ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

沢田研二ジュリーのコンサート~廃虚の鳩~譲れない点は誰にでもある~

ジュリーこと沢田研二が、公演をドタキャンしたという報道がありました。

 

10月16日(2018年)の毎日新聞夕刊で、ちょうどジュリーのコンサートをほめたたえる記事を読んだばかりだったので、え?と焦りました。

つまり、病気?倒れた?え~、最近は「バイバイ原発」なんて歌も歌って本気のロッカーぶり炸裂、ということだったので、いやいや、まだまだがんばってもらわないと、なんて思っていたら、なんか集客の問題みたいだ、とか。

いや、むしろほっとした。病気とかじゃないんだ。

 

【小国綾子 あした元気になあれ】

「ジュリーの古希ロック」

 

「ジュリー」と呼ばれる歌手の沢田研二さんのコンサート(6日、横浜アリーナ)に初めて出かけたら、もう、驚いたのなんのって!

まず、編成。なんと、ギタリストの柴山和彦さんと2人だけ。

(略)(ずんぐりしていて)昔のイメージとの落差にびっくり。でも、歌えば声はやっぱりジュリー!

(略)

往年のヒット曲はほとんど歌わない。護憲や脱原発を歌った社会派の曲が3分の1を占めていた。「バイバイ原発」なんて真っすぐ過ぎるプロテストソングも。

それでも巨大アリーナを満杯にし、女性ファンをうっとりさせちゃえるって、どういうこと?

コンサートの後、知ったことだが、ジュリーは東日本大震災後、毎年欠かさず3月11日に新譜を発表してきた。今年で7枚目。テーマは主に震災や脱原発。しかも、すべて自分で詞を書いている。

(略)

2年前、「フジロックフェスティバル」の出演者をめぐって「音楽に政治を持ち込むな」論争があった。でも、持ち込むも何も、ジュリーが憲法や震災や脱原発の詞を書き、歌うのは、今の彼がそれを一番大切だと考えているから。

 

ファンたちは、「今も、じゃなく、今が、カッコイイ!」と言って夢中になっている、そうです。

私はこの記事について、何かの機会に触れようと思っていたのですが、思いもかげず触れることになり、驚いているところです。

 

「古希ロック」、ジュリーも70歳ですかぁ。

ジュリーのスーパースター振りを、グループサウンズザ・タイガース」のときから知っている世代と、「勝手にしやがれ」などソロ歌手としてのジュリーの方に親しみが大きい世代がいるのではないでしょうか。昭和の終わりから平成生まれだと、全く知らない世代となるでしょう。

 

ドタキャンしたのは「さいたまスーパーアリーナ」。この記者が行ったのは「横浜アリーナ」。満杯、と書いてあります。

「ドタキャン」の報道が流れたとき、その理由は「集客が少なくて」「席がガラガラで」らしいというものでした。この見出しだけ見聞きすると、よほど少ないんだろうなぁ、往年のスターも落ちぶれたか的な感想を持った人も多かったのでは、と想像します。ですが蓋を開けてみれば、9000人とスタッフから言われてのが当日7000人と判明、とのこと。え?7000人?すごい……。集客人数で揶揄しようと思っていた人はたぶんできません。

 

そして、横浜の某所で自ら囲み会見。高台。鳥のさえずりや子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる夕刻せまる時間帯。

会見するジュリーの声は、まだまだ若かった。体型よりも、むしろそちらに驚きました。それ以上の驚きだったのだろうぁ、横浜アリーナに行った小西記者は。

そして、ジュリーは堂々と自分の意志と謝罪を述べました。質問には「言い訳」ではなく、しっかりとした「説明」をしていました。

先の記事「野党は批判ばかり」で、私は、メディアもそのイメージづくりに加担していませんか、と書きました。

今回、このジュリー報道をたまたまワイドショーで見ることができて、「イメージをつくっている」という感覚が明確になりました。

合間合間に流れるジュリーの曲。なんかこう往年のスターを揶揄するかのようなピックアップの仕方なのですよね。よくぞがんばって曲選択しましたね、ピンポイントでその箇所を選び出しましたね、ごくろうさま、という感じでした。

そういえば、たいていそうですよね。こういった報道のとき、写真選びも、悪意すら感じるときがあります。

これを「一定のイメージを与えている」と言わずに何と言えばよいのでしょうか。

インタビューが終わってジュリーがひとりで帰っていく後ろ姿も、スローモーションで、しかも下り坂なので足の運びがちょっとぎこちなくなる、その様子をいかにも寂しげに映していました。これもひとつのイメージですよね。普通に流せば普通に映るのに。 

