ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「コジコジ」第4話~体が死んでも たましいは生きているよ~

コジコジ第4話「メルヘンの国の悪者達」

 

コジコジと次郎君の会話

「ブヒブヒたちはそろそろ死んだかなあ まだ生きてるかなあ」

コジコジ よく平気でそんな事が言えるなァ…」

「なんで?次郎君は死んだかどうか 知りたくないの?」

「だって一応クラスメイトだぞ たぶん死んでるけど そんなに平気な顔で言うなよ」

「じゃあ どういう顔で言えばいいの?」

「もう少し こう 悲しい顔するとか…一応な」

「体が死んでも たましいは生きているよ ブヒブヒもスージーも またいつか会えるのに 次郎君 そんな事も知らなかったの?」

「オレは死んだ事ないから そんな事は知らんぞ」

「次郎君も 何回も死んでいるのに 忘れているんだよ コジコジはちゃんと覚えているけど」

「えっ 死んだ時の事を覚えているのかい?」

「うん 別に今とそんなに変わらないよ 急に宇宙にポンって浮かんだりしてさ」

「それ 相当 今と違うじゃないか なんだよ宇宙って」

 

コジコジは、さくらももこは、ドキッとするセリフを、ちょいちょいふとしたシーンに放り込んできます。

コジコジは「宇宙生命体」という設定なので、もしかしたら他のメルヘンの国の住人たちとは少し違った性質を持っているのかもしれません。

一方でコジコジは正直。いつも嘘はつきません。

 

このコジコジのセリフは「輪廻転生」の話なのだと思います。

さくらももこが、スピリチュアルな話題に触れている書物もあります。そのあたりの受けとめ方は、ファンの間でも様々なのかもしれません。私は、好きです。

コジコジさくらももこからは、言葉では表現しがたい不思議な感覚を受けます。

コジコジの主題歌「コジコジ銀座」にもこうあります。作詞はさくらももこです。

キミのそばにも それはあるはずだよ

楽しみながら さがしてみるといい

ふしぎなことは偶然じゃないんだ

 このあとに

くだらないこと ばからしいこと おもしろいこと わからないこと

キミは見るだろう おどろくだろう

とあるので、

単に、「なにこれ?」的な、一瞬理解不能的に見えるこの漫画の「ばからしさ」なのかもしれません。コジコジのセリフも。

そのばからしさ、つまり普通の人なら言わないであろうセリフのなかに、人間の心の「真理」を垣間見せる、それが「コジコジ」のように、私は思っています。

「ばからしさ」で「笑い」を誘うのは、作家のある種の作法(さくほう)なのかもしれません。例えば、プラトンソクラテスを主人公に対話編を書いたように。

からしい、くだらないと一笑に付して気にも留めないでいることは、「千夜一夜物語」をエロ本「イソップ寓話」をただの童話と見做して「アハ体験」を得ることのできないことと同等のような気もします。逆に言いますと、「コジコジ」は「千夜一夜物語」「イソップ寓話」と肩を並べる内容です。とは、過言でしょうか。独善的にそう思います。