないようなそんな星に地球がなりませんように。「風の谷のナウシカ」の警告が36年を経て身にしみる。