ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「同期のサクラ」最終話〜力と仲間、どちらが夢を叶えるのか〜

ハッピーエンドだった。

 

「同期のサクラ」日本テレビ水曜夜10時

主演/高畑充希 脚本/遊川和彦

 

黒川(椎名桔平)の引き立てで花村建設に戻ったサクラ(高畑充希)。

「自分の主義主張にこだわりすぎて、周りとぶつかって散々痛い目にあってきた、それはなぜだか分かるか」とサクラに尋ねる黒川。「自分が頑固で融通がきかないからでしょうか」と答えるサクラ。

黒川は言う。

おまえに力がないからだ。

力さえあれば、周りはおまえのやりたいことに従う。自分の思うとおりのものをつくることができる。おまえの夢だって叶えることができる。オレが応援してやるから力を持て、サクラ。

これは、独裁の勧めだ。

確かに権力があれば何でもできる、押し通せる。正しいことでも通らないのは、権力がないからだ。逆に言えば、権力サイドにつぶされるから。裏をかえせば、その正しいことは、力を持つ側の利権、特権、金権を奪うことになるからだ。

 

サクラは新プロジェクトのチームリーダーになる。会社の改善とより良い建築のために粉骨砕身、がんばる。

会社のなかで力を持つとはこういうことだと、会議でサクラに見せつつ黒川はこう言う。

おまえの言っていることは基本的に正しい。だからこそ、他の人間にとっては厄介なんだ。

 

踊る大捜査線」で、青島(織田裕二)が室井(柳葉敏郎)に食ってかかるのもこういった背景だった。青島が言っていることは正しいけれど、上の論理ではどうにもできない。出世して上の立場になって力を持てば、自分の思ったことが実現できる、今の不条理を改善できる、と正義感溢れる下の人間たちはそう思う。だったらおまえが上に上がってきて改革しろ、とも言われる。

が、現実はそのとおりにはいかない。大きな組織ではさらなる周囲の邪魔もあるだろうが、何と言っても本人が、そこへ行くまでの間に変質してしまう可能性がたいへん高いからだ。たとえ出世したとしても、そのときその人間は初心など忘れてしまっていることだろう。

 

黒川の会社への疑問はサクラの疑問と合致していた。

この会社には無駄が多すぎる。無駄な会議、無駄な残業。

無駄な人間も多すぎる。クライアントの顔色をうかがってOKが出ればいっちょうあがり。上司の言うことはハイハイ聞いて、下のやつは必要以上に叩き、同僚とは表向きは仲良くしているが、裏では陰口をたたく。

おまえがこれから夢や理想を求めていけばいくほど、そういうヤツらに出会うんだ。なぜ自分と同じように情熱を持って理想を求めていかないのかと、きっと腹が立つ。逆に向こうはおまえを排除しようとする。

組織っていうのは問題のあるものが好きじゃないんだ。前例のないものや発想の違うものを否定し拒絶しようとする。

そういうときに必要なのは、そういうヤツらを黙らせる力だ。

おまえがおまえでいようとするなら、力を持つしかないんだ、サクラ。

(黒川)ちなみに重役専用のハイヤーはどう思う?

(サクラ)無駄だと思いました。

(黒川)いいねえ、その調子だ。

黒川の誘導はなかなか巧みだ。悪魔なのかサイコパスなのか。そして、正義というものを十分に心得ている。尤もらしいこと、否、尤もなことを大半喋ってそしてひと言、誘惑を忍び込ませる。それが、「力を持つしかないんだ、サクラ」。さらに、必要以上に褒める。こうやって人は毒されていく。

 

黒川のことを正体不明だと訝っている葵(新田真剣佑)。「話せば話すほど、手品師に騙されている感じがして」と。

悪魔でもサイコパスでもなく、マジシャンか。

タロットカードNo1「手品師」も、コミュニケーション能力の高い、現世でのやり手だ。相対している方は、イリュージョンで目眩ましされる可能性もある。

 

必死に仕事をがんばるサクラ。こんなに仕事で高揚感を覚えたことはない、と。

いよいよ巧みな策略で、社長の座を奪い取る黒川。

人が変わってしまうサクラ。

 

奇しくも百合(橋本愛)に言われてしまう。

もしかしたら、あんたがいちばん権力を持っちゃいけないタイプだったりして。

 

会社の合併で、すみれ(相武紗季)がリストラされることになったのをきっかけに、サクラは思いを深めていく。

「自分の心配をしたら」と言うすみれ。

変わろうとしているのは分かるが、

変わっちゃいけないものもあると思う。

仲間を大切にすること。

自分を見失わないでね、サクラ。

 