もちろん、ジュリーも言っているように今回のことは申し訳のないことであり、決してほめられることではありません。

が、このことだけではなく、情報発信にはイメージづくりの演出をかける必要は全くないのだと思います。もっと淡々と伝えることはできないのでしょうか。

 

ジュリーがコンサートで反原発の話ばかりして歌より長い、などというそれこそフェイクをつぶやいている人もいたようです。このときとばかり「嘘」を流して他人を貶めることを楽しむ人たちもいます。ファンからは、ステージの上では反原発のはの字も喋らない、と訂正がしっかり入っていました。

 

おそらくジュリーの地球への憂慮は、今にはじまったことではありません。

ザ・タイガースに「ヒューマン・ルネサンス」というアルバムがあります。「光ある世界」ではじまって「割れた地球」「廃虚の鳩」で終わります。ヒット曲「青い鳥」と「廃虚の鳩」がこのアルバムに入っていたことも、このアルバムの存在も、私自身、つい数年前に知りました。

このアルバムが突然出て、当時の人たちは「なんだこれは?」と思わなかったのかな、と思うほど異質の内容です。コンセプトは「旧約聖書」で、村井邦彦山上路夫が持ち込んだ、ということらしいので、メンバーたちの意志だったのかどうなのかは明確ではありませんが。

リリースが1968年ということですから、世界の若者たちがベトナム戦争反対などで声をあげている時代。ちょうど日本でも学生運動とか過激派とかが活動して機動隊とぶつかっていた時と考えると、頷けなくもありません。一方で、終末思想が認識されるのはもう少しあと。「ノストラダムスの大予言」が日本で出版されたのが1973年ですから。

 

もとい、

イムリーと言ってはなんですが、この新聞記事が、ドタキャン報道の前に掲載されていてよかったですね。

 

立川流の落語家二人はこんなことを言っています。

志らく@shiraku666
ジュリーのドタキャン騒動。良い悪いという話をしているのではない。社会通念からすれば悪いに決まっている。でも表現者はプライドで生きている。それを捨てた時点で表現者は崩壊する。被害を被ったファンが許すなら構わないじゃないか。という話。当然許さないのも自由。
昭和の名人古今亭志ん生はどうなる。晩年、酒に酔って高座で寝てしまったんだ。前座が起こしに来たら客が言った。「寝かせておいてやれ」。客が粋なんだ。このエピソードが今のワイドショーに出たら、職務放棄、気楽な仕事だ、木戸銭返せ、芸人として間違っていると袋叩きにあうのだろう。ヤダねぇ。

 

立川談四楼@Dgoutokuji
談志は逃げ切った。いい時期に死んだ。今だったら炎上間違いなし。遅れるのは勿論、独演会に行かないことも再三だったのだから。駅のホームで「来たー」と拍手が巻き起こったのには驚いた。主催者と客は来たことを喜んだのだ。そろそろ決めたらどうか、ジュリーとショーケンは何をやってもいいのだと。

 

犯罪はやってはいけないと思いますし、土壇場でのキャンセルは、私はやっぱり本当はあってはならないことだと思います。けれども経緯を聞くと、ジュリーの言い分も理解できます。

 

半年の間に20以上の公演をこなしている最中なんだとか、7000人も来るんだとか、今回の出来事で、ジュリーのすごさを逆に知ることができました。

 

ジュリーが言っていた「意地」は、志らくが言うところの「表現者はプライドで生きている。それを捨てた時点で表現者は崩壊する」なのでしょう。

 

これだけは譲れない、という点が私たち誰にでもあると思います。それで失敗することもあるでしょうし、いや、失敗することが多いのかもしれません。けれどもそこを譲ったら私ではなくなる、のですから、譲れないわけです。で、譲らないのであれば、あらゆる結果を受けとめる覚悟を持たなければなりません。そのとききっと、人は強いはず。私はそう思っています。

それを単なる「恥」に変えようとするメディアのイメージづくりには辟易します。それが上手くいくと叩きのめすエンタテインメントショー。

 

志らく@shiraku666
沢田研二の件で本が書けそうだ^_^怒ってる人はジュリーではなく自分が愛するスターに置き換えてみて。人生を変えてくれた掛け替えの無いスター。ひばりでも談志でもアルパチーノでもビートルズでもマイケルジャクソンでもいい。彼らが同じ事をしたら?怒るけど許すでしょ。外野が非難したら腹立つよね

 

沢田研二の件で本が書けそうだ」と志らく師匠がおっしゃっているので、私もこの辺で筆を置きます。