ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

自分の人生を歩んでいますか?と問い掛けてくるタロットカード「ソード8」④~「ソードクィーン」へ~ハラスメントやマウンティングのないフラットな世界

承前) 

「ソード8」状態の人は、理不尽を感じた時点でそこから逃げて自由になるしかありません。逃げ道は必ずあります。ないと思い込んでいる、思い込まされているだけです。能力とか年齢とか性別とか……できない理由は探せば際限なく出てきますし、それらを振りかざしてくる上司や社長、教師や親もいますし、世間もあります。

一方で、ソード8を仕掛けてくる人もまたかつて仕掛けられた側でした。ですが、その悪循環を私たちはどこかで断ち切らなければなりません。

 

ここまで学んできてすでに明らかであると思いますが、「ソード8」状態の世界は平穏からは遠い世界です。

さて、自分も周囲も穏やかな心持ちで健全に生きていくためには、このカードのキャラクターは「自立」しなければなりません。

頼もしい自立のエネルギーを教えてくれるのは「ソードクィーン」です。

私たちは、誰かの意見に考えなしに従ったり、誰かが自分に貼り付けたレッテルを自分自身だと思い込んでそれに合わせるように生きてしまったりします。それは「本当の自分」が隠されている状態です。 「ソードクィーン」は、見方によってはわがままに見えるかもしれません。けれども、「ソード8」のように囚われている状態の人は、自己主張をする気概を取り戻さなければなりません。

「わがまま」にもいろいろあります。つまり「ソード8」について学んでくるなかで明らかになってきましたが、親でも教師でも上司でも、会社でも社会でも、彼らの言うことを聞かない人間を「わがまま」だと認定することがあるのです。親や教師から、「わがままである」とか「協調性がない」と評されても、それは彼らの「言いなりにならない」だけである、ということもあることを覚えておいてください。(もちろん、不健全に自己中心的であるわがまま人間もいますが、それはここでの学びとは別の範疇になります。) 

「ソードクイーン」は、独立心、個性を大切にするキャラクターです。このエネルギーは、「自分の人生を生きる」ために必要な「自立」という精神構造について教えてくれています。

 

漫画家・ヤマザキマリ毎日新聞(2019年6月18日)の「人生相談」へ回答のなかで、次のように語っています。

人間はどうしても、周りの人がかたどる自分を自分自身だと思い込みたい、他者の承認欲求が強い生き物です。

社会において人の態度越しに自分を見てしまうのは避けられません。ただ、それだけが自分を認識するための唯一のすべてではないということです。

人には判断できない自分自身の価値を育めるよう、趣味でも何でもいいので、自分とだけ向き合える時間をもっと作りましょう。

 

精神的「自立」とは何でしょうか?それは、「自分の頭と心で考えることができる」ということです。そのために必要なパワーは「No5神官」のカードに含まれる「学習と知性」です。その「知力」を得ていくために必要なシチュエーションは「No9隠者」のカードが示している「探究」です。(それらにつきましては、別の記事で書かせていただきます。)

「趣味でも何でもいいので、自分とだけ向き合える時間」とヤマザキが言っているのは「神官」「隠者」のカードに通じるものです。しかもそれは「人には判断できない自分自身の価値を育」む時間です。「人には判断できない」とはなかなか堂に入った表現です。「自分以外の人間や世間には理解されないかもしれない」「他人が押し付けてくる価値観ではない」ということです。他人に理解されないからと言って間違っているわけはありません。ましてや他人の価値観が(たとえそれが上司や親や教師、習慣や伝統、世間でも)いつも正しいわけではありません。

 

再度確認しておきましょう。

あなたにとって「ソード8」カードに描かれている剣は誰(何)ですか?