 「自分が自分であるためにたくさん傷ついてきた」サクラ。

「おまえがおまえでいようとするなら力を持つしかない」と黒川は言った。

傷つかないために、自己実現するために力を持とうとしたら、「自分を見失う」ことになった。

 

すみれをリストラしないでくれと黒川に頼みに行くサクラ。すみれを残すなら、その代わりに誰をリストラするかおまえが選べ、と卑怯な態度にでる黒川。だったら自分が辞める、と言うサクラ。

 

とある建築現場。そこで力仕事をしているアパートの隣人を見かける。

北野さんに、すばらしい建物をつくればたくさんの人を幸せにできるって聞いたから、やってみたらめっちゃ自分にあってる気がして。

何回転職したか分からないけどやっと天職をみつけた、と。

おかげでオレ、夢ができました。いつか、北野さんといっしょに建物をつくることッス。

 

会社で、内定者研修に来た女性に話しかけられるサクラ。どことなくサクラに似ている。

この会社、大丈夫ですよね。合併するとか聞いて、ちょっと心配で。

 

それは、……大丈夫です。きっと、いい仲間と出会うから。

会社がどうなるかではなく、たとえ会社がどうかなっても、「いい仲間と出会う」ことの奇跡を話したのだろう。それは、そのまま自分自身へ投げかけた言葉だ。

 

クライマックス。会社のエントランスで。

サクラは、百合と葵が仲良くなっていることに気づく。二人はいっしょに生きていくことにしたと話す。

NPOの代表を任された菊夫(竜星涼)は、補助金の使い込みをする人がいたりなど問題も多々あったが、自分たちの弱さを認めて同じ目的をもった仲間でがんばろうってことになった、と話す。

蓮太郎(岡山天音)は、就職先が決まったと報告。

小さい設計事務所だけど、オレがいつか建築のノーベル賞って言われるプリツカー賞目指すって言ったら、大きな夢を持った人間を待ってたって、そこの社長が言ってくれて。

諦めずに妥協せずに探せば、理解ある人、会社、場所は見つかる。もちろん、その夢が叶うかどうかは分からないが。

今は、即戦力だとか、出せる結果、お金になるかならないか、そういった定量的なことが人を選ぶ基準になっている。そうではない、精神性と理想、人間性を大切にする人(ユマニスト)たちが、破壊されまくっている現実世界にもまだいることを信じたい。

夢や理想を買ってくれる人はどこかに必ずいるはずだ。

 

そこへ現れた黒川社長。

(サクラ)社長、ひとつ教えてもらえますか。なぜこんな私にそんなによくしてくれるんでしょうか。

(黒川)言ったろう。それは、おまえがこの会社を変えてくれるって思ったからだ。

(サクラ)本当にそれだけですか?何かほかに理由があるんじゃ。

 

実はな、おまえと入社面接であったときに、まるで娘と話している気がしたんだ。おれの娘はバレリーナになるのが夢でな。こんな小さいころからどんなきついレッスンにも音をあげずに毎日毎日練習した。その娘のためにオレはいつか、素晴らしい劇場をつくってやりたいと思って必死になって働いてきたよ。

それなのに、娘は8歳のときに事故で死んだ。だから面接のときに私には夢がありますって熱く語るおまえを見て、もし娘が生きてればこんなふうになってるのかもしれないなと思った。履歴書を見たら、同い年で、誕生日もいっしょだったし。な、サクラ、オレといっしょに夢を叶えよう。

サクラは、退職願を黒川に渡す。

黒川が話す自身のエピソードは、真実なのだろか。確か、どこかの回で、黒川の娘らしい写真が出てきたような記憶もある。今それをすぐに確認することはできないが。また、すみれも不可思議に思うほど、誰も合格を出さなかったサクラの入社を決めたのは黒川だったことを考えると、どこまでかは分からないがおそらく本当の話だろう。

このウェットな話は、普通の人間だったらほろっと心が傾いてしまうようなものだ。そのような視聴者もいたはずだ。

けれども、サクラはマジックには騙されなかった。いや、靡かなかった、と言ったほうがいいのだろうか。

それとも、私にはあなたの娘の代わりはできません、だろうか。

 

(黒川)いいのか、この業界で二度と働けないようにすることもできるんだぞ。

(サクラ)いえ、働きます。

働いてみせます。社長よりも力を持って。

そう言って、未来に残したい建物のアイデアを黒川に見せる。絶賛する黒川。やっぱりおまえには才能がある、と。

これが私の力です。

誤解しないでください。私ひとりでは何もできませんでした。それは全部、私が同期の仲間に電話やメールで相談しまくり、アドバイスをもらいまくったからこそ完成したものです。

私の力は仲間です。優秀な仲間さえいれば、素晴らしい仕事ができます。どんなに辛くても自分はけして一人ではないと、勇気が出ます。それが私の力です。社長にはそんな仲間がいますか?

