ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「ゲーム障害」〜寝食を忘れる〜ゲームと読書〜悪魔と隠者〜非イクメンとゲーム〜

スティーヴン・キングの本を読んでいたら、止まらなくなった。小説ではない。

「死の舞踏」と「書くことについて」。

流れるような文面で、内容も細やかで表現が巧みだ。訳本なので実際はどうなのか分からないが、おそらく大差はないと感じる。翻訳者は、キングの特質を消すことなく上手に訳してくれているのではないか、と想像する。

私が今学生だったら、「寝食を忘れて」読み耽ってしまうかもしれない。ところが現在の私は、日常生活のあれこれと、別の興味深い書物への誘惑によって、良いのか悪いのか耽溺できずにいる。

 

WHOが「ゲーム障害」を依存症として正式に認定した、というニュースがあった。 

取材に応じたある家族によると「息子が寝食を忘れて」ゲームに没頭している、ということだった。

「寝食を忘れて」?

とっさに私の脳裏を過ぎったのは、昔よく言っていた「本の虫」とどう違うのだろう?だった。

今、寝食を忘れてスティーヴン・キングの本に読み耽りたがっている私の脳と心はいかほどなものなのだろうか。

 

ゲーム障害

「国際疾病分類(ICD)」の中で「依存症」と位置付け。

アルコールやドラッグと並ぶ治療が必要な疾病。

日常生活に支障をきたすほどゲームに没頭する。

ビデオゲームやオンラインゲームなどを継続的、または繰り返しプレイするゲーム行動のパターン」

アルコールやドラッグ同様治療が必要ということなので、それによって脳的になのか、精神的になのか、不具合になってしまうということなのだろう。

継続的、繰り返し、つまり「やめられないとまらない」状態になる、というのは分かる。確かに、ゲームをやっていると、どんどん先へ進めたくなって何かに駆られている感じがした、という経験をしたことのある人は多いのではないだろうか。

スター・トレック」に出てくる「ホロデッキ中毒」。これも深刻な病のようだ。ホロデッキのなかで自分の好きな世界を体験したり、ゲームをしたりできる。現実の世界との境目が分からなくなったりするのだろう。

 

これらはある種の熱狂と同通している、と私は思う。つまり、ファン心理。好きなタレントや歌手に恋い焦がれて応援に行く。そこはおそらく、いや確実に浮世離れした世界だ。現実生活に落胆している人は、そこで自分を活性化させることができる。

別の観点からすれば、あるいは利用方法によっては息抜きやストレス解消の良い手段にもなり得る。

 

上に「本の虫」と書いた。「活字中毒」と言うとネガティブだが「読書家」と言えば高尚な雰囲気が漂う。

活字中毒

本・雑誌・新聞などを読むのが好きで、何も読むものがないといらだつような状態になること。また、そのような人をいう。

(goo辞書より)

 「ゲーム障害」は、こちらと比べるべきなのだろう。

活字中毒」は、読めるものなら何でもいい、という意味合いが強そうだ。とにかく「文字」を読む。内容を把握せず文字面だけ追っている、ということもあるのかもしれない。が、ほとんどの場合は知識欲のなせるわざだろうと思う。読書家ともなれば、立派な行為と言われるはずだ。 

知の吸収つまり知りたいことがあって本を貪り読む、物語を楽しみたくて読む、そのエッセイストの世界観に浸りたくて……、夢中になるとはそういうことだ。

「夢中」はうっかりすると「中毒」「依存症」という症状をきたすことになる。

つきものでも憑いたかのような相貌でひたすらゲームに浸り込んでいる姿は、どう良く見ようとしても異様、ではある。

そういえば「スター・トレック」に、ゲームをやらせて快感を与え、エンタープライズのクルーたちの正常なパワーを奪っていく異星人のエピソードがあった。

 

家の床が抜けてしまうほど本の山に囲まれている学者はみな、病気なのだろうか?

まあ、そうと見えないこともないが……。 

実は、「ゲーム障害」が治療の必要な依存症だと認定されたというニュースを聞いたとき、ふと内田樹が書いていた自身の読書エピソードが私の心を過ぎったのだった。

内田樹の読書量が凄まじいのはよく知られているが、本を読みながら食事をしていて、顔の前に本があるのにその表紙へお箸で挟んだ食物を持っていった、という愉快な話がある。

そして私はこう思った。「本の虫」は依存症だとは心配されないのに、と。「読書障害」は、聞いたことがない。むしろ、推奨とまでは言わないが、容認されている。親だったら誇らしいかもしれない。文字通り寝食を忘れていたらいくらかは心配するだろうが。あとは「本ばかり買って、そんなにお金ないわよ」かもしれない(注意――子どもにはご法度の文言だ。こういった否定は、子どもが本を読むのをやめてしまうという悲しい事態になってしまう可能性が高い)。