家族(親・兄弟姉妹・夫・妻)、親類、友人知人、教師、上司、メディア情報、広告宣伝、性別、年齢、学歴、世間体、常識、伝統……。

外から来るもの、自ら作り出しているもの、そして、外から来たものを自分の物差しにしてしまっていることもあります。

点検してみてください。

例えば進路や仕事などの人生の選択、岐路において何を選択するかという場面で、あなたは何を基準に選ぶのか、ということです。誰かの目なのか、誰かがあなたに貼ったレッテルなのか。あなた自身の偏見や固定観念が健全な判断を歪めているかもしれません。本当はできるはずなのにできないと思い込んでいること(思い込まされていること)だってあります。

極論を言えば、「ソード8」状態から脱却した人々が増えれば、マウンティングなるものもなくなっていくはずです。そんなことをしなくても、十分に幸せだからです。自分を尊重する人は他人も尊重します。そして善の循環「ペイフォワード」が自然と起きてくるのだと思います。(自己中心の人は自分を尊重していません。ゆえに他人を傷つけていきます。)

 

「ソード8」を仕掛けてくる人も、仕掛けられてしまう人も、共に「自立」的精神を持っていないということを繰り返し述べておきたいと思います。 

最後に著者から処世アドバイス

誰かを通じて嫌な思いをさせられて落ち込んでしまうようなことがあったときには、そういった類いの人間は、どれほど高い地位にある人であっても、とても哀れな人なのだと理解して、その人間の放った暴言を真に受けないことを心掛けてください。特に仕事を探している最中などはその落胆もより大きいかと思いますので、毒を食らわないようにしてください。淡々としていれば、毒は相手に跳ね返ります。

 

✤附記

 ILO総会 ハラスメント全面禁止 採択(2019年6月22日毎日新聞

国際労働機関(ILO)総会は21日、職場でのセクハラやパワハラなどのハラスメントを全面的に禁止した条約を採択した。法律で禁止し、制裁を設けることなどを盛り込んだ内容。労働者だけではなく、実習生や求職者、ボランティアなど幅広い対象を保護する。批准すると国内法の整備が求められる。

日本政府は条約に賛成はしたが批准には慎重な見方を示している、とのことです。

条約は暴力やハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的損害を引き起こす許容できない行為や慣行、その脅威」などと定義。

国内事情を踏まえ①職場での暴力やハラスメント禁止を法律で義務付ける②執行、監視の仕組みを確立、強化する③(民事的責任や刑事罰などの)制裁を設けるーなどとしている。(同上)

なぜ批准できないのでしょう。法律の整備などあるから、というコメントもありましたが、それも素早く整備すればいいだけのことです。これが義務化されると困ることでもあるのでしょうか?万人にとっての良い社会、洗練された文明社会、知的社会への一歩前進だと私は思います。そういえば以前、セクハラ罪という罪はないなどと言っている大臣がいました。人権軽視、男尊女卑という日本の特質でしょうか?でしたらなおのこと、環境を整えるべきです。

私のところへいらっしゃる相談者さんのなかにも、面接官にひどいことを言われた、ホテルに誘われた、という女性は一人や二人ではありません。「この会社にはパワハラはありますか?」と尋ねたところ「そんなこと言えるわけないじゃない」と言い放つ面接官もいたそうです。それは「ある」という告白ですよね。その面接官の質疑は終始とても下品で耐えられないものだったそうです。

 

MeTooならぬ「KuToo」という運動があるそうです。「靴・苦痛」の語呂合わせだそうで、職場でのヒール・パンプス強制をなくしたい、というキャンペーンです。

結婚しない、恋人がいない、子どもをつくらない、女性が家事や子育てをする、女子は赤で男子は黒というランドセル、就活中のお揃いの服装、○○しなくちゃいけないんだよ、男らしさ女らしさ……。

「ソード8」状態はあらゆる生活シーンを席巻しています。

 

2019年6月23日毎日新聞人生相談

回答者 高橋源一郎

恋愛というものがよく分からないし、それによって不幸だと感じたことはないのだか、という質問に回答した高橋は最後にこう締めくくっています。

なにがその人間にとって幸福であるのかを決めるのは、その人生を生きる当事者だけであって、社会にその権利はありません。無理解な多数派の声に惑わされずに、あなたの内側にあるあなた自身の声に従ってください。

 

「ソード8」を仕掛けてくる人マウンティングや価値の押し付けは相手にせず自分を守ることを第一に考えましょう。画一化や全体主義、独裁には、政治に興味を持って声をあげていくことも大事なのだろうと思います。

 

ひとりの人間として自分はどう生きるか、が真理なのであって、誰かを支配したり優越主義で喜びを得るような心理的習慣や社会構造は、社会全体で変えていかなければなりません。

===終

 

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