黒川もまた、ハラスメント型縦組織社会の犠牲者だったのかもしれない。ゆえに、サクラの無謀なまでの純真さと正義に、かつての自分を重ねたのかもしれない。

けれども黒川には、サクラのような「信じられる、信じてもられる仲間」ができなかった。だからこそ、サクラは退職願を渡し、そのうえ自分と仲間たちを見せつけるために企画書を提示した。「いっしょに夢を叶えよう」とまで言った黒川にサクラは、あなたは私の仲間ではありません、と突きつけた形になった。

 

私は自分を見失ってたんだてぇ。社長に力を持てと言われたっけ、楽な道を行こうとしてたんだわんね。

「我々は必ず月に行く。簡単だからではない、困難だからだ」。ケネディ大統領の言葉です。大好きで、私。これからは、どんなに辛くてもふんばって、困難な道を行きます。ここにいる同期たちに負けないような仲間をどんどんつくれば、きっと乗り越えられるから。 

そうだね。あのお隣さんも、サクラといっしょに建物をつくる夢ができた、と言っていたものね。

 

2020年4月1日、

咲きほこる桜の木の元で「私には夢があります」と、自分たちの夢を叫ぶ5人。

これは卒業式の「呼びかけ」なのかな?BGMは森山直太朗の「さくら」だしね。

 

蓮太郎の呼びかけがよかった。

ひとりでも多くの人が夢を持ち、そのことを恥ずかしがらずに声に出せば、自分も奇跡を起こすことができると、知ってもらうことです。

夢は、誰かに否定されたり、バカにされたりするかもしれないけれど、そんなことは気にせずに、本当にやりたいことならば、口に出して言うこと、誰かに知ってもらうこと、それが実現への早道だ、ということなのだろう。つまり、思いを外へ出すことで、協力者や応援者が現れる。

いや、たとえそこで何も起きなかったり、無視され続けてそのまま寿命が尽きたとしても、そうしたことの痕跡は必ずや誰かの心に残り、刺激を与え続けることだろう。

 

夢を叶えるには、絶大な権力より仲間。

「同期のサクラ」では、そういうことになるのかな。

「社長より力を持って」の「力」は「仲間」のことだ。

欲を言えば、あるいは現実的にはリアルパワーなしにはおそらく何も動かないのだろう。ゆえに、正常で健全な心と力を持った人が協力者になってくれると「助かります」なのだと思うが。

とはいえ、それが使命であるなら奇跡は起きる、のだろう。

サクラの夢はすでに使命だ、と葵が言っていた。

 

空気は読まないけど、人の心は読もうとするサクラが大好きだよ。

最後の最後の百合のセリフ、いいな。

 

そして本当に本当のラストシーン。

それぞれの道を、と放射状に歩き出す同期5人。

萩尾望都の「11人いる」だったかな。その最後のシーンを思い出した。

 

さて、ハッピーエンドな最終話に不満の感想を持っている視聴者も多いようだ。

 

私の不満足は、いわゆる「大人になれない」人間は、どのように生きていったらいいのか、それこそサクラの問いかけのように、生きていていいのか、生きていけるのか、にどう答えを出してくれるのか、と期待めいた気持ちを持っていたのだが、そこへの明快な回答がなかったことだ。

とはいえ、サクラが生きやすい世の中への変革があるとしてそれが描かれるとしたら、それは「世にも奇妙な物語」になってしまうのかもしれない。

とはいえ、戦中戦後を扱ったドラマや映画では、価値観が全く変わってしまった世界が描かれている。

 

答えはこれ、なのかもしれない。

私は自分を見失ってたんだてぇ。社長に力を持てと言われたっけ、楽な道を行こうとしてたんだわんね。

これからは、どんなに辛くてもふんばって、困難な道を行きます。

つまり、フランス文学者の渡辺一夫が書き残してくれているように、純朴で善良なる人々は弱々しく、その歩む道は非常に困難だが、その志は地下水脈のように途切れることなく流し続けなければならない、それがユマニストたちの使命だ、ということなのだろう、

「と思いました」。

 

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「同期のサクラ」 @kinirobotti