「結婚は義務ではありません」
中学時代のトラウマから潔癖症で引っ込み思案な性格になってしまった主人公が、最終回、集会のスピーチでそう叫びます。潔癖症もすっかりなくなっていました。
「結婚相手は抽選で」
フジテレビ(東海テレビ)2018年秋ドラマ 土曜夜11時40分
原作/垣谷美雨
脚本/関えり香 川嶋澄乃
出演/野村周平 高梨臨 佐津川愛美 大谷亮平 大西礼芳 若村麻由美 他
第1話は、どうせ若者向けのドタバタ恋愛劇だろう、おそらく2~3話観たところで視聴を中断するだろうと予想しながらの視聴でした。ところが、この1話からすでに「面白い!」。
え?ドタバタ恋愛劇じゃなくて、社会派?
まだ疑いつつ2話目を観て確信しました。これは社会派ドラマなんだ、と。
少子化対策の一環で「抽選見合い結婚法」が施行される。
対象は、25歳から39歳までの子どものいない独身男女。2回までは断ることができるが、3回断ると「テロ対策活動後方支援隊」への2年間の強制入隊というペナルティが設けられている。
主人公でシステムエンジニアの宮坂龍彦(野村)は、内気で潔癖症、アニメオタクという趣味も手伝ってか、断られ続ける。が、見合い相手の様々な事情を知るなかで、次第にこの法律に疑問を抱いていく。それをブログに書き込むと、フリーライターのひかり(大西)からコメントがくる。ひかりは法律についての問題点を記事にしていた。
人にはそれぞれ事情がある。結婚をしない事情も、できない事情も。あるいは強制されることへの戸惑いや反発も。
自分はブスでデブだから子どものころから勉強をがんばって今の地位を勝ち取ったという女性は、さっさとテロ撲滅隊へ行って今の仕事に戻る、と言う。
子どもを産むことのできない身体だから結婚はできないと話す女性。
そして同性愛者たち。
様々な繊細な事情を知って深く考える龍彦。
「人を傷つける法律なんてあっていいのか」
「あっていいわけない」
4話からの後半は、奈々(高梨)との出会いで変化していく龍彦の姿が描かれる。「抽選見合い結婚法 改定案 上申書」をひかりとともに小野寺大臣(若村)に提出する。実はひかりは小野寺の娘でレズビアン。
龍彦たちが立ち上げたサイトも注目され、同志が集まってくる。
そして最後、この法律が廃止となるまでが、このドラマでは描かれている。
世の中というのは皮肉にできています。
こうして、傷つくほどの出来事があってはじめて、人々は「本当に善なること」の何たるかに気づきます。
龍彦も奈々も、この法律のおかげで自分の人生を前進させることができた、と言っても過言ではありません。辛いけれど、おそらくほとんどの人々が自分自身と向き合うことになったはずです。もちろん、根性のねじまがった人もいました。
人は何かを突き付けられたとき、奮起するものなのでしょう。政府の言いなりにはならない、と。
国民主権について学習しない日本では、特に昨今は、デモ活動などをしても庶民の意見は届かない、何も変わらない、という風潮が蔓延しています。が、西洋諸国のように市民の力で世の中を変えることができる、間違った法律を廃止することもできる、という意識を持つきっかけのひとつに、このドラマはなるかもしれません。
少なくともこれから先、理不尽な何かを国が市民に押し付けてきたときに、いや違うだろうという気概を思い出させてくれる、その種が視聴者の心にほんの少し、撒かれることになった…かもしれません。戦前戦中なら検閲にひっかかるようなドラマです。
刺激を与えて気づかせるというプロセスは、状況が切羽詰まったときの神話的常套手段なのかもしれません。しかし、何か不具合が起きてからでは遅いということもあります。それが戦争です。このドラマに出てきたような法律は、声をあげる市民と聞く耳を持つ大臣さえいれば、なんとか終わらせることができますが、戦争は始まってしまったら誰にもとめられません。
もちろん、この法律のおかげで結ばれて幸せになった人たちもいます。どんなことにも、幸不幸はあります。
人々の心の内がよく描かれていたと思います。
最終話では、登場人物たちがそれぞれ収まるところに上手に収まりハッピーエンド。これはこれで良いと思いますが、実際はそうそううまくいかないよな、という冷徹な見方もしないでもありません。とはいえ、結局市民が負けて、ディストピアになりましたという悲惨な結末を見せられても困りますが。
前半で語られる女性たちの心の内、静かに懸命に生きてきた彼女たちの人生の吐露が視聴者の胸に迫ってきます。
個人的に2018年秋ドラマの優秀作品順位をつけるとすれば、ベスト3に入ります。