 

大江健三郎の師匠でフランス文学者だった渡辺一夫も、四六時中本を読んでいたそうだ。毎晩布団のなかでも読んでいて、とにかく研究が間に合わないといった風だったようだ。夫人がどこかでそのように書いていたと記憶している。

学者なので、当たり前といえばそれまでだが、傍から見れば、中毒や依存症に見えないこともない。

そして、そのような学者の方々の「寝食を忘れた読書」による豊富な知識によって、そのエッセンスを教えていただけるのは本当にありがたいことだ、と私は思っている。

 

ということで、何が違うのだろう、とふっと思ったのである。「ゲーム中毒」と「本の虫」。脳科学的な問題なのか、精神医学的な問題なのか。

そこに「知」が介在しているかどうか、これはひとつの大きなポイントかもしれない。

もうひとつは、活字中毒の説明にある「苛立つようになること」。「苛立ち」はネガティブな心の状態だ。「和む」のではなく「苛立つ」心を誘発する行為は、素晴らしいものからは遠いものだろう。

 

『子どもの世話よりスマホゲーム「非イクメンの実態」』

という記事が、2019年12月13日の毎日新聞にあった。

これまで、父親が育児をしない理由として、「長時間労働」がよく挙げられてきました。ところが、筆者が進める調査で、休日も育児をしない父親たちの様子がわかってきました。彼らはいったい何をしているのか――。実は、泣いている赤ちゃんの横でスマホゲームに熱中していたのです。妻たちの訴えは切実です。

多くの母親に協力してもらって進めている共同研究で、夫たちが休日、育児よりもスマホゲームを優先しているケースに何度も遭遇しました(藤田結子・額賀美紗子「働く母親と階層間格差-仕事意欲と家事分担に関する質的研究-」日本社会学会大会、2019年10月)。

 

首都圏で看護師として働く佐藤恵美さん(仮名、30代)の家では、夫の大輔さん(仮名、30代)が、幼い子どもが隣で泣いていても熱心にスマホゲームをしています。不満を言う恵美さんに大輔さんはこう言い返しました。

「子どもが生まれる前よりゲームの時間が短くなった。最近、全然ゲームできてない。この時間しかできないんだからやらせてよ」。恵美さんは、赤ちゃんが生まれてもゲームをやめられない大輔さんに不満を募らせます。

首都圏在住でパート勤務の鈴木愛さん(仮名、30代)も、会社員の夫に不満を持っています。

 「すぐスマホを触ってしまうのが気になります。『パパ、今○○ちゃん(子どもの名前)が話しかけてたよ』と言っても、だめなんです。休みの日じゃないとゲームができないからなんだとは思いますけど……」

スマホのない時代から、夜な夜なゲームに耽る夫と、ピコピコいう音がうるさいからやめてと嘆く妻はいた。

子どもをあやしながら本を読む御仁というのは男女限らず大昔からいたと思う。

何を優先するか、なのだろう。

ゲームでも読書でも子どもが泣いたら、スマホと本をとりあえず置いて子どもの世話をするのか、苛ついて、ゲームさせてくれよ、本読ませてくれよ、今いいとこなんだから、なのか。

人によるのかもしれない、と思う一方でコンピューターゲームというのはより興奮しやすく、熱狂陶酔度が高いのかもしれないと考える。のめり込む神経が利己的になりすぎた上に心が空っぽになるのかもしれない。 

私はタロット占い師なのでタロットカードにあてはめると、ゲームの虫は「悪魔」、本の虫は「隠者」というのが妥当だろう。前者は狂信と支配、後者は集中と思索だ。前者は考える力を奪われ、後者は思考力を養っていく。

 

電車のなかで、ゲームではないのかもしれないがスマホに夢中になっている母親の姿をよく見かける。スマホをみながらホームから転落したり、道路で人にぶつかったりする人もいる。転落はそれこそ自己責任だが、他人に被害を及ぼすスマホ人間は、被害者に腹を立てる。自分が悪いのに謝らない。これが「苛つき」の主な原因ではないだろうか。「それと自分」以外はすべて「邪魔」になってしまうのだ。

遠慮や謙虚や反省、そしてなにより思いやりという感情が人間の心から消えていく。

便利ならいいのか。ゲームをしながら自動で身体が運ばれて、子育てもAIがしてくれるようになるのかもしれない。それは未来の姿なのかもしれないが、「地球が静止する日」がやってくるかもしれない。

 

兎にも角にも今私は、「やめられないとまらない」の強い読書欲求感覚を、スティーヴン・キングの本で久々に実体験しているところだ。

それにしても、スティーヴン・キングは文章がうまい。映画より小説のほうが好きだと言う人が多いのが分かる。

だが私は、やっぱり映画に期待してしまう。なぜなら小説を読むのが苦手なので。

 

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「読書」 @kinirobotti