ねことんぼプロムナード

新しいルネサンスの小径

「私がそう言ったことはありません」という首相~人はフィルターを通して人の言葉を聞くということ~

総裁選。

これは、ちょっとあまりにもよくなかったかなぁと思ったアベさんの発言。

拉致問題を解決できるのは安倍政権だけだと私が言ったことはない。言ったのは被害者家族」という情報が流れていました。

拉致問題を解決できるのは安倍政権だけとそう言われてきたわけだが、被害者家族も高齢になっていくなか、まったく解決の兆しが見えないがどう考えているのか」という記者からの質問に、正確にはこう答えています。

拉致問題を解決できるのは安倍政権だけだと私が言ったことはございません。これは、ご家族のみなさんが、えー…、そういう発言をされた方がおられることは承知をしておりますが、えー…ですから私も大きな責任を感じております」

 

その経緯の詳しいところを私は知る由もありませんが、確かに、巷ではそう言っている人を見かけました。取り巻きとか。被害者家族の方もおっしゃっていたのですかね。

それはそれとしても、アベさんは自分は言ったことがない、それは誰それ、どこどこの仕事だ的発言がとても多いように感じます。

 

前にも、年金問題は最後の一人まで解決しますと街頭演説でさけんでいました。

拉致問題についても、自分の政権で解決すると叫んでいた、と記憶しています。

 

何と言いますか、総理大臣なる人物は、あらゆる国の政策や出来事について最終責任のある人、だと私は思っています。

総理大臣に限らず、社長でも、いわゆるトップと言われる人々はみな。

 

こんな感じですと、この人の言ったこと、やったことってひとつもない、ということになります。

けれどもなぜか、ある側面(好都合なこと)では、なんでも自分がやった、と言います。え?違うよね、という時も。

 

「ですから私も大きな責任を感じております」と言っているので、これ以上言及するのも申し訳ないかもしれませんが、よくよく発言を振り返れば、つっかかることでもないのかもしれません。が、

この発言は、聞いた瞬間は、

「私はそんなこと言ってませんよ。言ったのは家族の人でしょう」

と反射的に聞こえてしまいます。

なので、イシバさんも隣りで瞬間口を開いて、そして水を飲んだのでしょう。

 

「え?そんなこと言ってないよ」ってことは、身の回りで多くあります。自分自身でも誰かに言われて「え?」と思った経験、誰にでもあるのではないでしょうか。

「え?そんなこと言ってないよ」は、発信側にも受信側にも、誰でもなります。

 

人は、誰かの言葉を聞くとき、受け取るとき、そのまま受け取りません。読むときもそうです。自分のフィルターがあって、それを通します。

フィルターは、人生や学習、教養、その時の興味関心などによってつくられます。ゆえに、100%正確に聞くということは実はまずない。逆に、自分自身の発信も100%正確に伝わることはありません、と言っても過言ではないと思います。

たいていの人が、自分の背景をもとに、それに合わせて人の話を聞くからです。相手の背景には想像が及びません。ゆえに、相手の背景を知ろうとしたり、想像したりすることは「思いやり」につながるわけです。

直接尋ねて相手の背景を知ることも可能ですが、それができない場合は想像するしかありません。その想像力を支えるのが、経験です。けれども、ひとりの人間ができる経験には限りがあります。

ですので、読書や学習による教養は大いなる助けになります。そういう人を、寛容な人だったり、理解力のある人、と言ったりします。もちろん、人によります。人によりますが、何も知らないよりは考える力にできます。

 

もとい。

そう考えますと、アベさんの最後のセリフ「ですから私も大きな責任を感じております」はあまり心に残らない、ということもあるかな、と思いました。

「私が言ったことはございません」のところで「え~~?!」になるからです。

そのあと「ご家族のみなさんが~」のところが際立ちます。

「そんなこと私は言ってません。家族の人たちが言ったんじゃん」と翻訳して聞いてしまった人も多いのでは、と想像します。少なくとも、「自分は言ってない」が響いて、巷でアベさんだけとばらまかれていたとすれば、なおさら「?」となります。

もうひとつ思うのは、日ごろのアベさんの発信から、そう思わせてしまう要素が多分にあったのだろうと感じます。

さらに、もうひとつ穿った見方をしますと、この質問している記者が、アベさんと親しい記者だということらしいので、拉致問題に関しての期待を薄める効果を狙ったのかもしれません。自分は言ってないという発信をすることを含めて。

 

解決できるのは私だけだと言っていただいて、ありがとうございます。それほど期待していただけるのは嬉しいことです。くらいの前置きがあってもよかったのかな、と思います。

だって、上記の受け答え、私が被害者家族だったら、ちょっと、受け止めきれません。